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シノメはマーセナルとの取引を装い、ケースを持ち表から堂々とビルに潜入しようとしていた。勿論ながら、トラスの得た情報をダシにした実に彼らしい手法によるものだ。
「止まれ。ここからは立ち入り禁止だ」
はい出たーお決まりの常套句。まるで人間そっくりに作られたアンドロイドを見ているかのようで、生気のなさに腹が立った。
「あんたらの雇用主と取引しに来たんだよ、シノメって名前聞いてねぇのか?」
警備員はマーセナルに連絡したのだろうか。交わした約束に裏が取れたのか、彼ら付き添いの下あっさりと内部に潜入できた。
ここから先は気軽に通信出来ない。スコーピオンの身体が少し羨ましく思ったが、あの食生活の事を思い出し、その意はすぐに霧散した。
エレベーター搭乗時や廊下を渡る時も多少警備との会話はあれどそれ以外はコツコツ鳴る空しい靴がビルを包むだけでただただ退屈。
暇で暇で仕方なかったので、すれ違いざまに見た警備員と付き添いの装備を確認する。一部武装の世代が違う事から、どうやら腐れ警官とは別に私的に雇った傭兵も紛れ込んでいそうだ。
通信で来るスコーピオンの定期報告が唯一心の支えであり、社交的欲求刺激の対象でもあった。
「──了解。」
案内役の警備員の一人が無線で会話をしていた。彼らのように、スコーピオンの感じだと窮地で取り乱すような事はないのだろうか。
普段からアレだと肩っ苦しくて嫌になるが、作戦中は頼もしさに拍車がかかる。
邂逅した時の自身の攻撃へ冷静に対処した姿を重ねずにはいられなかった。
「着いたぞ」
警備員の背中越しに一つの両扉が見えた。
開く気配はなく、一瞬何もない壁に案内されたのかと困惑する。
「中に入れないのか?」
「俺は用心深いんでぇ、申し訳ないが、対面での取引はできなぁい」
すると、マイクを通した荒さのある声が扉の上に設置されたスピーカーから出力された。ブタのようでありながらも理知的な行為が彼女の気を悪くさせる。
「んでぇ、ブツは持ってきたんだろぅなぁ? そのケースか?」
「そーだよ、びっくり箱とでも思ってんのか?」
携えたケースを扉の前に突き出す。扉と対話してると考えると、声はともかく少々気が楽になった。
「確認を頼むよ、警察官殿ぉ」
嫌味ったらしく放たれた言葉をよそに警察官は私情を挟む事なくスーツケースを確認し始める。
上に立つ人間が偉い。というのは路地裏でもそうだが、理性より感情に従った行動を好む彼女としてはこの人を馬鹿にする言い草に耐えられる警官の精神の強さは呆れつつも尊敬に値する。
「内容に相違はないな、そんじゃ──」
警察官二人が、こちらに向かって拳銃を構えた。
「──なっ!?」
「俺のために死んでくれぇ、クソガキ」
パーカーの裏から六本足を瞬時に展開して二人の警官の手から拳銃を弾く。
冗談じゃねぇ。ここで死んでたまるか!
彼女はその伸びる腕を十数メートル先、さっき乗っていたエレベーターに向けて伸ばしてから、パチンコの要領で自身をエレベーターの扉に射出し、六本爪で扉ごと突き破った。
「侵入者だ! エレベーターに逃げたぞ! 追え──」
遠ざかるマーセナルの情けない声が廊下中に響く。幸いエレベーターは下に戻っていたようで、空いた空間内に爪は激突した。衝撃で危うくミンチになりかけたが、突入の難しいここで少しは休憩できそうだった。安全を悟って、Gの負荷による体の負担と安堵混じりの息を漏らす。
何より、マーセナルにスコーピオンの侵入を勘付かれなかった事が重要だ。
あの感じは刺客が私だけだと完全に信じ込んでる。
問題はこの底知れないエレベーター空間でどれだけ籠城できるか、次の籠城先をどうするかが、唯一頭を悩ませる。
ふと、思い出すように通信が耳に入る。トラスの用意したクラッキング用のチップが使えないらしく、流石に激昂した。
「時間稼ぎも限界だぞトラス、おいトラス!」
怒りを抑えつつ、大袈裟ながらも声を殺し、通信でトラスにキツく当たる。そうでもしないと冷静になれなかった。
「提案。私がチップに接続し、サーバーに繋ぐ」
──は? なんて?
意味不明な提案に一瞬壁で身体を支えていた六本足の力が緩みかける。
「スコーピオン、何言ってんだ! 冗談言うのも大概にしろ!」
そもそも体がほぼ機械だからチップを埋め込めると言われても今更無理はない。むしろ機械的な奴なだけ十分理解できる。だが、今回使うのはクラッキングデータ入りの超劇物だ。
言ってしまえば自身の体にデカい寄生虫取り込むが如き暴挙。ハッキリ言ってアタマ可笑しくなったんじゃないか?
賛成するトラスもトラスだ、こんな気狂いな突貫工事、成功する訳がない。
通信に夢中になるシノメをよそに、両の眼へ白がチラチラと痛く刺さる。
暗いエレベーター内を照らす小刻みなスポットライトは、線のように連続してシノメの顔を照らしていた。




