2-5
【テュテュリン】
「マリアは夢中でお花をつみました。かごがお花でいっぱいに」
絵本を読んであげてるルシオンくんの声が途切れた。
心優しい女の子が傷ついた王子様の心をいやして結ばれるというおとぎ話は、アインシャちゃんのお気に入りだ。
ルシオンくんは暗記するほど読んでいる絵本なのに、どうしたのかな?
「・・・・・・だれかいる」
え? なにを言ってるの?
ルシオンくんの言葉に部屋の中を見まわす。ルシオンくんとアインシャちゃん、筋トレにいそがしい兄さんの他にはだれもいない。
「だれかって、だれ?」
おそるおそるたずねると
「男のひと」
ルシオンくんが見ているのは兄さんの後だ。透視を使ってみるとぼんやりひとの影のようなものが見える。
「兄さん、そこにだれかいる!!」
「ああ?」
兄さんが振り返った瞬間、男のひとが
「きゃああああ!!!」
甲高い悲鳴をあげたのはわたし。
だれもいなかったはずの場所に突然現れた男は全裸だった! わたしはアインシャちゃんの目をふさぎ、兄さんは不法侵入の変質者を取り押さえた。
「おまえ誰だ! どっから入った!?」
床に押し倒されて右腕を後ろ手にねじられた男は、左手で床をバンバンたたいてる。
「ギブ!ギブ!ギブ! 怪しい者じゃないよ。手を放して!!」
「何言ってやがる。怪しすぎだろ!」
「せっかく忍び込んだのに逃げたりしないよ!」
「妙な動きをしたら殺すからな」
兄さんの怪力から解放されて立ち上がった男。わたしはあわてて顔をそむける。下半身に目がいっちゃうんだもん。
「すまないけど、何か着るものを貸してもらえないかな」
遠慮がちな男の声。はずかしいのなら裸になんかならなきゃいいのに。
「お茶は出さなくていいよ。すぐに失礼するから」
とりあえずメルカトキオルさんのバスローブを着て、すすめられもしないのにソファに腰を下ろした男は、すっかりリラックスした様子だ。
「変質者にお茶なんか出すか!」
兄さんの言う通りだよ。そんなおひとよしはいないから。
「ひどいな。僕は変質者じゃないよ」
「素っ裸で勝手に他人の家に入り込んだら立派な変態だ!」
「だからそれには訳があるんだ」
「どんなワケだよ!」
男はふうと溜息をついた。
「まずは僕の話を聞いてくれないかな」
「言いワケできるものならしてみろ。警察に突き出すのはその後にしてやる」
「ありがとう」
変質者のくせに笑顔は魅力的だ。
「僕はラスカー・メトネル。ミーシャのことでお礼を言いに来たんだ」
「ミーシャ? ウルリカの子供のことか?」
「ミーシャは僕の子供でもあるんだ」
男は照れ臭そうにほっぺをかく。
「僕は父親ってことになるね」
「はあ?!」
わたしと兄さんは顔を見合わせた。だって、だって。
「ウソをつくな! おまえいくつだよ?」
「30だけど」
「ええっ!!」
うそでしょ! 20歳になるかならないかくらいにしか見えない。
「証拠は? 身分証を見せろ」
兄さんも疑ってる。全裸だった男が身分証を持ってるはずもなく
「そんなものに意味はないよ。僕の身分証は偽物だから」
うさん臭いにもほどがある。でも、、なんだか憎めない。
男はしばらく考えこんでからポンと手を打った。
「よし。僕とウルリカとのなれそめを話して聞かせよう」
「はぁああ!? なんでそんな流れになるんだよ!」
「僕がミーシャの父親だって証明になるだろ?」
「なるか!」
ほんと、このひと、なにを考えているんだろう。
「とりあえず聞いてみてよ」
要するに自分が話したいだけ=のろけたいだけなんじゃないの?
