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2-6

【テュテュリン】


 その日やってきたラスカーさんはやっぱり全裸だった。


「どうしていつもバイト先に来るの?」


ときくと、ここの方が軍警察に警戒(けいかい)されにくいからだと教えてくれた。


ラスカーさんにもウルリカさんにもロイエリング夫妻との直接的な関係がなく、夫妻が名門の出だからと言っていた。


「さよならを言いに来たんだ」


やたら明るい声。


「そろそろこの島にも飽きてきたからね。出て行くことにするよ。大勢いるガールフレンドも僕に会いたがっているだろうし。


次はスザンナのところにでも転がり込むかな。30人もいるとなかなか会いに行けないもいて大変だよ」


 黙って聞いていた兄さんが不意にラスカーさんの肩に手をのせる。


「心配するな。ミーシャにはウルリカがついている。ウルリカには俺たちがついている」


ラスカーさんの顔から作り笑いが消えた。



「ミーシャに会わせてくれてありがとう」


 真剣な目からは色んな感情があふれてる。


「赤ん坊だったミーシャがあんなに大きくなっていて、一緒に遊べて、パパと呼ばれて・・・・・・ とても幸せだった。


次に会えるのがいつになるかはわからないけれど、その時までこの思い出を抱いて生きるよ」


「ああ、ラスカーさん! 元気でいてください」


 感きわまったわたしはラスカーさんをぎゅうっと抱きしめた。


本当はウルリカさんとミーシャくんとずっと一緒にいたいに決まってる。それでも逃亡生活を続けなければならないラスカーさんに、してあげられることはないの?



 シャツのすそを引っ張られ振り向くとアインシャちゃんが立っていた。子供たちはふたりで遊んでいたんだけど。


「なあに?」


きくと、アインシャちゃんは1枚の写真を差しだした。そこには家族の笑顔がある。


ラスカーさんとウルリカさん、ミーシャくんが力を合わせて砂のお城を作ったときのひとコマを切り取ったものだ。


「これ、どうしたの?」


 あのとき写真を撮った覚えはない。カメラを用意しておけばよかったと後悔したんだから。


「ルシオンが、プレゼントだって」


そういうことか。たぶん念写ソートグラフィーで作ったものなんだ。さすがルシオンくん。



 ミーシャくんにウルリカさんを会わせたとき、ラスカーさんを会わせたとき、ルシオンくんは感情を見せなかった。だから少し心配だったんだ。


まだ11歳のルシオンくんは両親が恋しいはずだ。両親に甘えるミーシャくんを見たら悲しい思いをするんじゃないかって。


それでもこの一家の幸せを願っていてくれる。そもそも、そんな気持ちがなければあんなすごいもの、作ったりはしないよね。


 青い空、白い砂浜、打ち寄せる波、波、波・・・・・・


そこが空間隔離キューブロックの中だなんて、たぶん、だれにもわからない。見渡す限りキューブロックと現実との境目なんてどこにもなかった。


4年ぶりに再会した家族が思い出を作るために、ルシオンくんは最高のロケーションを用意してくれたのだった。


 ふつうの家族のように同じ時間を同じ場所ですごしたウルリカさん一家。砂のお城は波にさらわれ跡形もなく消えてしまうだろう。最初からなにもなかったみたいに。


でも、写真の中に閉じ込められた笑顔は消えない。ラスカーさんはこれを見る度にしあわせだった時間を思いだすだろう。そして、また家族に会える日を夢見ることができる。


それはきっと、孤独な逃亡生活の支えになる。


「ありがとね」


向こうにいるルシオンくんの背中にそっとささやいた。



 ドアベルがなったとき、わたしたちは食事中だった。帰ろうとしていたラスカーさんを引きとめて、料理の腕を振るった兄さんはラスカーさんをはげましたかったのだと思う。


几帳面きちょうめんな兄さんが作る料理はちゃんとおいしくて、ラスカーさんもよろこんでくれた。


いつもは兄さんに冷たいアインシャちゃんもこのときは笑顔だったし、ルシオンくんもいつもよりたくさん食べていた。


 ドアの前に立っていたのはグリエルモだった。


「なんでかぎなんかかけてんだ?」


いつもなら玄関ドアにカギをかけたりはしない。でも、今はラスカーさんがいるから。

そんなこと言えないしどうしよう。


言いわけを考えているうちに入って来ちゃった!


自分の家みたいに自由に出入りしているグリエルモを、ヘンに理由をつけて追い返したりしたらかえってあやしまれるかもしれない。



「ちょっと待って!」


 あわてて追いかけたけどグリエルモはもうリビングだ。奥のダイニングでみんなは食事をしている。その中にラスカーさんの姿はない。間一髪かんいっぱつ、間に合ったようだ。


「ちょうどいいところに来たみたいだな」


 食事中なのを知ってグリエルモはにんまりと笑った。


「おまえの分はないぞ」


不機嫌ふきげんな兄さん。


「これは?」


グリエルモが指差しているのはラスカーさんの食べかけだ。


「客が来ていたんだ。もう帰ったけどな」



 グリエルモは笑っているのかそうでないのかわからない顔でわたしを見た。


「客って誰よ?」


「キャナ。グリエルモも知ってるでしょ。わたしの友だち」


とっさに名前をだしちゃった。後でキャナに話を合わせるよう頼んでおこう。


「ふうん」


鼻を鳴らしたグリエルモの目がソファに投げ出されたバスローブにとまる。ラスカーさんが着ていたものだ。もちろんメルカトキオルさんのだけど。


「リッガルトの手料理を残して帰るなんてさ。もったいないことをするもんだ」


「急用ができたみたい」


「そいつにはアンラッキー、俺にはラッキー!」


 うれしそうに叫んだグリエルモは、すすめられもしないのにラスカーさんが座っていたイスに座った。そして、食べかけの料理を口に入れた!



