3-1
【リッガルト】
俺たちはグリエルモのことを知らない。知ろうともしていない。知る必要がないからだ。用がすめばこの島を出て行く。それまでの短い付き合いだ。
だから、あいつがどこの誰と付き合っていようと俺たちには関係ない――――
本当にそうなのか?
それでいいのか?
俺たちはどうやって知り合った? あいつの方から声をかけてきたんじゃなかったか?
――――そもそも、あの出会いは偶然だったのか?
疑いだしたらきりがない。何もかもが怪しく思えてくる。夕べ、パブで一緒だった男はただの知り合いか? ずいぶん年上に見えたが。
のどに引っかかった小骨は大きな杭に変わっていた。
その日、ふらっとロイエリング家に遊びに来たグリエルモに変わったところはなかった。大きな袋をぶら下げていること以外は。
「めずらしいものが手に入ったんだ。なんとあの幻の魚レッシーだ!」
「レッシーって?」
テュテュリンは興味を持ったらしい。
「知らないのかよ! このあたりの海じゃ年に10尾もとれない貴重な魚なんだぞ。一度食ったら一生忘れられない味なんだってさ」
「それで、そいつをここに持ってきてどうするつもりだ?」
「決まってるだろ。リッガルトが料理するんだよ」
はあ?!
「勝手に決めるな。俺は料理してやるとはひと言も言ってない」
俺の抗議を無視してグリエルモは子供たちに向き直る。
「なあ、おまえたちもレッシー食いたいよな?」
「くいたい!」×2
即答した子供たちに満足そうな笑みを浮かべて俺を見る。
「そういうことだ」
「何が“そういうことだ”だよ!」
「兄さん、わたしも食べたい」
妹よ、おまえもか。
確かに幻の魚はうまかった。シンプルに塩を振って焼いただけというのがかえってよかったようだ。
もちろん、下ごしらえに手抜きはない。だからこそ素材のよさが引き立ったんだ。
俺たちは夢中でほくほくの魚をむさぼった。
「どうだ、うまかったろ?」
骨だけになった皿を見て笑っているグリエルモは、そう言えばほとんど食っていない。
「悪い。おまえが持ってきたのに」
「かまうもんか。おまえたちに食わせたくて持ってきたんだから。元気がでたろ?」
ああ、そうか。
グリエルモはラスカーの逮捕で元気のない俺たちをはげましてくれたんだ。こいつは悪いヤツじゃない。
それは間違いない。
ソファに移った俺とグリエルモは、食後の満足感に浸りながら雑談をしていた。
ルシオンはアインシャにせがまれて絵本を読んでやっている。俺が知る限り、ルシオンがアインシャの遊び相手を断ったことは一度もない。
洗い物はテュテュリンが引き受けてくれた。背後のキッチンから鼻歌が聞こえる。うまい物を食べて機嫌がいいんだな。
突然、大きな音と悲鳴が聞こえた。振り返って目をむく。
「何があった?」
キッチンの方を向いて座っているグリエルモにきいた。
「えっと・・・・・・」
どうやら簡単には説明できないらしい。
「・・・・・・ごめんなさい」
突風が吹き抜けた後のようなキッチンに立ちつくすテュテュリンは、小さくなっている。
不意にグリエルモが声をたてて笑い出した。あんまりおかしそうに笑うからこっちまでおかしくなってくる。すると面倒くさいという気持ちもどっかへ飛んで行った。
「けがはないか?」
俺の問いかけにうなずくテュテュリンは、どういうわけかずぶぬれだ。
「そうか、よかった。おまえはさっさと着替えてこい」
「でも・・・・・・」
「片付けは俺がやっておく」
しっしっとテュテュリンをキッチンから追い出して考える。どこから手をつけたらいいんだ?
「リンちゃん、オレも手伝うから今度デートしてよ」
割れた食器を拾うグリエルモのとなりにしゃがんで俺も拾い始める。
「そうはさせるか。おまえは引っ込んでろ」
「でたよ、シスコン兄貴」
グリエルモはよくその言葉で俺をからかう。
「兄貴が妹の心配をするのはあたりまえだ」
「お兄ちゃんはかまい過ぎなんだよ」
そうかもしれないが
「相手がおまえじゃなきゃ、こんなに不安にはならないさ」
「なんだよ、それ! 俺みたいな紳士が、あんなことやこんなことをするってか?」
「あんなことやこんなことってのは何だ!?」
後ろでクスクス笑う声が聞こえた。振り返るとさっきまでしょんぼりしていたテュテュリンが笑顔になっている。
「なんだ、まだいたのか。カゼひくぞ」
着替えに行くテュテュリンを見送りながら、俺は感謝の気持ちでいっぱいだった。
となりでひとり言をいいながら片付けをしている男にささやく。面と向かって言うのは照れ臭いから食器の破片をつまみ上げながら。
「ありがとな」
「リッガルトにばっかいいカッコさせてやるもんか」
「それでもありがとな」
俺は本当に感謝しているんだ。片付けを手伝ってくれることにじゃない。テュテュリンの気持ちを軽くしてくれたことに。
テュテュリンは悪くない。あいつだけがやたら災難に合うのは、偶然とか運が悪いとかの話じゃない。特殊能力に関係しているんじゃないかと、俺は疑っている。
そうは言っても、まいど毎度、災難の後始末をするはめになる俺はつい面倒くさいと思っちまうんだ。
そんな気持ちは顔や態度には出さないようにしているつもりでも、テュテュリンには伝わってしまうのだろう。だからしょんぼりなんだ。
俺の面倒くさいごと吹き飛ばしてくれてありがとな。
いいヤツだよ、おまえは。俺は何を疑っていたんだろう。
「このあいだ、パレ・グラッセでおまえを見かけたぞ。あの店、軍人のたまり場だから、避難しないでがんばってんのな」
深い意味なんかなかった。取るに足らない雑談のひとつのつもりだった。作業の手を止めるほど重要な話じゃない、それなのに、、グリエルモの手が止まっている。
「見間違いだろ。パレ・グラッセには行ったことないぜ」
笑っているのかそうでないのかわからない顔が、はじめて不気味に見えた。
「そもそもパブに行く金なんかないっての」
はっきりと否定されてそれ以上言いつのることはできなかった。
だが、あれはグリエルモだった。見間違いなんかじゃない。テュテュリンも見ている。どれだけ否定しようとくつがえることのない事実だ。
どうして、ウソなんかつくんだ!!
