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(改稿中)リミナ/黒百合は境界に咲く  作者: 林三連撃
第1章「妖オークション」

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6/10

5話「神の社」

 ラングリ穴が宿を出ていったのとほぼ同時刻。床に入っていた双子は、木板が軋む音を聞いて目を覚ました。

 2人はそれがラングリ穴の足音であると直感的に理解できた。短くはない付き合いの中で彼の行動や性格は熟知している。大方また面倒事に首を突っ込んでいるのだろう、というのは2人の共通認識だ。


 ――相変わらずラングリさんは危なっかしいなぁ。


 苦笑し、私は無言で外出の準備をする。ミコトも同様に、黙々と荷物をまとめている。

 最低限の荷物をポシェットに入れ、寝間着から昼間に着ていたカジュアルなパンツスタイルに着替える。

 そして最後に、青い宝石が嵌められた短剣を腰に携帯すると、準備を終えて扉の前に立つミコトへと目をやった。

 私と同じく最低限の荷物にカジュアルな服装をしている。

 違っているところと言えば腰のホルスターに嵌められた、双子の拳銃だろう。どちらも緑色の宝石が輝きを放っていて、似通っているものの微妙に意匠が異なる。

 互いに装備の点検をし、目を見合わせる。

 言葉は必要ない。

 私たちの間には「ラングリ穴を助ける」という確固たる意思が存在していて、それ以外には何も必要がなかった。

 そうして無言のまま、私たちは真っ暗な街へと足を踏み出した。


 私たちが外に出た時、既にラングリ穴の姿は見えなかった。

 だが街路の奥へと伸びていく軽快なリズムが彼の位置を明確に告げていて、迷う必要はなく進んでいくことができた。

 遠巻きに見えていた宝蘭国が目に見えて大きくなってきた頃、突如新たな足音が加わり、私たちの耳を乱した。

 不規則に聞こえるその音は、今丁度右側にある石階段から聞こえてくるようだ。

 先が見通せないほどの闇に包まれ、冥界への入り口のように感じられる石階段。


「ミーナ、これ見てくれ」


 ミコトに呼ばれ振り向くと彼は石階段の隅にしゃがみ込んでいて、その手には細長い半透明の物体が握られていた。

 片側は尖っていて、もう片方は平らになっている。そして中にはピンク色の液体が半分ほど入っていた。

 要するに、これは注射器だった。そしてこれの持ち主であろう人物に、私たちは心当たりがある。

 ――行こう!

 私がそう言う前にミコトは階段を駆け上がり始めた。私も慌てて後を追う。

 一歩一歩踏みしめる足の動きがとても重くて、鉛を履いているかのようだった。

 この階段の先に()()()がいるという確証は無い。それでも私たちには確信がある。そして、それを確かめなくちゃいけない。本当にあの人なら、何をしているのか、何のためにこんな場所に来たのかを。

 最悪の場合、ラングリ穴がここに来た目的があの人だという可能性もある。その時は私たちが仲裁役を買って出ることになるだろう。

 どちらにせよ、私たちはあの人がいる可能性が少しでもあるならそこへ向かわざるを得ない。

 強張った身体を押して無理矢理進んでいく。

 上に進むにつれて不安は和らいでいった。階段の先から感じる言葉で言い表し難い荘厳な雰囲気が私たちの心を濯いでいる。


 たどり着いた先に待っていたのは赤色の門だった。門というには不十分で扉と呼べる部分がないが、それは門に違いないと見える。

 鳥居と呼ばれるらしいそれは明け透けな外観とは裏腹に明確に内外を隔てている。

 遠慮がちに敷居をまたぐ。なんとなく中心は避けたほうがいい気がして端の方を通ったが、ミコトは何も気にせず中央を堂々と歩いた。

 直後周囲に生い茂った木々がざわめきだした。ミコトを咎めるかのようなその「声」を受けて、ミコトはぽかんと口を開けて周りを見渡した後に何事もなかったかのようにまっすぐ前へ歩き始めた。

 ミコトにはこの空間の異様さが感じられていないようだ。

 私が代わりにペコリと頭を下げると、森は落ち着きを取り戻したようで、周囲は再びの静寂に包まれた。


 鳥居を超えた先はある種の異世界だった。

 異様に高く外側を完全に遮断している大木に周囲を囲まれ、自身の呼吸音以外一切の音がないほどの静寂に満たされている。 

 常に誰かに見られているかのようなプレッシャーを感じる。ロゼッタ女王陛下からしか感じたことのない程の圧倒的な圧力を持った視線。

 その視線に当てられたせいだろうか。私は、ここに来た目的をすっかり忘れてしまっていた。


「ミーナ!」


 ミコトの鬼気迫る声と砂利を叩く二つの音が私を強制的に振り向かせた。

 目の中に飛び込んできたのは長い白髪に黒衣を着た中性的な人物だ。貼り付けたような笑顔の奥に潜む狂気が右手の注射器からありありと感じられる。

 私は瞬発的に腰にはまった短剣を探す。震える手は短剣に触れるだけでうまく握ることができない。

 自らの細い腕に向かってピンク色の液体が入った注射器が迫ってきているところを「まずい!」なんて間抜けなことを考えながら黙って見ていることしかできなかった。 


 風船が割れるような音が鼓膜を叩き、続いて肩に衝撃があったかと思うと視界が急激に九十度傾いた。音のした方を見ると、こちらに向かって魔銃を構えているミコトの姿がある。

