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──見つかった。
警備兵相手に銃も持たず戦うのは悪手。シノメは咄嗟にエレベーターの壁面に固定した機械の六本足を全て外し、急速落下する。
頼みの綱のスコーピオンは生死不明、ビルが厳戒態勢入りしたからかトラスとも連絡が取れない。
まさに四面楚歌。外の世界を知る鳥籠の鳥は自分の居場所をどこに置くだろうか?
私なら、飼い主を殺してでも自由を手にする。仕事だけでも、せめて裏切り者であるマーセナルだけでも始末してやらないと気が済まない。
下から上昇中のエレベーターの上に着地し、大きく揺れる。
乗っているのは敵だ。敵に違いない。エレベーターのロープを全て切断し、落下を確認してからドア側の壁面に四本足を固定。
ここに長居しても捕縛対象のマーセナルに逃げられるのは一目瞭然。
直下のエレベーターの入り口ドアを破壊し、その目の前に待機していた警備兵ごと爪で突き刺すと、銃とマガジンの一部を押収する。
そして六本足で距離を短縮しつつ階段をひたすら駆け上がった。
息が切れようと、たとえ私一人しか生きていなかったとしても、それでも、私は奴を、路地裏連合の裏切り者を逃す訳にはいかない。
登る道中、接敵した警備を六本足と奪取したライフルで処理しつつ、この仕事が終わってからの生活を考えた。
異形として長く生きたからこそ、路地裏からは離れられない。土着したあの日から酸いも甘いも多く経験した。
だが、今日出会った彼女は、今まで出会ってきたヤツらとは何か違うものを感じざるを得ない。
路地裏に来る人間は皆居場所のない人間か、どうしようもないクズばかりだ。
だからなのだろうか──。
◇
随分と登ってきた階段はついに終わりが見え始める。この先のさっき見たスピーカー付きのドアをぶっ壊せば、まだ彼がいるかも知れない。
微かな希望はシノメを突き動かすエネルギーとなり、軋む数本の機械足の訴えも厭わず、マーセナルの待つドアを破壊し、侵入した。
「どこだ! マーセナッ──!!?」
奪取したライフルを構えながら入り込むと、不意に、後頭部へ釘を打たれたような痛みと、六本足を接続した背中の焼き切れる感覚が全身に響く。
EMP。言う事を聞かない六本足に、苦痛はおよそ立っていられるものではなく、支配された体はそのまま地に伏せることを要求された。
「久しく会うが......運が悪かったな、路地裏のクズ」
聞き覚えのある声、あれは確か、そうだ。あの時、スコーピオンと、初めて会った時、うざったい方の警官。
「いやぁ助かったよぉ、君から直々に来てくれるとはねぇ」
身体から意識が剥がれそうな感覚に、あの嫌な声が付け込み、不快感を増長させる。
「マー.......セナルゥ......!」
怨嗟の声を絞り出す彼女は、それとは裏腹に、心を悲観の波に連れ去られかけていた。
どれだけ嘆いても、私の望んだ未来はもうやって来ない。今までのバカみたいな生活も、昨日で最後だったのだろう。
「おい、少しくらい鳴いたらどうだ? 遺言ぐらい聞いてやるぞ?」
ベテラン警官は無抵抗なシノメを、押すと鳴るおもちゃのように悪戯に蹴りを入れる。
腹部を集中して放たれるそれに数回の咳を漏らすと、警官の顔は悦に入るようだった。
「あんたもどうだ? マーセナルとか。元とはいえお仲間だから殴るのは嫌か?」
「いいやぁ、こいつらには俺もうんざりで、ねぇ!」
頬へ凹凸の入った靴がゆっくりと、痕を残すように地面に挟まれプレスされる。
単純とはいえ、次第に強くなる苦痛に苦悶の声を出したくなる衝動を抑える事は叶わず、情けない声を憎い二人の前に晒す。
長く生きていても、数多くの悔いが彼女に生きろと心に響かぬ言葉を叫び続ける。
窓から映る景色に光はなく暗雲が立ち込めていた。
「──いたぶるのももう飽きたな。じゃあな、路地裏のクズ。せいぜい地獄で自分の生まれを呪う事だ」
魂を手放しかけた時、一件のメッセージを彼女の通信機が受信した。
「完全なる影の到来する時、望みは叶う」
メッセージの意味は到底掴めない。クラッキング作業で誤ってトラスの下手なポエムが流れ込んだのか?
まぁ、どの道あたしはここで死ぬ。こんな光もない場所で──。
いや、待った。
──光のない場所? 路地裏に完全な光が届いたことがあったか? ビル群に囲まれ確かな陽光すら潰されかねない生だというのに。
立ちこめる暗雲が陽光を完全に遮った時、彼女はやっとメッセージの意味を理解し、笑った。そりゃもう、バカみたいに。
「何がおかしい? 路地裏の臭気で遂に脳が腐ったか?」
件のベテラン警察官は気でも狂ったとしか思えない彼女にに問う。
「──なぁ、知ってるか? この世にはシロとクロがあるんだぜ」
「小学校の教師気取りか? お前のようなバカに務まる役じゃねぇよ」
想像通り食いついた。これが最後の足掻き。ほんの数秒稼げれば、それだけで十分。EMPで焼かれた回路の自動修復もそろそろ終わりが近い。
「そういうあんたらはお堅い頭脳労働で頭でっかち気味なんじゃねぇの?」
「──何が言いたい」
さっきまで見えた余裕は不機嫌さに敗れたのか、彼の表情が途端に険しくなる。釣り針に魚がかかった感覚でますます悦に入る。
「じゃあ比喩も分からねぇバカなお前らに教えてやるよ。もーんだい。白と黒が交わったらどーなるでしょーか?」
ベテランの警官は悟った表情で、マーセナルは怯えを隠せない様子で、そして私、シノメは余裕綽々とした面持ちで。
「グレーゾーンが生まれる」
三人の言葉が発せられたと同時に窓辺に現れた影は、銃声と共にガラスを破り室内へと侵入した。




