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「渡されたチップとマルチツール、持ってるな?」
目標地点のビル前に着いた二人は物陰を伝い建物への侵入経路を前に、雇い主のトラスから出された作戦を再確認していた。
「当然。持っている」
「ならよし、私はマーセナルとの取引を装い時間を稼いで、あんたはトラスのやるこサーバーのクラッキング補助」
「チップをビルのサーバーに繋ぐ。そうだな?」
「そしてグレーゾーン化した所をドンパチやってから、マーセナルを捕獲ってワケ」
トラスから渡されたクラッキングシステムの入ったチップを取り出すと、シノメは笑顔でサムズアップを返した。
「一応出来そうならマーセナルの確保もやってみるけど、最悪の場合戦闘も想定して動くから、通信してたらそういう事だと思っといて」
「それに、通気口からの侵入も監視の目がないとは限らない。油断はするなよ」
ビルを改めて見直すと、十階程度であるのに高層ビルを見ているかのように遥か高い。
スコーピオンは路地裏へ初めて入った時の心境と今の心境を比べた。背負う責任の重さは実感を伴い、締まる胸は失う事の重みを私の脳に突き付ける。
だが、引き下がった所で得るものは何も無い。
スコーピオンが首を縦に振ると、それが合図かのように二人はそれぞれの侵入先へ進んだ。
◇
スコーピオンは潜入用に減音調整した服を使い、ダクト内を這う。
位置情報は通信機器のマッピング機能からいつでも参照できるが、この狭苦しく暗い空間を進むのは途方もないようで、響く金属音が不安さを助長する。
「今回の警護対象、路地裏の人間だろ? 大丈夫なのか?」
進んでいると、警備にあたっている者だろう、話し声がダクト越しから聞こえた。進行速度を遅め、物音を立てないように慎重に前へ進む。
「さぁな、あんな化け物の巣窟よりこっちの暮らしのが良いと思ったんだろ。よくある話さ」
談笑する声からは、路地裏からの刺客を警戒する色はない。
実際、トラスやシノメの話からしても《《オモテ》》にまで介入するバカはいない。
気にせずライトの微かな光を頼りに先に進むと、ダクト内のファンに突き当たる。
通気口網の隙間から大きな箱のようなものが見え、目的地であるサーバールームに着いたのだ。
目的の一つを達成を間近にして少し息が落ち着き、通信機に手を当てる。声は通信機に直接入力するため、声の反響で外部に存在が漏れる心配は少ない。
「報告。通気口前に到着。ファンと格子が邪魔だ。どうすればいい?」
「──渡しておいたマルチツールには溶接機能がある。それを使え。以上」
現状を端的にトラスに報告するとノイズ混じりの声で淡々と説明が帰ってきた。マルチツールを溶接に切り替え、頭に付けていた遮光ゴーグルをかけて、溶接を開始した。
出る音は最小限であり、外で話し合っている警備員に勘付かれる心配なく溶接は完了、ファンを横に除け、監視カメラの位置を確認するために通気口からサーバールームをゆっくりと覗き込む。
カメラはドア側の壁の隅に一つ。降りれば確実に侵入に気づかれてしまっていた。
「報告。監視カメラを確認。通信機を介してマークした。妨害可能か?」
少し待て、というトラスの声から数十秒。
「一時間前の映像を出力できた。だがあまり長くはもたないだろう、急いでくれ」
スコーピオンは右手でダクトのへりを掴み、全身を箱の並ぶ一室に落とし込んで、音の出ないように機械尻尾のワイヤーを最大限伸ばし、それを軸に身体を下ろした。
降りた直後に出入り口を封鎖し、警備員の侵入を防いでからサーバーの元へ向かう。
サーバーの一つのパネルのネジを尻尾とマルチツールを駆使して外し、曝け出した内部からチップの挿入口を急いで探す。
なければ次のサーバーを、また次のサーバーを──。
しかし、想定外の事態は常につきまとう。
「──ない」
チップの挿入口が、どのサーバーをあたっても見つからない。事前情報と違い、すべてのサーバーの規格が変更されている。
「至急。サーバーにチップが使えない。対処求む」
「マーセナルめ、サーバーにすら細工を施すか。用意周到な奴だ.......」
「感心してる場合か! トラス、サブプランは!?」
か細くも感情の乗ったシノメの声。連絡が取れているという事は、向こうでもアクシデントが発生したのだろうか。
当然だが、この作戦はトラスのチップにかかっている。使えないのは論外に等しい。焦る心は自身の心配もあったが、何より自分より綱渡りな道を歩んでいるシノメの方に向いていた。
窓の外に映る世界は、青空に混じって暗雲が立ち込め始める。静寂な一室になって初めて外の会話が途絶えている事に気づいた。
通信にトラスは答えない。彼として想定していない筈はないだろう。だが、これ以上待てば、監視カメラの細工も切れてこちらの存在が認知される。
「時間稼ぎも限界だぞトラス、おいトラス!」
「やむを得ん、危険だがサーバーに直接アクセスする!」
「報酬はどうなんだよ!」
「──今は仕事の遂行が優先だ。 スコーピオン、サーバーの情報を!」
シノメのか細くも強い声にトラスは遅れながらも反論する。この場の全員に失敗した後の恐怖というものが確かに伝播していた。
この状況を打開する手段はあるだろうか。スコーピオンは焦燥感に焼け落ちる脳で思考を巡り巡らせた時、自身の尻尾が視界に入り、思いつく。
「提案。私がチップと接続し、サーバーに繋ぐ」
「スコーピオン! 何言って──」
「出来るのか?」
割り込んで彼は問う。
「可能。このタイプなら私の脊椎に対応している、チップを取り込み尻尾でサーバーに出力できる」
方法は単純ではあるが自己犠牲を伴うものだ。クラッキングデータが異物として身体を経由する以上自己の身体が機能不全に陥る可能性は否定できない。
だが、この場において全員が安全に事を進めるには多少のリスクを支払うしかない。
「経験は?」
「電子機器への接続なら何度か」
沈黙は外の駆け足を鮮明にさせた。
「──結構。試す価値はある」
スコーピオンはシノメの言葉を気にも留めず、骨盤付近で盛り上がった機械脊椎の挿入口にチップを埋め込む。
「──ッ!?」
瞬間、尻尾から喉の機械部分がショートしたように熱を発し、硬直する。機械と肉体の中間部分に針をゆっくりとねじり込ませるような痛みは体の主導権を我が物にしようと獲物に巻き付く蛇のようだった。
じわじわと強くなる苦痛に呼応して尾が荒々しくのたうち回る。
床、壁、サーバーの一部を傷つけ、擦り切れる音が部屋中にこだました。
完全なる支配がはじまる前に、暴れ狂う尻尾に意識を集中させ、慎重にサーバーへ──。
「接続を確認した! クラッキング開始!」
接続は完了した。しかし、その音はどれほど大きかっただろう、室内は、床や一部のサーバーについた傷からは想像できないほど静けさに包まれている。
繋いでから数秒、痛みは次第に引いていき、まとまった思考が行えるようになってくると、外から叫ぶような声が聞こえた。
与えられた時間は短い。そして、スコーピオンの体はチップの副作用で自動修復が行われるまで事実上動けないだろう。
まっさらな床に腰を下ろし、窓に映るビル群へ降り注ぐ陽光を彼女はただ、じっと眺めていた。




