8話「洗脳」
「皆さんを見つけました!ラングリ穴、手伝ってください!」
形代の呼びかけが聞こえ、俺はイオリと目を見合わせた。
イオリは無言で頷き、「ここは任せろ」と伝えてきた。頷きを返し、形代と共にステージ脇へと向かう。
そこには妖達がいた。それぞれに等間隔で座らされ、壁から両腕と両足に鎖を繋がれている。
「紅桜!」
形代は最奥に繋がれている黒髪の人物――紅桜の元へ一直線に向かった。
俺も続いて歩いていき、腕と足についている鎖を切ってやる。
自由になった紅桜は座ったまま動かない。洗脳とやらの影響だろうか。
「洗脳する薬ってやつ、形代の力で移せないか?」
形代はキョトンとした表情を浮かべた後、納得したように「ああ」と声を漏らした。
「紅桜のことでしたら心配は要りません。我々のように強力な付喪神にあの薬は効かないでしょう。まあ、もう少ししたら起きると思いますよ」
――ただ寝ているだけ、ということらしい。
緊張感の欠片もないが、これが付喪神というやつなのか。
「じゃあひとまず、他の妖達を解放しよう」
形代の返事を遮るように金属音が鳴った。
音の方を見ると、出入口になっていた箇所に鉄格子が降りてきている。
「ハーイ!早速で悪いけど、アナタたちには死んでもらうわ」
設置されたスピーカーから突如女の声がした。
神経を逆撫でする不快な金切り声。
声に合わせて金属が地面に落ちる音がした。
それは妖達の鎖が外れた音だった。
彼らは操り人形のように1人ずつ立ち上がった。
1人目は二又の別れたしっぽと猫耳、鋭い爪を持つ猫又。
次に鴉の翼と長い鼻を持ち、刀と高い下駄を身につけた鴉天狗。
そして、片足で立ちいたずらっぽく舌を出して見せ、右手に傘を握った傘の付喪神――唐傘。
洗脳され、傀儡となった妖達。
彼らはそれぞれの武器を見せつけ、ジリジリとこちらに寄ってくる。
初めに仕掛けてきたのは鴉天狗だった。
翼をはためかせて飛翔し、右手に握った刀で切りつけてくる。
俺は素早くアルミスを引き抜いて応戦する。
2振りの刀が衝突し火花を散らす。
鴉天狗は風を吹かせてその勢いを刀に乗せた。たちまち剣が重くなり、受け止めるのがやっとだった。
鍔迫り合いの最中に猫又が壁を駆け上がり、上空から飛びかかってきた。
俺は後方に跳んでこれを避けると、アルミスを拳銃に変えて照準を脚に合わせ射撃した。
銃弾は狙い通りに飛んだが、広げられた傘に弾かれて地面に転がった。傘には傷1つ付いていない。
――このままではまずい。
ただでさえ強力な妖が3人、対してこちらは実質1人。
チラリと後ろを見ると形代は紅桜の体を揺すっている。
形代は元から戦力には数えていない。人形を用いた能力はまさに神業と呼べるものだが、戦闘力は皆無だ。先程の守衛と戦ったら為す術なく敗北するだろう。
攻撃を代わりに受けさせれば勝てるかもしれないが、この手は使いたくない。俺が受けた傷を形代に肩代わりさせるなど、少なくとも俺にはできない。
最悪の場合はあれを使うしかないか。
俺はアルミスをメイスに変化させた。
唐傘に狙いをつけ突進する。
まずは盾を潰す。残りの2人はそれから考えればいい。
傘の付喪神は閉じた状態の傘でメイスを受け止めた。
しかし片足立ちの状態で耐えられるはずもなくバランスを崩し、倒れた。
そこに追撃を加えようとしたが鴉天狗が割って入ってきた。ただメイスとは打ち合いたくないようで間合いを広めに取っている。
そこに猫又も加わり、倒れた唐傘を起こすと爪を光らせこちらを睨む。
鴉天狗が飛翔し、猫又は壁を走り、唐傘は片足で跳んで、同時に向かってくる。
俺はあえて前に走った。
メイスを構えて唐傘を迎え撃つ――。
――ように見せかけ、唐傘が跳んだタイミングで足の下をくぐり抜けた。
予想外の行動に彼らは対応できていない。これで全員の背後をとった。
彼らは進み続けた。その先には形代と紅桜がいる。
まさか初めから狙いは――。
「形代!」
紅桜に集中していた形代は俺の声を聞いて初めて状況を認識した。
その時には既に鴉天狗の刀は眼前に迫っていた。
だが刀が形代に届くことはなかった。
鴉天狗の刀は、いつの間にか現れていた刀に止められている。刀はまだ抜かれてすらいない。
「遅いですよ、紅桜」
「悪りい、今夜はどうにも眠くてな」
紅桜はそう言うと鴉天狗の刀を鞘で払い、無防備になったみぞおちに突きを入れた。痛みに耐えるように背中を丸めた鴉天狗の顔面に対して膝蹴りで追撃し、衝撃で仰け反った鴉天狗の足を払って転倒させる。
鴉天狗は頭を強打し、刀から手を離して沈黙した。一瞬の出来事だった。
「よし、次はどっちだ?」
紅桜はあくびをしながらそう言うと、鞘に収めたまま切っ先を前方へ向けた。
妖達はたじろぐことなく紅桜に攻撃する。
唐傘の蹴りを片手で防ぐとそのまま脚を持って投げ飛ばした。唐傘は壁に激突し地面にうずくまる。「」
続く猫又の爪撃を身体をひねって躱す。猫又は攻撃の手を止めずがむしゃらに腕を振り続け、紅桜はその全てを避け続けた。
やがて猫又の動きが僅かに遅くなった。紅桜その一瞬を見逃さず猫又の足に刀を引っ掛けた。
猫又は顔から倒れた。紅桜は倒れた猫又の首に手刀を決めて眠らせた。