男はあきれるわたしと兄さんを前にゆうゆうと語り始めた。
ラスカー・メトネルと名乗る男は元ミュウディアンなんだって。
次の任務の準備のため滞在していた、ここ、フォート・マリオッシュでウルリカさんと出会った。ミュウディアン宿舎で共同生活をしていたんだ。
真夏のある日。宿舎のエアコンが壊れてしまい、カフェで涼もうとでかけたラスカーさん。ところが、財布を忘れたことに気付き取りに帰ることに。
宿舎は個室に行くにはリビングを通らなくてならない造りになっている。リビングでは非番のブロックフィッチたちがくつろいでいた。
みんなラスカーさんがでかけたのを知っている。
“どうして戻って来たの?”ときかれたら、財布を忘れたことを話さなくちゃならない。
「財布を忘れたのはこれがはじめてじゃなかったんだ」と言うラスカーさんは、だれにも気付かれずに部屋に戻ることにした。透明人間の能力を使って。
透明人間になったラスカーさんはこっそりリビングを通り抜けようとした。すると、不審者が入り込んでいるとは知らない女たちが思いがけないことをした。
なんと、暑いからと服を脱ぎはじめたのだ!
「宿舎に残っているミュウディアンが女だけなんて知らなかったんだ! まさか、あのタイミングで下着姿になるなんて予想できるはずがない!!」
ラスカーさんの言葉は、一応信じてあげる。
あられもない姿になった女たちはビーチでくつろぐみたいにソファに腹ばいになり、サンオイルを塗りはじめた。その横を通ろうとしたラスカーさんに悲劇が起こった。
床にこぼれたサンオイルを踏んですべってしまったのだ。ハデに転んでインビジブルが解けたラスカーさんがどうなったのか、聞かなくてもわかる。
下着姿の女たちに取り囲まれて、青くなっているラスカーさんを救ったのがウルリカさんだった。
事情を聞いたウルリカさんは言ったそうだ。
「ラッキー! こんな真昼間に、こんな間近で、男の全裸を見られるなんて。
どれどれ。私にもよ~く見せて。ほうほうほう」
ウルリカさんにつられて、はずかしがっていたみんなもラスカーさんの全裸を鑑賞しはじめた。どう反応していいのかわからずに困惑するばかりのラスカーさん。
そんなラスカーさんをよそにウルリカさんはもっと大胆な行動を取りはじめた。
ためらいもなく服を脱ぎ他のブロックフィッチと同じ下着姿になったのだ。
「なにしてるんですか?!」
ラスカーさんはあわてた。
「暑くてたまらない。そっちは裸なんだし、別にいいでしょ」
あまりにも堂々としたウルリカさんの態度にみんなカン違いしたんだって。全裸の男が突然目の前に現れたことも、下着姿を見られたことも、大したことじゃないって。
「その時のウルリカは本当にきれいだったんだ!! 僕の女神はこの女だと思った瞬間だったよ!」
興奮したラスカーさんは下着姿のウルリカさんを見ているようにうっとりしている。
「それからは毎日、猛アタックしたさ。ウルリカには付き合ってる男がいたけど、そんなの関係なかった。僕にはウルリカしか見えなくなっていたからね」
「それで、ウルリカはあんたを選んだってのか?」
兄さんは”どうしてこんな男を?”って顔してるけど、わたしにはなんとなくわかる。
ウルリカさんは放っておけなかったんだと思う。危なっかしいラスカーさんを。
「ミーシャが証拠だよ。僕たちが愛し合っているってことのね」
ラスカーさんは胸を張っているけど、ちょっと待って。
「おまえがミーシャの父親だってことを証明するためにこの話をしたんじゃなかったのか。これじゃ、父親だってことが前提の話になってるぞ」
「あ。。」
「お願い! 信じてえええ!!」
ラスカーさんは兄さんの足にしがみついた。
わたしたちはとりあえず、ラスカー・メトネルがウルリカさんの別れた旦那さんだと信じることにした。
ウルリカさんとのなれそめは、いかにも彼女らしいと納得できるものだったから。
兄さんはラスカーさんに涙とよだれで服を汚されるのがいやなだけなんだろうけど。
「ミーシャとウルリカには本当にすまないと思ってる。僕が軍から脱走したことでつらい思いをさせているから」
ラスカーさんの方こそつらそうだ。
ウルリカさんが自分に厳しいのは、元夫が脱走兵という負い目があったからなんだね。
父親が脱走兵ということで、ミーシャくんが肩身の狭い思いをしないようにがんばっているんだと思う。
「それで、礼を言いに来たのにどうして素っ裸なんだ」
わたしもそれが知りたい。
「好きで裸でいた訳じゃない。仕方なかったんだ。軍警察に追われているから」
ラスカーさんは肩をすくめた。
軍警察は脱走兵を絶対に許さない。何年かかっても、どこまででも追いかけて必ず捕まえる。その執念深さは軍警察がうたう“逮捕率100%”にうそはないと思わせるほど。
そんな中、3年も逃げ続けてるのはすごいと思う。
「今も軍警察に追われているってこと?」
だとしたらこんな島に来たりしちゃいけないんじゃないの?
