最終話 風の訪れ
「本気でそう考えておるのか?」
生半可な覚悟でものを言うならば容赦はしない、と王は目を鋭くする。それに応えて、ユーセウスは頷いた。
「はい。・・・これが、一番良い道だと思うのです。」
「・・・・・・」
その答えに、王は長く息を吐いた。
イルアが一週間もの間臥せった時は、どうしたものかと思ったが、まさか裏でこんな事が起こっているとは思わなかった。それに、気性の穏やかなこの息子が、このような道を選ぼうとは。
「・・・イルアの為だけに、そうすると?」
問いかけると、ユーセウスは一度瞼を閉じた。息を一つ吐いて、再び開かれた目には、曇りない光がある。
「はい。」
「・・・・・・」
王は思わずこめかみを抑えた。
「イルアがそれで良しとするとは思えぬが・・・」
「それは、分かっています。彼女はあまり喜ばないかも知れません。むしろ・・・悲しむかも知れませんね。」
そう言ったユーセウス自身の目が悲しそうで、王は再び溜息を吐いた。
「しかしな・・・」
「ご心配には及びません。ちゃんと世継ぎは残します。」
「・・・想いを寄せる相手がいるのか?」
「・・・・・・」
とっさに黙り込んだユーセウスを見て、王はますます溜息を吐く。
「その者を娶る道も考えてはどうだ。イルアは今のままでも良いと言うだろう。」
「・・・ずっと、そうだったのではありませんか?」
低くなった声音に、王はじっとユーセウスの顔を見た。
「バルクス家はずっと、そうやって当たり前のようにこの国を救ってくれている。・・・よくやってくれたと思いませんか?」
「・・・イルアは特に我らと関係が深い。故に、情が沸くのは分かるが・・・」
「そうですね。まるで家族のように近い存在です。」
「・・・・・・ルセ。」
何年ぶりかに愛称で呼ばれ、ユーセウスはきょとんと王を見た。
「幼い頃より仲の良いお前が、イルアを大切に思うのは分かる。私とてそうだ。娘のように思っている。」
「父上・・・」
「しかし、だからといって・・・」
「父上。」
強い口調に、王はやむなく口を閉じた。ユーセウスの目に宿る光をじっと見つめる。
「イルアはきっかけです。私はずっと・・・違和感を感じていたのです。」
「違和感、だと?」
「はい。イルアがレーヴェとして動く事に、ずっと違和感を感じていました。」
「・・・・・・それは・・・」
「父上もよくご存知でしょう?イルアはちょっとお転婆ですが、れっきとした貴族の女性だ。何事も女性らしい事は苦手ですが、イルア自身は誰から見ても魅力がある。」
「・・・・・・」
「きっとルーラの遺伝でしょうね。立ち姿など、よく似ています。」
「・・・・・・」
「ルーラもアウルも、イルアがレーヴェを継ぐ事を嘆いていたのを、ご存知でしょう?」
「・・・ルセ・・・」
ユーセウスは王の——父の目を見て、柔らかな笑みを浮かべた。とても穏やかな、柔らかな笑み。
「・・・父上。いえ、陛下。イルアを、ただの娘にしてあげませんか。私達は・・・バルクス家に甘えているのです。」
「・・・・・・」
じっと見つめる先にある瞳は、少しも揺らぐ事はなかった。
「あ!帰っていらっしゃった!」
セツキの嗎を聞きつけて、レイリアは手にしたお盆を慌てて持っていく。零さないように、転ばないように。
「ヴィト!帰って——ああっ!」
「レリィ!」
勢い込んで庭へと出た途端、足を滑らせて倒れそうになる。
(まずい——っ!)
しかし、ふわりと誰かに受け止められた。
「あっ・・・ご、ごめん。」
「気をつけろ。」
受け止めてくれたのはガイアスで、ついでにお盆も救ってくれていた。
「良かった、怪我はない?」
ヴィトも走り寄ってきて、ガイアスからお盆を受け取る。
「だ、大丈夫。ごめんねガイアス・・・ありがとう。」
「・・・・・・」
無言でレイリアを立たせて、ガイアスは屋敷の門へと向かっていった。
「あっ、そうだ。イルア様達が帰られたの!」
「うん、レリィが叫んでるの聞いたから、知ってるよ。」
くすくす笑うヴィトに、慌てて否定する。
「さ、叫んではないよ!?」
「そうだった?でも結構大きな声だと思ったけど。」
「〜〜ヴィト!」
「ごめんごめん!レリィの反応が素直だから、つい・・・!」
可笑しそうに笑うヴィトに、レイリアはちょっと悔しがった。
「ほらほら、じゃれてないで仕度を。」
「あっ、はい!」
セティエスが屋敷の中からティーポットを運んできた。それを受け取って、ヴィトがレイリアに視線を寄越す。
「お出迎えに行ってくれる?ここはやっておくから。」
「あ・・・うん!」
満面の笑みで頷いて、レイリアは猛ダッシュしていった。
「・・・また転びそう。」
苦笑するヴィトに、セティエスも笑う。
「まあ、ガイアスかシールス様が助けてくれるだろう。」
「それもそうですね。」
門へ向かって走っていくと、イルアとシールスからセツキを預かったガイアスが、騎獣舎へと歩いて行くところだった。門からはイルアとシールスが、談笑しながら歩いてくる。
(イルア様、すごく楽しそう・・・!)
