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【テュテュリン】
青空の下でパーティの準備をすすめるみんなは笑顔だ。兄さん以外は、というただし書きが付くけど。
「おにわがいい!」
突然のアインシャちゃんのわがままにも、娘ラブのメルカトキオルさんはダメなんて言わない。
「それはいいね。素晴らしいアイディアだよ。さすが僕の娘だ!」
ファラムリッドさんはやれやれって顔をしたけど反対はしない。ルシオンくんは進んでイスやテーブルを運ぶのを手伝ってる。
今日のアインシャちゃんはわがまま言い放題だ。なんたって、今日9月27日はアインシャちゃんの誕生日なんだから。
「ケーキはここがいいの。ここにおいて」
「おさらはこれじゃいや。ちょうちょのにして」
4歳になったアインシャちゃんは、すっかりお姉ちゃんになった気分で采配を振っている。兄さんはぶつぶつ文句を言ってるけど小さな女王様には逆らえない。
パーティの準備もあと少し。わたしはアインシャちゃんを連れて子供部屋に戻った。今日のために新調したドレスに着替えさせるために。
薄いグリーンの光沢のある生地に、色とりどりのお花を散りばめたかわいらしいドレスだ。ヘッドドレスと靴にもお花が付いている。
着替えをすませて庭に出たアインシャちゃんはまるで妖精。ひらひらと飛びまわってみんなにしあわせの魔法をかけてくれそう。
実際、メルカトキオルさんもファラムリッドさんもルシオンくんも、ドレスアップしたアインシャちゃんに目を輝かせている。
このひとたちはアインシャちゃんがしあわせなら自分もしあわせなんだと思う。
拍手で迎え入れられたパーティーの主役はケーキの前に座った。ウエディングケーキかってくらいに大っきなケーキは、アインシャちゃんがおねだりしたものだ。
美意識の高いアインシャちゃんは甘いものをお腹いっぱい食べたりはしない。
つまりこれはルシオンくんのためなんだ。ルシオンくんはアインシャちゃんの心づかいに気付いてるかな。
乾杯ができないんじゃ、パーティーははじまらない。飲み物を買いに行った兄さんの帰りを待っているときのことだった。
マリオッシュ中に響き渡るサイレンが世界は平和じゃないことを思いださせた。
大人たちはいすをけ倒して立ち上がり海をながめる。
「どうしてこんなに接近を許した?! 監視は何をしていたんだ!!」
メルカトキオルさんとファラムリッドさんの顔色が変わってる。異常事態なのはわたしにもわかった。
この間攻めてきたときのリトギルカの艦隊は遥か彼方、水平線の上だったのに、今はマリオッシュのすぐ近くだ。
メルカトキオルさんは真っ先にかわいい娘を抱きしめる。うつむいたアインシャちゃんは、、泣いていた。パーティはもうおしまいだってわかってるんだね。
「パーティはもう一度やり直せばいいさ」
メルカトキオルさんの言葉は精一杯のなぐさめなんだろうけど、アインシャちゃんの誕生日は今日だけだ。
「いかないで!!」って言いたいのを、がまんするだけでいっぱいいっぱいなんだと思う。だってまだたったの4歳なんだよ。
なにも言わずに涙を流す娘を抱きしめたファラムリッドさんもとてもつらそうだ。
「すまない」
ふたりの軍人は泣いているアインシャちゃんに背中を向けて行こうとする。
「待って!!!」
アインシャちゃんが涙で飲み込んだ言葉を言ってしまったのは、ルシオンくんだった。
びっくりしたみんなの視線がルシオンくんに集まる。おとなしいルシオンくんが、サイレンにも負けない大きな声をだすのはすごくめずらしい。
「だいじょうぶだから」
みんなの視線を受け止めてルシオンくんは言った。メルカトキオルさんとファラムリッドさんはお互いの顔を見合わせている。
ルシオンくんはそれ以上なにも言わずに海の方を向いた。
そして、腕を大きく広げると細い体が光りだす。まぶしくて見ていられないくらいになったとき、ありえないことが起きた。
海がっ!!
海が空に昇っていく!!!
ものすごい勢いで海水が空へと昇っていく様子はまるで逆さに流れる滝。その滝はマリオッシュをぐるりと取り囲んでいて、わたしたちは滝の中心にいる。
すさまじい迫力と轟音に気が狂いそう!
やがて海が干上がって滝が消えたとき、あらわになった海の底には無数の船が転がっていた。散らかったおもちゃみたいな船はリトギルカの艦隊だ。
そして、視線を上げると、空には巨大な海が浮かんでいる。現実味のない光景にわたしたちは声もない。
オーケストラの指揮者みたいに海水を操るルシオンくんは、両腕を高く上げている。その腕を素早く下ろした瞬間、海が落ちる!
