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忘魔  作者: かぼちゃ祭り
3/5

第二話 「神話なんて」

「悠斗、朝よ」


階下から母の声が聞こえる。


「起きてる」


そう返事をしたものの、布団から出るまで三分ほどかかった。

顔を洗い、リビングへ降りる。


食卓には焼き魚と味噌汁。

父は新聞を広げながらコーヒーを飲んでいた。

その横には新聞より高く積まれた資料。


「また仕事?」


悠斗が席へ座る。


「仕事というより趣味だな」


父は苦笑した。


「昨日の遺跡だよ」

「まだあの傷?」

「ああ。」


父はコーヒーを一口飲む。


「やっぱり納得できない。」

「一万年前の傷なんだろ?」

「傷ならな。」


父は少し考えるように黙った。


「傷っていうのは、壊れた跡だ。」

「でも、あれは違う。」

「切った跡に見える。」


悠斗は味噌汁をすすりながら笑う。


「父さん、それ学会で言ったらまた笑われるぞ。」

「昨日も笑われた。」

「だろうな。」


母が笑いながら食器を並べる。


「あなた、そういうところ昔から変わらないわね。」


父は肩をすくめた。


「分からないものを、分からないまま終わらせたくないだけだ。」


悠斗は箸を止める。

この言葉も、小さい頃から何度も聞いてきた。

父は神話も遺跡も好きだった。

子どもの頃は寝る前によく聞かされた。


空を飛ぶ神。

海を割る杖。

巨大な塔。


悠斗は半分以上、おとぎ話だと思っていた。


それでも。


「分からないから嘘とは限らない。」


父はそう言い続けていた。


「いつか証拠が見つかったら教えてくれ。」


悠斗が笑う。

父も笑った。


「ああ。」

「その時は一番に話す。」



大学へ向かう道。


「おーい!」


後ろから聞き慣れた声が飛んでくる。

振り返ると、三谷空輪がパンをくわえながら走ってきた。


「おはよう。」

「そのパン、今日で何個目?」

「一個目。」

「絶対嘘だ。」

「バレた?」


空輪は笑いながら隣へ並ぶ。


「そういえば昨日さ。」

「駅前で変わった子見た。」

「またナンパでもしたのか。」

「してないって。」

「銀っぽい髪でさ。」

「外国人?」

「多分。」

「ずっと周り見てた。」

「観光じゃない?」

「いや。」


空輪は少し考える。


「なんていうか……」

「全部初めて見るような感じ。」


悠斗は少しだけ気になった。

でも。


「海外から来たなら普通じゃない?」


そう返す。

空輪も、


「まぁ、そうか。」


と笑った。



午前の講義。

佐藤教授が教壇に立つ。


「神話というものは、当時の人々が理解できなかった現象を説明するために生まれたものだと考えられています。」


教室が静かになる。


「雷を神の怒りと呼び、病を呪いと呼ぶ。」

「人は理解できないものへ名前を付ける。」


悠斗は何気なくノートを取る。

教授は続けた。


「もちろん、すべてが作り話とは言い切れません。」

「神話には、当時の出来事が形を変えて残っている可能性もあります。」


その言葉に、悠斗は父の話を思い出していた。



講義が終わる。

空輪が伸びをした。


「腹減った。」

「さっきパン食ってたろ。」

「もう腹減った。」

「燃費悪すぎ。」


二人は笑いながら大学を出る。


帰り道。

住宅街へ入る少し手前。

空輪が急に立ち止まった。


「……あ。」


悠斗も足を止める。

視線の先。

木陰に、一人の少女が立っていた。


白い服。

銀色に近い髪。

周囲を静かに見渡している。

空輪が小さく言う。


「昨日の子だ。」


悠斗は少女を見る。

少女も二人に気付き、こちらへ視線を向けた。

その灰色の瞳には警戒も敵意もない。

ただ、何かを知ろうとしているようだった。

悠斗は軽く会釈だけして歩き出す。

空輪が追いかける。


「いいの?」

「外国人なら待ち合わせかもしれない。」

「でも昨日も一人だったぞ。」


悠斗は少しだけ振り返る。

少女はまだそこに立っていた。

何もせず。

ただ、人の流れを見つめている。


「……。」


父の言葉が、不意に頭をよぎる。

分からないものを、分からないまま終わらせたくないだけだ。


悠斗は足を止めた。

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