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(改稿中)リミナ/黒百合は境界に咲く  作者: 林三連撃
第1章「妖オークション」

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7話「家族」

 大穴を通じて中に入ると、中は騒然としていた。

 元は豪華な宴会場だったであろう広大な空間。テーブルクロスやステージの幕などの半分以上が燃え尽き、一部は未だ延焼を続けている。そして周囲に散乱した瓦礫やラウンドテーブルの数々と何が起こったかわからず右往左往する守衛たち。爆破のおかげで敵はまだ状況を把握できていないようだ。


「ミコト、ミーナ、どうしてここに?」


 ラングリ穴はこちらに駆け寄ってきて、不思議そうに私の顔を見つめながら言った。隣には助手席に見えた黒づくめの男が立っている。


「ラングリさんが心配で追いかけてきたんだよ。ところでその人は?」


「ああ、イオリだよ。元々この会場に捕まっていたところを助けたんだ。イオリ、こっちがミーナで向こうにいるのがミコトだよ。2人は双子で、俺の友達なんだ」


「よろしくなぁ~」


 イオリ、と紹介された彼はぺこりとお辞儀をした。捕まっていたということは彼も妖なのだろう。

 紹介が終わり、戦闘を始めるべくラングリ穴は周囲を見渡した。それに合わせて私も周囲を見回す。

 瓦礫やラウンドテーブルの陰に隠れてコソコソと何かを話し合う守衛たち。30人は越えている。敵側の体制も整いつつあるようだった。となれば、仕掛けるのは早い方がいい。

 同じく考えたらしいラングリ穴が腰のアルミスに手を伸ばした。だが、その手は触れたところで止まった。ラングリ穴の視線の先を見ると、形代様がいた。


「な、どうしてこんなところに?神社の方はいいのか?」


 珍しく動揺した様子のラングリ穴に対し形代様が普段通りに答える。


「此方は友人を探しに来ただけですよ。ほらいたでしょう、黒い髪に赤い瞳の付喪神が。紅桜と言うんですが、数日帰ってこないものですから」


 紅桜、それが形代様が探している友人の名前らしい。

 そしてやはり、ラングリ穴と形代様は知り合いだった。ラングリ穴の様子からして、形代様に対して尊敬の念を持っているようだ。


「ああ、ずっと見てたのか。それなら話は早い。ひとまず、妖達がどこに行ったか探そう」


「それなら此方の出番のようですね。その間、守衛の皆さんをお願いしますよ。くれぐれも殺さないように」


 そう言って走り出そうとした形代様は何か思い出したようにこちらへ振り返った。


「おふたりには伝え忘れていましたが、妖の皆さんは薬で洗脳され、操られているようです。気をつけてください。それでは」


 言い終えるとすぐに踵を返して行ってしまった。

 ミコトの方を見ると、少し表情が暗かった。洗脳だなんだと聞かされれば当然のことかもしれない。

 薬による洗脳、それについて考える時間もなく戦いの火蓋が切って落とされようとしている。

 ラングリ穴がアルミスを剣に変身させ、イオリと共に1番近くにいる守衛の方を向く。

 私とミコトも合わせてそれぞれの武器を手に取り、ラングリ穴たちと背中を合わせるようにして別に守衛の方を向いた。

 ラングリ穴が地を蹴り、私たちも少し遅れてそれに続く。

 ラウンドテーブルの背後に隠れていた2人の守衛がこちらに気づき槍の先端をこちらに向けてくる。

 ミコトが銃から風の弾を発射し、2人の体勢を崩させる。そこにすかさず私が突撃。水を纏わせた短剣で2人の首裏を叩いた。

 守衛たちは何が起こったかも分からない様子でその場に倒れた。双方とも、既に意識はない。

 敵の数は多いがこの調子なら問題なく切り抜けられそうだ。

 そこに拍車をかけるように形代様の声が響き渡った。


「皆さんを見つけました!ラングリ穴、手伝ってください!」


 形代様の声を聞いてラングリ穴がステージ脇の空間へと消えていく。それを横目で見送り、ミコトと共に次の敵と相対する。

 今度の敵も同じ服装、槍を持った2人組で、どうやらそれが基本的なスタイルとして訓練されているらしかった。それはつまり、単なる寄せ集めではなく目的を持って組織された軍隊であることを意味しているように思われた。

 守衛たちはやはり形式的な教科書通りの突きを放ってきた。型にはまった攻撃は読みやすく、崩しやすい。

 敵の足元に魔法で軽く水流を作ってやる。すると動きを遮られて僅かに姿勢が崩れる。その隙を見逃さず、ミコトが2丁ある銃の照準をそれぞれの敵に合わせて接近していく。そして、ガラ空きの腹に向かって銃弾を連射した。

