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3-2

【テュテュリン】


 グリエルモがマノンをもって来た日から1週間がすぎた。日が落ちてから外にでると、夜の町に何本もの白い筋(すじ)が伸びていた。


それはグリエルモがこの家に来た回数の分だけあるはずで、こんなに足しげく通っていたんだと目で見て確かめることになった。


この美しい光景は明日にも消えてしまうかもしれない。スポアは10日で消えたと幼なじみのスザンナは言っていた。模造品(イミテーション)じゃそこまでもたないだろうから。 


 わたしは光の筋をたどって歩きだした。並んで歩く兄さんは地図と赤いペンを持っている。


「まっすぐ3本」


わたしが光の筋がどっちに向かって何本見えるか伝えて、兄さんがそれを地図に書き込んでいく。


 そうやって歩きまわり、家に帰り着いた時には空はうっすら明るくなっていた。光の筋が朝日に溶けるように消えていくさまは、なんだかもの悲しかった。



 いい匂(にお)いに鼻をくすぐられて目をさますとお昼をすぎていた。一晩中歩き回ってくたくただったわたしは、朝ごはんも食べずに寝てしまった。お腹の猛抗議(もうこうぎ)が聞こえる。


「起きたか? 昼飯できてるぞ」


「先に起きて作ってくれたの?」


そうじゃない。兄さんの顔を見てすぐにわかった。寝てないんだ。


 食事が終わると後片付けもそこそこに地図を広げた。光の筋が密集している場所に〇が付けてあり、その中に数字が書いてある。ふたけたの数字はふたつだけ。


「この数字は?」


「あいつがこの1週間のうちにその場所に立ち寄った回数だ」


兄さんの声は機嫌が悪い。


「うそ。。そんなはずないよ」



 18と書き込んである場所にあるのはロイエリング家で、12と書き込んである場所にあるのはこの家だった。


ここ1週間の間にグリエルモがロイエリング家に来たのは2回で、ここに来たのは4回だったはず。グリエルモにもバイトがあるんだからこれが妥当な数字だ。


「・・・・・・どういうこと?」


「ロイエリング家やこの家の近くまで来て、中には入らずそのまま帰ったってことだ。何度もな」


「わたしたちがいなかったから、あきらめて帰ったんじゃないの?」


「だったら次に会ったときにその話をしないのはおかしい。そもそも、こんなにすれ違いになるはずはないんだ。あいつは俺たちのバイトの日を知っているんだから」


 そうだよ。兄さんの言う通りだよ。


「だから、それってどういうこと?!!」


「俺たちを監視(かんし)しているんだ」


わたしはどさりとイスに腰を落とした。グリエルモにはなにかあるかもしれないとは思っていたけれど、こうやって証拠(しょうこ)を突き付けられるとやっぱりショックだ。



「監視って、もしかして・・・・・・」


 ルシオンくんの秘密にも気が付いているんじゃ?


「兄さん!!」


「あわてるな。ルシオンの正体を知っているならとっくに軍警察に通報されてる」


「グリエルモが軍警察だったりして・・・・・・」


自分の言葉にはっとした。


「ラスカーさんが逮捕されたことと関係あるのかな?」


わからないことだらけで頭がおかしくなりそう。


「知るもんか」


 兄さんの声はひどく疲れていた。わたしが眠っている間、ひとりでいろんなことを考えて苦しんでいたんだね。



「どうしよう」


 グリエルモの正体と目的を知るためにはどうしたらいい? イミテーションの中に使えそうな特殊能力(ヴァイオス)は・・・・・・


「本人にきこう」


わたしは息を止めた。兄さんはあきらめてしまったんだ。グリエルモとはもう友だちではいられないと。。


「でも・・・・・・」


「こそこそ嗅(か)ぎまわるのはやめだ」


 確かにこういうのは兄さんの性格に合わないとは思う。だからって


「本当のこと話してくれるかな?」


「さあな」


さびしそうな兄さん。かわいそうな兄さん。



「大事な話ってなんだよ?」


 呼びだされてやって来たグリエルモは、いつもと同じ笑っているような顔をしていた。


「座れ」


兄さんの声は硬(かた)い。グリエルモはわたしたちと向かい合って座った。兄さんはダイニングテーブルの上に丸めて置いてあった地図を広げる。


「これはなんだい?」


 しばらく地図をながめてから兄さんとわたしの顔を交互に見るグリエルモ。目じりの下がった顔は変わっていないのに不自然に感じるのはなぜ?