レイリアが戻ってきてから二週間後。イルアは唐突に思い出して言った。
『そう言えばシールス様と遠乗りに行くお約束をしたのだったわ!』
と。
(やっぱりイルア様、シールス様の事・・・)
なんて考えていたら、足下がお留守になった。
「わっ!」
あ、今の声で皆の注目を集めたな。お客様の前で恥ずかしい!などと思っているうちに、またふわりと受け止められた。
「・・・さっきも言ったな?」
低い声に、ぎくりと身を強ばらせて、さっと起き上がった。
「も、もう大丈夫!」
「・・・・・・」
笑ってごまかすレイリアを冷ややかに見て、ガイアスは騎獣舎へと去って行った。
(こ、怖い・・・)
気を取り直して、イルアの元へと急ぐ。
「お帰りなさいませ!」
駆け寄ると、イルアはにっこり笑って迎えてくれた。
「ただいま!大丈夫だった?」
(やっぱり、見られてたよね・・・)
恥ずかしさで俯きながら、レイリアは笑った。
「大丈夫です!それで、あの・・・」
レイリアの言葉を察して、イルアは隣を見上げた。
「この子がレイリアですわ。シールス様。」
イルアの声につられて顔を上げると、思わず見つめてしまった。
「初めまして。シールス=ファンセルです。」
「・・・あっ、し、失礼致しました!レイリアです!」
慌てて頭を下げると、くすくすと二人から笑われてしまった。
「そう気を使わないで下さい。」
「だそうよ、レリィ。」
「は、はい・・・あ!昼食の仕度が出来ていますから、どうぞお庭へ!」
そう言って二人を庭へと誘う。
「遠乗りは如何でしたか?」
訊ねると、イルアはとても楽しそうに笑う。
「とても楽しかったわ!湖も綺麗だったし・・・今度レリィにも見せてあげるわ。一緒に行きましょうね。」
「はい、是非!」
「しかしイルア嬢はセツキの扱いがお上手で、驚きました。」
「あら・・・これでも何度か、エルフィア様と遠乗りをしておりますもの。」
「将軍と、ですか・・・それは、お上手でなければご一緒出来ませんね。」
「そうでしょう?」
笑い合う二人を見て、レイリアはとても幸せな気持ちになる。そして、どきどきしてくるのが分かった。
(イルア様・・・とても楽しそうだし、笑顔が綺麗・・・)
なんだか、二人は共にいるのが、当たり前のように思えた。
(お似合いだよね・・・)
心の底から楽しそうに笑うイルアを見ていると、自分まで温かい気持ちになる。
「さあ、こちらへどうぞ!ヴィトが色々作ってくれましたよ!」
温かな季節。庭の植物達も鮮やかに咲き誇り、様々な香りが風に乗って運ばれてくる。エルフィアに贈られた白薔薇もぐんぐん成長して、細身ながらも強く、美しく咲いていた。
(シールス様・・・か。さてはこの方かな。レリィに匹敵する魅力をお持ちなのは・・・)
セティエスは静かに二人を見つめた。シールスはイルアに対し、下心が全く見えない。だからイルアも、こうして屋敷へ招いたりしたのだろう。
(しかし・・・レーヴェとしての部分を打ち明けられるかが、問題だな。)
打ち明けるという事は、命も、国も、何もかもを託すという事だ。それが出来なければ、イルアは伴侶を得られない。
(それに、お嬢様の気持ちも・・・)
もしも、イルアが。シールスを愛するようになるとしたら。
(どうなるだろう。)
『どうか、イルアが幸せでいられるように・・・』
いつか聞いたアウルの祈りが、風に乗って聞こえた気がした。
『風の歌声〜シュル・ヴェレルの手招き〜』は、これにて完結となります。
実は書いている間にユーセウスがどんどん動き出し、「この先」を計画してしまったのでちょっと急ぎ足になってしまいました。
つまりは、続編があります。色々考えてありますが、言っちゃうとつまらなくなっちゃうので我慢しますっ。
『風の歌声〜シュル・ヴェレルの手招き〜』を最後まで読んで下さった皆様、ほんっっっとうにありがとうございました!
ちょっとシリアス多めでしたので、あんまりほんわかしかなったかも知れませんね…。どきどきは、していただけたでしょうか?
『風の歌声』の続編という事で、読者の皆様がここまできていただけるかどうか、冷や汗ものでした…。でもでも!予想以上に読んでくれる方が多くて、ほんとうに、ほんとうに!PC拝む程嬉しかったです!
実際、開くたびに拝ませていただいてます!!
また投稿はのんびりペースになるかと思います。ちょっと沢凪自身の環境が色々と変わっていますので…行き先未定。不安です。
でも頑張りますっ!(涙)
最後に。
未熟な作者を鍛えてやろうかな!という方。感想、疑問、リクエスト等お待ちしております。作者の成長促進剤に、是非!