 一瞬のうちに空中へ飛び上がった守衛たちはその後地面に叩きつけられ、そのまま意識を失って動かなくなった。


 次の敵を探すべく周囲を見回すと、こちらに走ってくる人物がいることに気づいた。


「ドクター!」


 私の叫び声とともに投擲された注射器を水の魔法で迎撃する。砕けた注射器からピンク色の液体が飛び散り地面を濡らす。

 私は周囲に守衛がいるかどうかを確認しようとした。ドクターとの戦闘中に割り込まれたらたまらない。

 しかしその必要はなかった。守衛たちは誰かに呼ばれたかのように一斉に走って行ってしまった。ラングリ穴と形代様が消えていったステージ脇の方へと。

 向こうでも何かがあったらしい。お陰でこちらはドクターに集中できる。

 ドクターはやはり操り人形のような奇っ怪な動作で動き、顔には張り付いたような笑みを浮かべ、その目は虚空を見つめていた。 

 明らかに様子がおかしいことにはミコトも私も気づいている。なぜそうなったのかだけが分からず頭を悩ませていたが、それについては既に回答を得た。

 即ち、薬によって操られている、ということである。

 ドクターは何者かによって操られ、文字通り操り人形と化してしまった。私たちに襲いかかってきた理由も、あの不気味な動き方にも説明がつく。

 どうにかしてドクターの動きを止める必要がある。薬の詳細は分からないが、形代様なら治せるかもしれない。

 

 同じ考えに至ったらしいミコトが銃を持つ手に力を込める。私も、同じく右手に力を入れ直す。

 ドクターは、やはり変わらない笑顔で様子を見ている。仮面でもつけているかのようにその表情は一切の動きを見せない。


「貴方たち、また会いましたねェ!今回こそは眠ってもらいますよォ!」 


 突然そう叫んだドクターが両手に注射器を持ったまま疾走する。

 ミコトが大きく後ろに跳んで距離を取り、私は自身の周囲に水の壁を発生させる。

 ドクターは私に狙いを定めたようで一直線に向かってくる。ミコトが銃で迎撃するがドクターはこれを全て避けながら勢いをそのままに走り続ける。

 私は短剣を構え、水の壁をさらに強固にして迫り来るドクターを迎え撃つ。 

 あと数歩で手が届くというところでドクターが懐からフラスコを取り出しこちらに投げつけた。

 フラスコが砕け中身が飛び出ると白い閃光が発生した。反射的に目をつむり、光が収まったところで目を開くと、そこには水蒸気だけが残っていた。

 それだけではない。

 目の前にいたはずのドクターが消えている。

 慌てて周囲を見回す。

 瓦礫、倒れた守衛、と来て、次にミコト――の背後に、いた。


「ミコト!」


 咄嗟に叫び、巨大な水流を発生させてミコトを押し流す。

 流されながらも状況を把握したミコトがドクターに向かって銃を連射し、ドクターは後方へと退く。

 再び距離が生まれ、ミコトは銃を撃ち続ける。

 しかしその銃弾は突如現れた紫色の煙の奥に消えていった。


「ハロー!久しぶりね、マイ・スウィーティー。楽しんでくれてる?私が用意したイベントは」


 やたらとテンションの高い女の声が煙の広がりとともに空間内に満ちる。

 ミコトを見ると、青ざめた顔が小刻みに揺れている。

 煙に包まれた守衛たちが苦しみ始めたが、女はそれを意に介さず話し続ける。


「アナタがマイ・スウィーティーの妹、ミーナね。私はメアリー。このオークションの管理者でアナタたちの親代わりとは長い付き合いよ。私の人形ちゃんがいつもお世話になってるわね」


 メアリーと名乗った女はふざけた調子でそう言った。彼女の言う「マイ・スウィーティー」とはミコトのことを指していて、しかも妖オークションの管理者でドクターの知り合いだと言う。

 となればドクター含む妖たちを操っているのもメアリー、ということだろう。

 少なくとも事件の概要はこれで明らかになったわけだ。

 しかしそれは解決を意味する訳ではなく、むしろ更なる激化を見せるものと思われた。

 そう思考を続けている間にも煙の広がりは止まらず、守衛たちの苦しむ声は徐々にその勢いを増している。ラングリ穴が空けた大穴から煙が漏れ出ていくが、それだけでは到底追いつかない。

