6話「集結」
宝蘭国では病や災いを人形に肩代わりさせる風習がある。
彼らはそれを「形代」と呼ぶ。
「さて、まだ続けるつもりですか?」
この言葉を聞くなり、怒りに満ちていたドクターの表情が変化した。そしてスイッチを切り替えたように無表情になると、踵を返して階段を駆け下りて行ってしまった。
「あっ、待て!」
咄嗟にミコトが叫んだが、その時には既にドクターの姿は消えていた。一瞬の出来事に呆然としていると、形代様――「様」をつけておいた方がいい気がした――が近寄ってきた。
「危ないところでしたね。改めて、此方は形代。紙から生まれた付喪神で、この神社に住んでいます」
慈悲に満ちた笑みを浮かべて形代様はそう言った。
赤い瞳には1点の曇りもなく、服装にも一切の汚れがない。真っ白な1枚の紙のようだった。
私がただ雰囲気に圧倒されて呆然としていると、形代様は続けてこう言った。
「おふたりはラングリ穴の友人ですね。ミコトとミーナ、でしたか」
「「ど、どうしてそれを?」」
私と同時にミコトも驚嘆の声をあげた。名前はともかく、ラングリ穴の友人であることがなぜ分かったのか。いや、そもそも、ラングリ穴と知り合いなのか。
「何、簡単なことです。此方はこの人形を通して、社付近で起こる全ての事柄を見、聞いているのです。初めラングリ穴が駆けていくところが見え、続いてそれを追うように貴方達が駆けて行った、そこから推測しただけです」
――だけ、と簡単に言うが、それで片付けていい程のことではない。ただ本人からすれば本当に、なんてことない事なのだろう。
こんな風に驚き続けていると話が先に進まない。ひとまず全て飲み込もう、と決めて思考を先の話へと移す。
そもそも、宿を抜け出したラングリ穴の助けになるため飛び出してきたはずが、偶然ドクターを発見し今に至る。となれば次の動きとしてはラングリ穴かドクターのどちらかを追うことになるだろう。
これはミコトも理解しているようで、口に手を当ててムムム……とうなっている。
答えを出すには情報が不足しているが、わざわざ収集している時間もないだろう。
私は目の前に現れた神様へ活路を見出した。
「もしかして、人形を使えばラングリ穴とドクターがどこにいるかも分かったり……?」
形代様は声の調子を変えず、やはり当然の事のように言った。
「ええ、彼らには人形を付けてあります。どうやら同じ方向に向かっているようです。となればドクターは妖オークションの関係者、ということでしょうかねぇ」
「妖オークション?」
聞き馴染みのない単語に、先に反応したのはミコトの方だった。
形代様は少し驚いた様子で私たちを交互に見て、やがて微笑むと納得したように話し始めた。
「秘密裏にこの宝蘭国で行われている、妖を売買するためのオークションのことです。現在ラングリ穴はそれを止めるために行動しています。そしてドクターと――ついでに、此方の友人もここにいます」
妖オークション。確かに、ラングリ穴が知ったらいても立ってもいられず飛び出して行ってしまうだろう。
「それ、場所はどこなんだ?」
ミコトがやや食い気味にそう聞くと、形代様は落ち着かせるように両手を前に出した。
「そう焦らないでください。此方が案内します。ちょうど用がありますから」
「用って、さっき言ってた友人のことですか?」
さっきの形代様の発言に出てきた「友人」のことが気にかかっていた。友人がそんな場所にいるとなれば気が気ではないだろう。
それと同時に、形代様が友人と呼ぶほどの人物には興味がある。きっと形代様と同じくらい、凄い人物なのだろう。やはり、同じ付喪神だったりするのだろうか。
「実は妖オークションの調査のために派遣したのですが、数日経っても帰ってこないので迎えに行こうと思っていたところなのです。まあ彼に限って万一のことはないでしょうから、大方帰り道がわからないとかそういった事だとは思いますが」
――訂正、凄い人物ではないのかもしれない。少なくとも、イメージしていたのとは違っていそうだ。
「まあそういう訳ですから、此方様達と行動を共にしたいのですが、どうです?」
思いがけない提案だった。一人でなんでもできてしまうのではないかと思うからだ。
「もちろん、むしろこちらからお願いしたいくらいです」
「よろしくな!形代!」
ミコトのこういう、大胆不敵な部分には一周まわって感心してしまう。
当の本人は自覚はないようだし形代様の方も気にしている様子はないのでまあいいだろう。
私とミコトは武器のメンテナンスや装備の確認を手早く済ませ、形代様は外出用の外套などを羽織って、やがて全員で石階段の手前に並んだ。私、形代様、ミコトの順に並んでいる。
それぞれの顔を見合わせ、これから起きる出来事を想像し、緊張で思わず息を飲む。
「それじゃあ、行きましょうか。久しぶりの外出なんて、わくわくしてしまいます」
形代様がこんな事を言うので、緊張なんてものは一瞬のうちに跡形もなく消え去ってしまった。
そうして、私たちは再び先の見えない闇の中へ足を踏み入れたのだった。
――――――――――
なあ、妖オークションはこっちじゃねぇだろぉ~。もしかして迷ったのかぁ~?」
俺とイオリは妖オークションを潰すために歩き始めた。しかしこのまま無策で行ったところで前回のように逃げ帰るだけだろう。
「心配するな。俺に考えがある。それより、出来るだけ急ぐぞ。オークション側もまだ混乱しているはずだ。向こうが準備を整える前に乗り込む」