パレ・グラッセは軍人専用の店じゃないから一般人も利用する。とは言え、一般人の多くは避難しているから客は軍人である可能性が高い。
あの日グリエルモと一緒だった男も軍人なのか?
どんなに気が重くても確かめる必要があった。俺たちには大きな秘密ともっと大きな計画があるのだから、用心し過ぎるということはない。
バイトがない日の夜はパレ・グラッセの向かいの床屋で張り番をした。ドアに休業中の貼り紙がしてある。カギは壊した。
その男は5日目の夜に現れた。
奥のテーブルの若い男ふたりと合流したのを確認してから俺も店に入った。一応、メガネと帽子で変装している。男たちのとなりのテーブルに席を取り、背を向けて座る。
聞き耳をたててはいるがうまく聞き取れない。店内は騒々しいうえに3人は小声で会話していた。こんなことならテュテュリンを連れてくればよかった。
イライラしながらも根気強く耳に神経を集中していると、「中尉」という単語が聞きとれた。若い男の声だ。どうやら、グリエルモと一緒にいた男が中尉と呼ばれているようだ。
これではっきりした。あの男は軍人だ。たぶん若いふたりも。
だからって、グリエルモがクロと決まったワケじゃない。あの時一緒にいたのはたまたまだったのかもしれないじゃないか。
そもそも軍人と一緒だったからって何か問題があるのか?
・・・・・・・・・
しっかりしろ! リッガルト!!
だったら、なぜ、ウソをつく必要があるんだ?
その後も床屋で張り番を続けたが、何日待ってもグリエルモが姿を見せることはなかった。本当にたまたまだったのか。それとも・・・・・・
結局、男が軍人だということだけで他には何もわからなかった。俺はどうやったら何もかもはっきりさせられるかを考えている。
グリエルモはトイリ通りのアパートにひとりで住んでいる。
親戚を頼ってマリオッシュに来たものの、セレンツ山の噴火で親戚は避難してしまい、行く当てのないグリエルモはアルバイトをしながら食いつないでいる。
「お互い似たようなもんだから助け合っていこうぜ」
とあいつは言った。俺たちはその言葉を信じた。疑う理由がなかったからだ。
だが、今は違う。あいつの言う親戚に会ったことはないし、あいつがバイトしているところを見たこともない。
決まった仕事はなく色んなバイトを転々としてるから、俺たちの借りてる家や、ロイエリング家にしょっちゅう顔を出せるのだと言っていた。
その日の夕方、俺たちの借りてる家に遊びに来たグリエルモは甘い匂いをさせていた。
「ちょうど食べ頃なんだぜ。デザートは用意したから、な、頼むよ」
持って来たマノンと引き換えに夕飯を食わせろと言っているのだ。
「おまえ、うちを大衆食堂かなんかとカン違いしてやいないか」
「いいじゃない、兄さん。このマノンおいしそうだよ。それに食事はにぎやかな方が楽しいでしょ」
「だよな!」
テュテュリンの言葉にとびついたグリエルモの顔は、目の前にえさを放り投げられた犬みたいだった。
「うまいものを食いたければ手伝え」
俺が煮込みの味をみている横でグリエルモは野菜を切っている。
はじめて手伝わせた時には、泥付きの野菜を洗わずに切ろうとしていたヤツだ。それでも今はサラダぐらいなら任せられるようになっている。
こいつの食生活がさびしいものにならずにすんでいるのは俺のおかげだ。
腹いっぱいになったグリエルモは上機嫌で帰って行った。後片付けを手伝ってくれたのはうれしいが、その間ずっと無駄話に付き合わされてぐったりだ。
なにしろあいつはいつもハイテンションだ。いつも元気でいつも笑ったような顔をしている。
「どうだ、うまくいったか?」
気を取り直してたずねると、カーテンのすき間から外を見ていたテュテュリンがうっとりとつぶやく。
「すごくきれい。妖精が通ったあとみたい」
俺もカーテンをめくってみるが見慣れた夜の風景があるだけだ。
テュテュリンが胞子というヴァイオスを手に入れたのは偶然だった。俺たちがまだチビだったころ、近所に住んでいた子供が持っていた能力だ。
その子は昼間は家にいないペットの猫がどこにいるのか知りたがった。そこで、スポアを猫のえさに混ぜて食べさせた。
その日の夜、道端やへいの上に白く光る筋が見えると子供は言った。昼間外に出て行った猫が通った跡が光っていたのだ。
その子と一緒にいて解説付きの実演を見た(実際には何も見えてはいなかったが)テュテュリンは、無意識のうちにスポアを手に入れていた。
模造品が発動していたのだ。