「キャ―――!!!」
悲鳴を上げて頭をおおったのはわたしだけじゃない。ここに落ちてくるような気がしたんだ。
空の海は身動きできずにいるリトギルカ艦隊の上に落ちた。
巨大な海水のかたまりはただの水じゃない。浮かび上がってくる船は、一隻もなかった。そして、海水に押しつぶされた船はおもちゃじゃない。何百、何千の命を乗せた軍艦だ。
何万もの命を飲み込んだ海はなにもなかったみたいに凪いでいる。いつの間にか、サイレンも止んでいた。わたしたちはぼうぜんとルシオンくんを見つめた。
潮風に銀色の髪をなぶらせているルシオンくんはいつものルシオンくんだ。リトギルカの艦隊をせん滅する前と後とでなにも変わっていない。
「パーティを続けて」
心臓を冷たい手でつかまれたみたいだった。振り返ったルシオンくんの顔にも声にも感情がなかった。
攻めてきた敵と戦って追い払うのは当たり前のことだし、できるだけたくさんの敵を倒した方がいい。マリオッシュを守るため、アビュースタを守るためなんだから。
でも、ルシオンくんが守りたかったのはアインシャちゃんの笑顔だ。パーティを中止にさせないためだけに、何万ものひとが海の底に沈められたんだ。
ルシオンくんは間違ったことはしていない。むしろほめられることなのはわかってる。それでも、胸の中がぞわぞわと泡立つのは止められなかった。
【リッガルト】
今日も来ているんだな。
木の陰に隠れていても俺の目はごまかせない。いつでもあいつの姿を探しては見つけ出しちまうんだから。毎日のようにルシオンを監視していることはバレバレだ。
テュテュリンには黙っておこう。楽しそうにパーティの準備をしている妹に悲しい顔はさせたくない。
あれ以来テュテュリンがグリエルモの名前を口にすることはなくなった。それでも、一緒にパーティをしたかったと思っているはずなんだ。俺がそうだから。
グリエルモはどう思っているんだろう?
・・・・・・・・・
やめた。考えても仕方のないことだ。
それにしてもチビのわがままぶりはどうだ! 普段でも相当なのに今日はさらに激しい。
いくら今日が誕生日だからって、みんなしてアインシャの言いなりになっていいのか。複雑な事情があるのは聞いてるが、ここの親はひとり娘を甘やかし過ぎだ。
「ガルー!」
ちぇ。チビが呼んでやがる。少しぐらい休ませろ。それに俺の名はガルーじゃないぞ。言いにくいからって変な名で呼ぶな。
心の中で文句を言いながらパラソルを立てる。ケーキに日が当たらないようにしたいんだってさ。
確かに今日はよすぎるぐらいの天気だ。雲ひとつない空は抜けるように青くて、太陽に照らされた海はうれしそうにきらめいている。
「きゃっ!」
テュテュリンの小さな悲鳴が聞こえた。今度はなんだ?
振り向くとテュテュリンの足元にガラスの破片が散らばっている。あの辺りには、乾杯に使う予定のジュースやらシャンパンやらが置いてあったはずだ。
「大丈夫かい?」
俺よりも先にかけ寄ったのはメルカトキオルだった。小さくなってうなずくテュテュリンに笑いかける。
「けががなくてよかった。ここは僕がやっておくから君にはアインシャの着替えを頼むよ」
フェミニストはイヤな顔ひとつせずに面倒な仕事を引き受けてくれた。
ここの夫婦のおおらかさにはずいぶん救われている。アインシャに甘々なのはどうかと思うが、テュテュリンの災難もいちいち気にしたりしないんだ。
「スーパーマーケットに行って来ます」
片付けは任せて全滅した飲み物を買いに行くことにした。アインシャのわがままに付き合うのにうんざりしていたから、丁度いいと思ったんだ。
スーパーマーケットは坂の下にある。買い込んだジュースやらシャンパンやらは予想以上に重たい。
ガラスびんを割らないように気を付けないとならないし、身体をきたえている俺でもさすがに息が上がってきた。
荷物を下ろして汗をぬぐい潮風に涼んでいる時のことだ。唐突に現れたものに目を疑った。
どうしてあんな所にあんなものが!!!
今の今まで何艘かの船がのんびり漁をしていただけの海に、無数の軍艦が浮いている。近い! いつの間にこんなにマリオッシュに接近した?
俺は海の方を向いていたんだ。近づく軍艦があればすぐに気が付く。一体どこから湧いて出た?
考えられることはひとつしかない。特殊能力だ。
軍艦を見えないようにしておいてマリオッシュに接近したんだ。リトギルカはそういう力を持ったザックウィックを集めてきたに違いない。
けたたましいサイレンにはっとし、飲み物は置き去りに坂道をかけ上る。ロイエリング家が見えてきたとき、澄み渡った空に何かが浮いているのに気が付いた。
白くないから雲じゃない。だとしたらあれはなんだ? どんどん大きくなっているじゃないか。
振り返って息を飲む。
海水が空に向かって流れている!!!
マリオッシュは逆流する巨大な滝の中に閉じ込められていた。こんなことができるのはヤツしかいない。
まずい! まずいぞ!!
全速力で走りながらグリエルモの姿を探す。
いた!
グリエルモは空を見てはいなかった。あいつの視線をたどっていった先にはルシオンがいた。ルシオンの身体はまともに見ることができないくらい強く光っている。
終わった―――
グリエルモはルシオンの力を知ってしまった。正体にまではたどり着いていなくても軍警察に報告はするだろう。そうなったら俺たちは目的を果たせなくなる。
俺は身体の中を冷たい風が吹き抜けていくのを感じていた。