そう言って小走りになった俺に、イオリは怪訝そうな顔をしつつも着いてきた。洗練されたフォームで走るイオリを見て「こいつは普通に動けるんだな」と思った。
ついさっきの出来事、助けようとした猫の妖がまるで人形みたいに動かなかった。意識はあるのに自分の意思で身体が動かせない、そんな印象を受けた。異常な状態だった。
――いや、むしろ、普通に動けるイオリの方が異常な状態なのか。
そう、他の妖も同じように見えた。イオリと、もう一人の紅く鋭い瞳を持った妖、それ以外は全員人形みたいだった。
「なあ、他の妖達、様子がおかしかったよな」
「ああ~。アイツらは変な薬を浴びてああなっちまったぁ~」
薬と来たか。恐らくは麻酔か、洗脳などの効力を持つものだろう。そんなものを開発できるのは王国か帝国のどちらかということになる。――中立都市、という線もあるが。
まあ少なくとも、宝蘭国以外のどこかが関わっている事件である、ということは間違いないだろう。
もしかしたら想定していたよりも過酷な仕事になるかもしれない。
「どうしてお前だけ大丈夫だったんだ?」
俺がそう訊くとイオリは懐から何かを取り出して見せてきた。
文字や模様の書かれた長方形の紙札。何か霊的な力が感じられるもので、吉村からもらったお守りにどことなく似ていた。
「これはお守りか?」
「護符ってやつだぁ~。これを持ってたお陰で薬が効かなかったみたいだなぁ~。全く、蜜さまさまって訳だぁ」
最後の一言は小声で呟くだけだったが、周囲が静かなお陰ではっきりと聞き取れた。しかし触れない方がよさそうなので頭の片隅へ置いておき、護符の方へ頭を移す。
薬、もしくは精神攻撃系全般に抗力があるのだろうか。なんにせよ特別なものらしく、イオリは大切そうに懐へしまった。
「なあ~、俺からも聞いていいかぁ~?」
走りながら視線だけをこっちに寄越して、イオリがそう言った。
「ああ、もちろん。なんでも聞いてくれ」
「なんでお前は人助けをしたがるんだぁ~?」
想定していなかった質問に、思わず言葉が詰まる。
「なぜ人助けをするのか」俺の根幹に関わる問であり、ほとんど人に触れられたことのない場所だった。
しかし答えは決まっている。
何度考えてもそのひとつしか思い浮かばない。
「死んだ父親の代わりにこの世界を平和にするためだ」
俺の言葉をイオリは真顔のまま黙って受け止めた。
そして一言こう言った。
「立派な人だったんだなぁ」
その後、俺とイオリは目的地に着くまで一言も話さなかった。
だが、元々不揃いだった足音はいつの間にか揃っていた。
「着いたぞ、ここだ」
「ここって、まさか逃げるのかぁ~?」
イオリがそう思うのも無理はない。何せ俺達は今、宝蘭国の端にいるのだから。
朝に王国から入ってきたあの場所に、再び戻ってきた。当然、逃げ帰るためではない。
ここに残してきたアレを取りに戻ってきたのだ。
――取る、という表現は適切ではないかもしれないが。
「そんなわけないだろ。早く乗れ、出発するぞ」
そう言って俺は、脇に停めてあった愛車の扉を開いた。
驚きつつも助手席に座るイオリを見た後にその隣に腰を下ろし、ハンドルの中心にあるボタンを思い切り叩く。
飛行状態に移行したことで風を割く音が鼓膜に伝わってきた。
イオリの方は初めての飛行に慣れない様子でぼうっと外を眺めている。見るからに先程よりも顔色が悪くなった。
イオリに慣れてもらう時間もないので何とか耐えてもらうしかない。車内で吐かれないことを祈るばかりだ。
「よし、じゃあ行くぞ!」
もうぐったりしてしまったイオリを尻目に、オークション会場に向かって一気に車を加速させた。
――――――――――
形代様についてしばらく歩いてきた途中、反対方向に向かう足音が聞こえたが形代様曰く「あの足音?ああ、あれはラングリ穴の足音ですが、特に問題はないので気にしなくとも大丈夫ですよ」とのことらしい。
普通に考えたら大丈夫ではないと思うのだが、形代様の言うことなので大人しく従うことにした。
そして現在、私たちは妖オークションが行われているという場所までたどり着き、民家の陰から様子を伺っている。パッと見は何もないが、地下に会場が隠されているらしい。
「 入口はあそこですが、正面から入るのは難しいでしょうね。さて、どうしましょうか」
形代様の言う通り入口らしき場所は1箇所のみでそこはもちろん厳重に警戒されている。
どう侵入するべきか頭を悩ませていると、聞き覚えのある轟音が聞こえてきた。空気を切り裂くような音が猛スピードで近付いてくる。
なんの音だったか、思い出す前に形代様が叫んだ。
「2人とも!この陰にしっかりと隠れていてください!」
驚きつつも言う通りにすると、ついにその音の正体が上空から姿を表した。
それは今朝、ミコトと共に乗り込んだラングリ穴の車だった。運転席にはラングリ穴が座っていて、助手席には見覚えのない黒色に身を包んだ人物が乗っている。
車体が民家の陰に隠れて見えなくなってしまったが、声だけは聞こえてきた。
「じゃあ俺がボタンを押したら飛び降りろ!いいな?」
「はぁ?おい待てぇ~!まだ準備が」
――爆発音。
そして煙が上がり始める。
陰から飛び出して見ると、大穴が空いて地下の宴会場のようなものが露出している。
車を爆破させて地下への入口を開いたのか、と理解した。
「全く、強引極まりないですねぇ」
頭に手を当てて呆れた表情で形代様がそう言ったが、口元は笑っていた。
「よし、行くか!」
ミコトが双子拳銃を取り出してそう言った。
そして私も、短剣を引き抜き口を開く。
「うん、行こう!」