「おい、もう終わりか?」
紅桜の言葉に返事はない。
俺は呆然と紅桜を見つめた。
「彼らの薬は私が取り除いておきます。おふたりは残っている守衛の皆さんを」
そう言って形代は倒れたままの鴉天狗に駆け寄った。人形を貼り付けて作業に取りかかる。紅桜は鉄格子を刀の一振で切断した。
これで妖達の救出は達成された。残る問題は――。
「アナタたち、思ってたよりイイわね。私のお人形に相応しいわ。一体、どんなカオで泣いてくれるのかしら」
再び、あの女の声がした。妖達を救出されらにも関わらずその声は高揚している。まるで初めからこうなることを望んでいたかのようだった。
彼女の声と同時に紫色の煙が放出された。
俺は咄嗟に口と鼻を服で抑えた。
「なるほど、これで彼らを洗脳していたのですね」
形代は煙を直接吸い込んだ上でそう言った。先程言っていた通り形代と紅桜には効果がないらしい。それを確認した形代は複数の人形を浮遊させ、その内の1つを俺に貼り付けた。
「これで皆さんも大丈夫でしょう。ただ、このままでは妖の皆さんから薬を抜けないですね」
「それについては問題ないだろう。きっと、あいつならやってくれる」
俺は間髪入れずにそう返した。
確かに形代の言うことは最もだ。人形の性能にも限度があり、俺達と妖の全員をカバーすることは難しい。カバーし切れなかった妖は薬を取り除いたとしても空間内の煙を吸い込んでしまう。
ただしそれは彼がいない場合の話だ。
この場にはミコトがいる。煙の件は任せて問題ないだろう。
俺はあの女に集中すればいい。
しばらくして、ミコトの魔法によって全ての煙が排出された。
俺はステージ上にいるやたらと派手な服装の女を発見し、奴こそが探していた女――メアリーだと確信した。
「そこか!」
そう言って剣を持って飛びかかり、メアリーはこれを避けて応じた。
「ちょっと、ジャマしないでよね。私たちの逢瀬を」
メアリーは初めて不機嫌そうな雰囲気を見せた。メガネの奥で眉間にしわを寄せ、左手の中指を突き立てる。
「この女は任せろ!」
俺はミコトとミーナに向けて叫んだ。事情は詳しく知らないが2人にもやることがあるように見えた。
俺はアルミスをナイフに変化させてメアリーに接近した。この距離では煙は使えないはずだ。
俺はナイフを振って攻撃するが、メアリーはヒラヒラとこれを避けていく。
メアリーは攻撃を避ける度に少しづつ顔を紅潮させ、口元を歪ませていった。
「案外激しいのね♡アナタとってもイイわ。聞いていたよりもずぅっとね」
メアリーは舌なめずりをすると、おもむろに右手の指を鳴らした。
これを合図に、守衛達が一斉にステージへなだれ込んでくる。彼らは俺とメアリーの間に立ち、壁となった。
「名残り惜しいけど、今日はこれでオシマイよ。また会いましょ」
「待て!」
俺の静止に耳もくれずメアリーは出口に向かってまっすぐ走り始めた。
後を追おうとするが数十人の守衛達が行く手を塞ぐ。
同じ服と槍を持ち隙間なく立つその姿は本物の壁に見えた。
しかしこの壁は脆くも崩れ去ることになる。
「ここは任せろ、ちょうど遊び足りなかったところだ」
納刀された刀を構え、紅桜が守衛達の前に立った。
俺は走った。
メアリーはまだ会場内にいる。追いつくことは不可能ではない。
「イオリ!あいつを追うぞ!」
俺は守衛と戦うイオリを視界の端で捉えて言った。
イオリは俺の声に気づき、守衛の攻撃を避けてこちらへ走る。
メアリーとの距離は大して空いていなかった。攻撃を避ける能力こそ高いが、運動能力自体は低いらしい。徐々に減速しているのが見ていて分かった。
メアリーの姿は少しづつ大きくなっていく。
そのまま距離は縮まり続け、ついにあと一歩で手が届く。
そう思い伸ばした手の甲に、銀色の液体がぽたりと落ちた。俺の足は止まった。
この液体には見覚えがある。思い出すだけで思考を完全に支配される程に強く頭に刻み込まれている。
「11年振りね、ラングリ穴」
抑揚のない冷たい声。本に書いてあるものをそのまま読み上げたみたいに一切の感情が感じられないこの声の持ち主は1人しかいない。
「ミスト!」
天井から大量の液体がこぼれ落ち、人の形を形成した。
小柄で短髪、特徴のない服装に全くの無表情を浮かべ、その目はどこか虚空を見つめている。
ミストは俺の前に立ち、俺とイオリを交互に見た。
「早く行って、メアリー。貴方にはまだ役目があるはず」
メアリー、そう言えばそんな奴がいた。
ミストが名前を出したことでメアリーの存在を思い出した。
正直もうそんなことはどうでもいい。俺はミストを倒さなくちゃいけない。
「イオリ、メアリーは任せる」
俺は頭の片隅に残った最後の理性でイオリに告げ、すぐにミストへと全意識を集中させた。
足音が聞こえたのでイオリはきっと行ってくれただろう。
俺の目はミストだけを映し、頭は11年前のあの日にいる。
11年前の雪の日、父親の死を目撃したあの瞬間を、俺は何度思い返したことだろう。
あの日の怒りと哀しみ、それから屈辱と憎悪、溢れ出る復讐心。
この11年間、片時も忘れたことなどない。
俺はアルミスを剣に変化させて父の仇を睨みつけ、呟いた。
「開け、黒百合」




