2章
光月はリビングのソファーでくつろぎながら読書をしていた。
「ただいま~。帰ったわよ。」
「おかえり、母さん。」
「お弁当買ってきたわ。食事にしましょう。」
あまり料理が得意でない母の智実は仕事帰りにいつも夕食を買ってくる。
「今日はお世話になった塾の先生にちゃんと挨拶できたかしら。先生なにか言ってた?」
「うん、今までありがとうございましたって言ったら、寂しくなるとか言って先生泣いちゃってさ。でも笑顔でお別れしたよ。」
「そう、それはよかったわね。」
「それにしても、これから東京で暮らすの本当に楽しみだよ!でも・・・不安もあるな。
土地とかまだよく分からないし、一応大学の寮とかもあるみたいだけど住む所も早く決めなきゃ。」
すると智実はくだけた会話の様子を正すかのように真剣な表情をした。
「光月・・・その事なんだけど、お母さん考えがあるんだ。
あの・・・お父さんの葬儀の時覚えてる?」
「え・・・うん。覚えてるけど。」
両親が離婚後、遠く離れた東京で暮らしていた父と兄とは長い間疎遠になっていた。
医者だった父が病に伏せ、程なくしてすぐに訃報を聞いたのは2年前の事だった。
「その時お兄ちゃん・・・優貴と喋ったかしら?」
僕には10歳上の兄がいた。8歳の時から一度も会っていなかったため言葉を掛けようにも少し気まずさがあり話せなかった。
「いや・・・兄さんすごい泣いててとてもしゃべれる雰囲気じゃなかったから話してないけど・・・。」
「そう・・・。私は優貴と頻繁に連絡を取っているんだけど、あの子いい年して彼女の一人もいないみたいでね。今は監察医をやってるそうよ。
まぁ、昔からあの子のやることに間違いなんてなかったから好きにさせてるけどね。」
僕は母さんが兄さんと良く連絡をとっているのは知っていた。
そのたびに兄さんは優秀だということを聞かされていたし、
事実、兄さんは昔から優しく、多才で何でも出来た。
現役で僕と同じT大医学部に入学し、アメリカへの医学留学をして首席で卒業。今は違うようだが数年外科医として活躍していたようで僕より数倍頭が良いのは事実だ。
母さんが兄さんの事を自慢するように話すときは楽しそうで、
僕よりも自分に似て頭の良い兄さんの方が可愛いと思っていることは密かに感じていた。
「今あの子、高層ビルのマンションに1人で住んでて広い部屋を持て余しているみたいなの。
そこで提案なんだけど、また昔のように兄弟仲睦まじく一緒に暮らすのはどうかしら。
あなたの大学からも電車で15分の所にあって繰らしやすいところよ?光月は東京が不慣れだろうし、私も心配なの。昔は光月も優貴とは仲良かったじゃない。」
当時8歳までの兄さんの記憶は何でも出来て色々優しく教えてくれる良い兄だった。
だが離れてしまってからは兄さんの情報と言えば母さんの自慢話で比べられている感覚を持ち始めてからは嫉妬心を抱くようになり良い記憶を脚色されてしまった。
それに加えて兄さんももう30歳になる。年月が経てば人格も変わっているだろうし、とても昔のままの兄さんを受け入れる気にはなれなかった。
「でも・・・。」
そう言いかけたら畳みかけるように母さんが言った。
「昔みたいにお兄ちゃんにいろいろ教えてもらえばいいじゃない。現役の医者である優貴に教わることは多いと思うわ。医学部は勉強が大変だし、助けてもらえばいいじゃない。」
母さんは家族で仲良くしてほしいという気持ちが強いらしい。
それに研究員である母の所得は少なく、女手一つで育ててくれたため生活費など学費以外のことでこれ以上負担はかけたくないと思っていたし、昔から母さんの言うことに反抗することがなかった僕は提案を受け入れることにした。
「その通りだね。詳しい話聞かせて?」
次回対面します。