 他人の食べ残しを平気で平らげていくグリエルモを、アインシャちゃんは得体の知れないものを見るような目で見つめてる。


ルシオンくんはグリエルモが目に入っていないみたいに食事を続けてる。


この子たちなら大丈夫。頭のいい子だから、ラスカーさんがいると感づかれるようなヘタなことはしない。


「ちょっと買い物に行ってくる」


 食べ終わっていないのに席を立った兄さんにグリエルモが首をかしげる。


「どこ行くんだよ?」


「スプッラを買ってくる。急に飲みたくなったんだ」


スプッラは兄さんの好きな炭酸入りのドリンクだ。切らさないように気を付けているからいつも冷蔵庫に2、3本は入ってる。わざわざ買いに行かなくてもいいんだけど。


「ついでに空きビンも出して来る・・・・・


これはラスカーさんへの合図だ。兄さんについて外にでるようにという。



 ラスカーさんは今頃、全裸で星空の下を歩いているはずだ。夜は冷えるからかぜをひかなきゃいいけど。


 わたしは、ラスカーさんが無事にマリオッシュをでて逃げ続けられることを祈った。たぶん、兄さんも。それが、ウルリカさんとミーシャくんの願いでもあるはずだから。


けれども、祈りも願いも届かなかった。ラスカー・メトネル逮捕たいほのニュースを知ったのは2日後のことだった。


 テレビの中で、軍警察に引き立てられていくラスカーさんの顔は青ざめていた。




【リッガルト】


 どうしてこんなことになった!!


今頃は家族3人で過ごした幸せな思い出を胸に、いつもの生活に戻っているはずだったのに。


何があったんだ?!


俺とテュテュリンは無言で道を急いだ。湿った空気が重くのしかかってくるような夜だった。


 ミュウディアン宿舎に着くとキャシュトニーナがウルリカの部屋まで案内してくれた。


外部の人間が入っていいのは共用部分だけで、個人の部屋に入ることは禁止されていると後から知った。キャシュトニーナは罰を受ける覚悟で俺たちをウルリカに会わせてくれたのだった。


暗い部屋の中で、ウルリカはぼんやりと窓の外をながめていた。星ひとつない真っ黒な夜空を。


何か言おうとするが言葉が見つからない。開きかけた口を閉じて沈黙ちんもくするしかなかった。



「あの時は本当に楽しかった。あんな風に家族3人で遊んだのは初めてだったんだ。ラスカーはミーシャが生まれてすぐに出て行ったから。


太陽の下で人目を気にせずに普通の家族のように遊べるなんて、夢のまた夢だと思っていた・・・・・・」


 ひとり言みたいに話しはじめたウルリカが振り返った。夜のやみがしみこんだような暗い目をしている。


「あれは夢じゃなかった。そうでしょう?」


ウルリカの目から涙がこぼれた。俺は動くこともできずにただ立ちつくしていた。


「夢なんかじゃありません! なにがあってもあの時間は絶対に消えたりしません!!」


叫んだテュテュリンも泣いている。



 いつも強くあろうとしていたウルリカが、今はただの弱い女に見える。


それでも、やっぱりウルリカはウルリカはだ。気持ちを切り替えるように顔をぬぐうと、もうそれっきり涙は見せなかった。


「みっともないところを見せた。いつかこんな日が来ることはわかっていたのに」


強がり言うなよ。こっちが泣きたくなるだろ。


「どうしてラスカーさんは逮捕されちゃったんですか? だって、だって、透明人間なのに!」


 テュテュリンの疑問は当然だ。見えなければ絶対に捕まらないという保証はないが、相当難しいことは間違いない。それなのに、どうして?



「軍警察にはラスカーがわたしに会いに来ることがわかっていたようだ」


 ウルリカは軍警察に見張られていたことに気付かなかった自分を責めて、顔をゆがめている。


「海で遊んだ日、ラスカーは自分がマリオッシュにいることに、軍警察は気付いていないと言っていた。油断していたんだろうな」


今はなぐさめもはげましもウルリカの心には届かないだろう。


「俺たちにできることがあれば何でも言ってくれ」


俺とテュテュリンが味方であることだけ伝えて帰ることにした。


「この写真、ラスカーさんにあげたんですけど、ラスカーさんは持っていくことができなかったから」


 テュテュリンから受け取った写真をウルリカは吸い付けられるように見つめている。


「それじゃ」


部屋の外に出てドアを閉めるとウルリカの嗚咽おえつが聞こえてきた。たまらずに俺の胸に顔をうずめるテュテュリン。俺は強く奥歯をかみしめた。



 俺たちは行きよりも重い足取りで家路いえじについた。セレンツ山が噴火する前は、夜遅くまでこうこうと明かりが灯っていた繁華街はんかがいも今は閉まっている店が目立つ。


そんな中でもずいぶんとぎわっている店がある。パレ・グラッセというパブだ。

なにげなくのぞいた店の中によく知った顔が見えた。


「あ。グリエルモ」


テュテュリンも気付いたらしい。


「一緒にいるひとだれかな?」


 なぜだろう。ひとり言みたいなテュテュリンの言葉が妙に気になる。のどに引っかかった小骨のようにチクチクと俺の神経を刺激し続ける。


小骨はなんだ? 俺は何を気にしている?


ラスカーが別れを言いに来た日、突然やって来たグリエルモ。あの時はいつものことだと気にしなかった。


ラスカーの食べ残しを平気で食べていたから、あいつも何も気にしていないのだと勝手に思い込んでいた。


本当にそうなのか?


 あの写真はラスカーが脱いだバスローブの脇に落ちていた。


そのことに気付いたのは、グリエルモが帰ったあとだった。。

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