「ここは要塞島だよ。軍警察はウヨウヨしてるさ」
肩をすくめるラスカーさんを見る兄さんの目は冷たい。
「それがわかっていて、どうしてマリオッシュに来た。ウルリカに迷惑がかかるとは思わなかったのか」
「思ったよ」
ラスカーさんは真剣な顔になっている。
「だから3年間一度もふたりに会いに来たことはないよ。でも・・・・・・
セレンツ山の噴火でマリオッシュが大変なことになっているって知って、ウルリカに連絡を取ったらミーシャが病気だって言うじゃないか。
居ても立ってもいられなかったんだ。これでも父親だからね」
愛されている。ミーシャくんは両親から愛されている。なんだか心が温かくなってくるよ。
「心配して来てみればミーシャの病気はすっかりよくなったって。君たちのおかげなんだってね。本当にありがとう!!」
わたしをハグして、次に兄さんにも同じようにしようとして両手を広げたラスカーさん。
「なにも殴ることないのに」
氷の入った袋をほっぺに当てたラスカーさんは仏頂面だ。
「だからあやまっただろ」
と兄さん。あやまったといっても「悪い」のひと言だったけど。
「心がこもってない。あーあ。こんなにはれちゃって。当分女の子にはもてないな。がっかりだよ」
「あんたもしつこいな」
「ああ。痛い、痛い」
子供がだだをこねてるみたい。これでほんとに30歳なの?
「大変もうしわけないことをしました。ごめんなさい」
とうとうあやまった兄さんはめんどうくさくなったんだと思う。それに本当に悪かったと反省してるはず。
だって、感謝のハグをしようとしたラスカーさんを殴ったのは、後ろめたかったからなんでしょう?
本当はとってもまじめな兄さんは、自分がしていないことで感謝されたくないんだよね。
セイラガムと呼ばれているだけあって、ルシオンくんの治癒はすごかった。ウルリカさんにミーシャくんを会わせてくれた日、その場でミーシャくんの病気を治しちゃった。
わたしが模造したことのあるヒーリングにそこまでできるものはなかった。せいぜいいくらか症状を軽くするくらい。
セレンツ山の噴火のときのお母さんだって、ルシオンくんなら腰骨の骨折まで完璧に治せたんだろうな。
ウルリカさんにルシオンくんの秘密を明かすことはできない。ミーシャくんの病気は兄さんが治したってことにしてある。
(ウルリカさんはわたしたちが特殊能力者だってことには触れないでいてくれてる)
だから、ウルリカさんにはものすご~く感謝された。
あの時も兄さんの笑顔は引きつっていたっけ。
ラスカーさんが帰った後も兄さんの機嫌は悪かった。
「借りた服は洗濯して返すもんだ」
服のことだけで怒ってるんじゃないよね。結果的にルシオンくんの手柄を横取りしちゃった自分にも怒っているんでしょう?