 ミコトは、やはり身体を震わせてそのまま動けずにいる。

 一切の容赦なく煙は私たちに対しても襲いかかってくる。

 ただし、それが届くことはなかった。

 私たちの周囲に人形(ヒトガタ)が浮遊しており、迫り来る煙の全てを吸収していく。煙の深さによって姿こそ見えないが、形代様がどこかから見てくれている。

 それでも事態の解決はまだ見えない。いくら形代様でも、全員を煙から守り続ければ限界を迎えるかもしれない。

 この煙の中からメアリーを発見するか、煙そのものを除去してしまう必要がある。

 どちらにせよ、煙の濃さが今のままでは叶わない。視界全体が紫色に覆われ、一寸先は闇だ。煙の除去は最低条件になる。

 それが可能な人物が1人だけいる。今は動けずにいる風魔法の使い手。

 彼なら現状を打破できる。


「ミコト!しっかりして!魔法でこの煙を退かすの!」


「む、無理だ。ここにはあの女、メアリーが。あいつだけは無理なんだ」


 こんなことを言っては、頭を抱えてうずくまる。

 何があったかは知らないが、今はそんなことを言っている場合ではない。


「あいつと対峙する必要はない。ただ、この煙をどうにかしてくれるだけでいいの。それに、このままじゃドクターを助けられない!」


 ドクターの名前を出されて、ミコトは観念したようだった。

 地面に転がっていた双子拳銃を拾い上げると、大穴に向けて列風を巻き起こした。


「ふふ、さすがね、マイ・スウィーティー」


 メアリーは薄れゆく煙を見ながらも余裕を保っていた。それどころか、声がさっきよりも弾んでいるような気さえした。

 やがて煙のほとんどが消え去ると、いつの間にか立ち上がった守衛たちと共に、ガスマスクを被った女がステージの中央に姿を現した。

 ビビッドなピンク色を基調として水色や黄色など複数のメッシュを入れた長髪を高い位置で1束に結んだ女。半袖のセーラー服にミニスカートを履いていて、それが年不相応に見えた。


「そこか!」 


 メアリーが姿を見せた直後、剣を持ったラングリ穴がメアリーに飛びかかった。

 剣の先端がガスマスクを両断し、メガネをかけた女の顔が露出した。

 わざとらしい程に不機嫌そうな表情でラングリ穴を見ている。


「ちょっと、ジャマしないでよね。私たちの逢瀬を」


 その声を合図に守衛たちがラングリ穴へ攻撃を仕掛ける。その動作は糸に吊られたような()()動きだった。

 メアリーの戯言を気にも留めていない様子でラングリ穴は守衛たちの攻撃を捌いていく。


「この女は任せろ!」


 ラングリ穴がそう言った。任せろと言ったからにはきっとやり切る。

 これでようやく、私たちはドクターに集中できる。

 ドクターは少し離れたところで立ち尽くしていた。しかしスイッチを入れられたように突然動き始めると、ドクターの表情が変化した。

 今度は顔に怒りの表情を貼り付けている。

 ドクターが懐から注射器を取り出した。

 これまでのピンク色のものではなく、黄色く光っている。

 私たちはそれぞれの武器を前に出し、防御の姿勢をとった。

 ドクターはそれを、自分の首筋に突き刺した。


「な……!」


 思わず声が漏れ出たことにも気づかず、ドクターの様子を注視する。

 空になった注射器を投げ捨てたドクターの身体が徐々に肥大化していく。細かった腕は倍ほどになり、青白い肌が血色を取り戻した。

 その姿を呆然と見ていた私たちにドクターは急速に接近した。

 ドクターが放った飛び蹴りをまともに受け、私の身体は横方向に飛ばされていく。左肩が強烈に痛む。

 ミコトがドクターに向けて弾丸を連射する。それを小バエでも相手にするかのように両手で払い除け、ミコトの方へ近づいていく。

 私は水流を発生させてドクターを押し流そうとした。

 水流はドクターの動きを弱めただけで、流すどころか止めることすらできなかった。

 ミコトは足元に突風を発生させて後方に跳び退く。

 それに合わせてドクターも跳躍した。空中でミコトの首を掴み、地面へ叩きつける。

 地面に倒れたまま首を絞められるミコトが切れ切れに喘ぐ。

 私は走った。

 短剣を持ちただまっすぐドクターの元へ向かう。

 私の存在に気づいたドクターがミコトを投げつけた。

 ミコトと共に地面に倒れた私は、上に乗ったミコトを下ろして立ち上がってからミコトを立たせた。


「全く、この程度では楽しめませんねェ!」


 ドクターは勝ち誇ったように腕を広げてそう言った。


「このままじゃまずい」


「ああ、でもどうする?」


 私には1つだけ考えがあった。

 ミコトにそれを伝えると、銃を構えて肯定の意志を示した。


 私は水流を発生させた。

 これまでよりも強い全力の魔法。

 それだけではドクターの動きを止めるのがせいぜいだった。

 そこにミコトが暴風を発生させた。

 水流と暴風がぶつかり合い、まるで嵐に襲われた大海のように激流が生まれる。

 ドクターの身長を優に超える高さの大波はいとも簡単にドクターを飲み込んだ。

 私たちはただ全力で魔法を使った。

 青と緑色の魔石が一際強い輝きを見せる。

 やがて嵐は止み、大波に飲まれたドクターが仰向けに倒れている。

 先程使った黄色い薬の影響か、衰弱しているように見えた。

 私は再び走った。

 そしてドクターの内ポケットから、初めに使っていたあの注射器を取り出し――


「元に戻って!ドクター!」


 ――それを首筋に突き刺した。

 注射器に少しだけ残った液体はピンク色をしていた。

 睡眠薬を注射されたドクターは地面に倒れたまま動かなくなった。

 これでいい、眠らせれば、これ以上暴走することもない。

 私とミコトは魔法の使いすぎで当分動けそうにない。


 オークション会場の一角で、ひとつの家族が仲良く眠っている。

 ドクターの顔には心の底からの笑みが浮かんでいた。

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