「おまえ、何者だ? どうして俺たちを監視してる?」


グリエルモの顔がすうっと引きしまる。もう、笑っているような顔じゃない。


「そっか。そういうことか」


軽い調子だけれどグリエルモの目は暗い。


「リッガルトはくそまじめだな。そういうとこ、嫌いじゃないぜ」



 グリエルモ・パロッティーニは軍の人事局の人間で、ミュウディアンだということをあっさり白状した。


主な仕事は、能力の高い特殊能力者(ヴァイオーサー)を見つけてミュウディアンにスカウトすること。そのために色んな島を転々としているそうだ。


ヴァイオーサーの能力の高さを見る力=視認(ウォッチ)という力を持っている。ウォッチを使ってひとを見ると、ヴァイオーサーなら生体エネルギー(バース)が見える。


バースの色はひとりひとり違っていて、能力が高ければ高いほど大きくはっきりと見える。確かにスカウト向きだ。


 船の上で出会ったときはウォッチを使っていなかったから、わたしたちがヴァイオーサーだとは知らなかった。


「最初に声をかけたのは本当にただの親切心だったんだ。お前たちに興味を引かれたってのもあったけどな。特にリンちゃんに」


 グリエルモはいつもの顔に戻ってる。笑っているのかそうでないのかわからない顔に。


「やっぱりテュテュリンが狙いだったんだな!」


「妹がかわいいんなら色んな男と付き合わせとくんだな。でないと俺みたいな悪いのに引っかかっちまうぜ」


いきり立つ兄さんも軽くいなされちゃった。



「レストランにいるおまえを見つけたときは本当にうれしかったんだぜ」


 そう言ったグリエルモを兄さんはにらみつける。


「またテュテュリンに会えると思ったからだろ」


「大正解!」


すっかりいつもの調子だ。


 わたしたちがヴァイオーサーだと知ったのは、リトギルカが攻めてきたあの日。戦闘飛行艇(スカイフィッシュ)が落ちてきたとき。


ルシオンくんにおおいかぶさったわたしから、ものすごく強い光がているのを見たから。あのときの光は誰にもでも見えるものだった。


兄さんのことはその後ウォッチで確かめたそうだ。


「どうしてわたしたちをスカウトしなかったの?」


 たずねるわたしをグリエルモはまっすぐ見た。そして笑った。


「ミュウディアンにはなりたくないんだろ? その気があるんならアカデミーに行ってるお年頃だ。イヤなことを言って嫌われたくないじゃん」


静かに暮らしたいヴァイオーサーにとって、グリエルモの仕事が迷惑なのはよくわかる。



「マリオッシュの奇跡のときのヴァイオーサーが今度も助けてくれた」


 その後、マリオッシュ中に広がったうわさで、グリエルモはわたしがその英雄だと思い込んだみたい。


そんなとき、うわさの正体を確かめようとやっきになっていた軍警察に協力を頼まれたけど、わたしのことは言わなかった。


一度見ただけで決めつけるのは早いと思ったんだって。それもいいわけだって、笑ってる。


 それからは軍警察に報告するべきかどうか迷いながらわたしを見ていた。


そんなとき、ルシオンくんがヴァイオーサーだと知ってしまったんだ。たまたまウォッチで見ている視界に入って来たルシオンくんのバースには、色がなかった。


カゲロウみたいに揺らめいていて境界がはっきりしないから、大きいのか小さいのかもわからない。


こんなことははじめてで、グリエルモは本格的にルシオンくんも監視することにした。



 ロイエリング家でラスカーさんと鉢合わせしたのは偶然だった。


ヴァイオスの光があるのにそこにひとがいない。見ると脱ぎ捨てたバスローブがある。グリエルモには透明人間がいるとすぐにわかった。


「見逃してくれてもよかったのに。グリエルモは軍警察じゃないんでしょ?」


 ウルリカさんの涙を思い出して黙ってはいられなかった。


「軍警察の目を英雄探しからそらしたかったんだ」


わたしたちを守るためにラスカーさんを犠牲(ぎせい)にしたの?


「そんなこと頼んでない!」


「だよな・・・・・・」


しょんぼりしたグリエルモが後悔(こうかい)してることはわたしにもわかった。



 隠し通すのはムリかもしれない。パレ・グラッセで軍警察と一緒にいるところを見られていたと知ったときに、そう思ったとグリエルモは言った。


「リンちゃんと会えなくなるのはさびしいよ。それにリッガルトの料理が食えなくなるのは痛いなぁ」


「おまえ俺のことをなんだと思ってるんだ」


兄さんのつっこみにグリエルモは見たことのない真剣な顔をした。


「親友に決まってるだろ」


「ただの友だちだ」


格下げを言い渡す兄さんの声はかすれていた。


 兄さんはいつもグリエルモに遠慮(えんりょ)がなかった。出会ったときから、長い付き合いみたいな顔をしているグリエルモだからなんだろうけど。


どんどん距離を縮めてきてもさけたり距離を取ったりはしていなかった。グリエルモがきらいじゃないってことだ。


それに、一緒に料理して食べるくらいの友だちはただの友だちじゃないよね。



「ありがとな」


 グリエルモがぽつりと言った。


「今まで楽しかったよ。心配しなくていいからな。おまえたちのことは絶対にチクったりしない」


ああ。。 本当にさよならなんだ。たわいないおしゃべりをして笑ったり、一緒にご飯を食べたりすることは、もう、ないんだ。


そう思ったらたまらなくてグリエルモに抱き付いた。


「おっと、リンちゃん。お兄ちゃんに怒鳴(どな)られるぞ」


怒鳴られたってかまわない。


「わたし、グリエルモのこと、ずっと友だちだと思っているから!」


なに言ってるんだって、兄さんに叱られたってかまわない。


 兄さんはなにも言わなかった。振り向くと怖い顔をして立っている。気持ちを顔に出さないようにしているときの顔だ。


「リッガルト」


グリエルモが右手を差し出した。


「握手ぐらいいいだろ?」


兄さんは黙ってグリエルモの手を握った。



 この日を境(さかい)に、グリエルモがわたしたちを訪ねて来ることはなくなった。


ロイエリング家のまわりで姿を見かけることがあっても、わたしたちに近づいては来ない。ルシオンくんの監視は続けているんだ。それがグリエルモの仕事だから。


このままだと、ルシオンくんの正体がバレてしまうかもしれない。放ってはおけない。


それは確かなんだけど、兄さんにはグリエルモをどうにかしようという気はないみたい。いつもはやりすぎなくらい用心深いのに。


「グリエルモの目の前で力を使わないようにさせとけばいいんだろ」って言ってる。


 もっとも、ファラムリッドさんからもヴァイオス使用禁止を強く言い渡されているんだけどね。ルシオンくんは。


その言いつけが守らているなら、なにも問題はないはずだった。。




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