「仕方ないでしょ」
のひと言で兄さんのイライラがおさまるはずもない。
ラスカーさんがインビジブルを使って来たのは、家に入るところをだれにも見られないようにするためだ。
もしだれかに見られてしまったなら、わたしたちは軍警察から取り調べを受けることになる。
だから、帰るときも裸でなにも持たずに帰るしかなかったんだ。
「洗濯くらいたいしたことないよ。わたしたちを思ってのことなんだから」
「うるさいな。そんなことわかってる」
そうだよね。じゃあ、ルシオンくんは自分の代わりに兄さんが感謝されたって、なんとも思わないってこともわかってる?
次の日もバイト中のロイエリング家に来客があった。キャナとウルリカさんだ。
用があるのはウルリカさんで、キャナは軍警察の目をごまかすための付きそいなんだそうだ。
「話なら電話でもいいだろ。わざわざ来なくても」
いつもよりトーンの高い声。兄さんったら素直じゃないね。
「電話は使えない。盗聴されているから」
ウルリカさんは小声で言った。
「ウルリカさんならいつでも大歓迎ですよ。ね、兄さん」
「ふん」だって。いくらかっこつけたって、からだ全体がうれしいって言ってるよ。
ソファに座ったウルリカさんは硬い表情をしている。
「ラスカーのことなんだろ」
話を切りだした兄さんをウルリカさんは真剣な目で見つめた。
「ラスカーをミーシャに会わせてやってもらえないだろうか」
今ふたりを会わせることができなければ、次はいつになるかわからない。もしかすると、もう二度と会うことはないのかもしれない。
そんなふたりをなんとかして会わせてやりたい。それがウルリカさんの願いだった。
軍警察に追われているラスカーさんが、ミーシャくんに会いに行くのはリスクが大きい。
そこで、この間ウルリカさんとミーシャくんを会わせたときと同じようにできないかと頼みに来たんだ。
「おっと、忘れるところだった。ルシオン、おまえ薬の時間だろ。悪い、ウルリカ。ちょっと待っていてくれ」
アインシャちゃんとテレビを見ていたルシオンくんは、兄さんにえり首をつかまれてキッチンに引っぱり込まれた。ダーリンを取られたアインシャちゃんも追いかける。
薬なんかないのになにを言いだしたのかと思ったらそういうことか。
ウルリカさんの願いを叶えるにはシオンくんの力が必要だ。だから、ルシオンくんに断りもなくOKはできない。そう思ったんでしょ。
返事はきかなくてもわかっているのに。
キッチンからでてきた兄さんはソファにどかりと座り
「なんの話をしていたっけ?」
「ラスカーとミーシャを会わせるために力を貸してほしいと頼んだところだ」
ウルリカさんはちょっとムッとしてる。大切な話をしていたのに兄さんがとぼけたりするから。
「それならOKだぜ」
ぱっと笑顔になるウルリカさん。
泣きそうなくらいに感謝されて兄さんはものすごく居心地悪そうだ。
頼みがききいれられてほっとした様子のウルリカさんは、どうしてラスカーさんが脱走兵になったのかを話してくれた。
インビジブルを持つラスカーさんは、その能力を買われて諜報員になった。リトギルカに潜入しての諜報活動にはうってつけだとだれでも思うはずだ。
でも、子供みたいに純粋な心の持ち主のラスカーさんには、たとえ敵でもだましたり裏切ったりすることに耐えられなかった。
ラスカーさんに脱走をすすめたのはウルリカさんだった。ウルリカさんはラスカーさんが悩むのを見てはいられなかったんだね。
だから、自分が苦しい立場になるとわかっていてもラスカーさんを救いたかったんだ。ふたりは今でも深く愛し合っている。それはまちがいない。
戦争が終わればこの家族は一緒に暮らせるようになるのかな。それは、とてもはかない夢のように思えた。家族が一緒にいるのは当たり前のはずなのに。