 しばらくその姿を見続けてようやく、ミコトが私を守ってくれたのだと理解する。どうやら低出力の風の銃弾を発射して私を突き飛ばしたらしい。

 ミコトが生み出したこの時間を無駄にしないために私は何とか立ち上がって距離をとる。

 この一連の流れから、ようやく思考が整理された。私は震えの止まった手で短剣を引き抜き逆手に持って前方に構え、視界の中心に()を捉える。狂気に笑い、たったひとつの感情しか感じられない不気味な顔をした彼は両手に注射器を持ち、まるで糸に吊られた人形のような不自然な動作で焦点の合わない瞳に私たちを交互に映す。

 奥には緑色に輝く2丁の拳銃を構えるミコトが見えて、月光に照らされて青白く光る石が視界の端でキラキラしていた。


 ――そのまま、どれだけの時間が経ったか。騒々しいような沈黙が木霊している。

 風の声も何もなく、しかし言葉は満ち満ちている。


「なぜ?」


「――なぜ、(あなた)が私たちに武器を向けるの?」


 2箇所から発せられたこの無言の絶叫は、私たちの親――あるいは単なる保護者かもしれない――に向けられ、無惨にもそれは届くことなく虚空へ消えていく。

 

 ドクターPSY――通称ドクター。それが彼(もしくは彼女)の名前。

 この世界有数の科学者にして開発者であり、マリナを初めとするドール達の生みの親である彼は、私たちにとっても親と呼べる存在だ。身寄りもなく放浪していたところを拾われ、自分たちの店を出せるようになるまで育て上げた。

 ある時はやったこともない料理を振る舞い、泣きじゃくる双子を懸命にあやした。またある時は学問を教え、進むべき道を示した。

 そうした献身の全てに嘘はない。怪しい薬を飲まされているとか、知らないうちに洗脳を受けているとか、そんなことはなく純粋な真心からくる行動だった。


 ただし、彼は「マッド」だった。

 ある日、たまたま彼の研究室へのドアが開いていた。普段は閉じているものが開いているとあっては中を覗かずにはいられないのが子供心というもので、それを見てしまうのは必然だった。

 私とミコトは息を殺して隙間から中を見た。

 ――人、だった。

 頑丈な拘束で身動きを封じられ、ジタバタと動いているそれはどう見ても人で、正確にいえば中年の男だった。

 ドクターは極太の針を持つ注射器の中にピンク色の液体を輝かせながら、満面の笑みでその男を見ている。異常なほど吊り上がった口角に、眼帯で見えないながらも歪んでいるのがわかる両目。

 そしてその表情のまま、陸に上げられた魚のように蠢く腕に針を突き刺した。

 液体が全て体内に消えていったほんの数秒後、「被検体」は動かなくなった。深い深い、眠りに落ちたかのように、ピクリとも動かなかった。


 あの家にいる間、何度もピンク色が脳裏に浮かんだ。

 人は誰しも二面性を持っているとは言うが、その範疇ではない。

 結局私たちには逃げるように独り立ちをして店を開くことしかできなかった。

 彼は店にも定期的に顔を出し、商品の一部を手がけることもある。私たちに接する態度はいつでも善良そのものなので、それが余計に困った。 


 とはいえ、私たちにとっていい親であることに変わりはなく、それは向こうも同じ気持ちであるはずだ。

 そう、だから、今のこの状況は起こりうるはずはないのだ。

 彼が私たちに対してあのピンク色の液体が入った注射器を向けるなんて状況は。


「なぜ?」


 永久に繰り返されるかに思われた無言の問いかけは、不意に終わりを告げた。


「貴方たちには眠ってもらいますよォ!」


 ドクターが沈黙を破り、やはり操り人形のような不自然な動作でミコトに向かって突進した。

 ミコトは魔銃から風の弾丸を乱射するが、抵抗があるのか、その照準は定まっていない。ドクターは最低限の動きだけで銃弾を躱し、少しずつ接近していく。

 私は短剣を持つ手に力を込めてドクターに向かって走る。

 ドクターをすり抜けて来た銃弾を、水の魔法で撃ち落としていく。水が入った風船が破裂したように水滴が飛び散る。


 あと一歩でドクターに触れられるという距離に届いた時、私が何をするよりも早く、既にミコトの首筋には注射器の針が立てられていた。

 風でボサボサになった髪を整えながら、ドクターはなおも笑い続ける。

 砂利道の上に虚ろな目で倒れた兄を見て、何も考えられなくなった。

 二面性がどうだのと言って悩んでいた時間の全てがどうでもいいものにしか感じられない。

 そうしてただ、右手の刃に全力を込めた。

 応えるかのように輝きを強めた短剣は、水の魔法をまとってドクターに迫る。

 細身の刃には似つかわしくない大振りの攻撃をドクターはヒラヒラと避けていく。そして懐に手を入れ何かを取り出したかと思うと、それをこちらに投げた。

 さながらダーツのように、先端の針が左腕へ接近した。


 ――私もミコトのように。

 そう思ったが、しばらく待っても何も起こらない。

 注射器の先端をよく見ると、針と腕の間に紙のような何かが挟まっていて、すんでのところで静止している。


「おや、これは一体どうしたことでしょうかねェ」


 首をかしげて考えるポーズをとったドクターの背後に、それは音もなくいきなり現れた。まるで元からそこにいたかのように。


 白い長髪に赤い瞳。同じく紅白に揃えられた装束は神聖で厳かな雰囲気を持つ。


「此方の社で何をなされているのです?」


 ただの言葉。しかし、確かな重さと魔力のような何かを含んでいた。

 紅白の人は自身の周囲に紙製らしい人形(ヒトガタ)を浮遊させ、その内の一枚をミコトに貼り付けた。

 するとミコトはすぐに起き上がり、目をパチクリさせて周囲を見回す。


「あれ?俺は……」


 状況が飲み込めない様子のミコトに、紅白の人が近づき微笑む。


「君は眠らされていたようですね。もう心配は要りませんよ。彼に打ち込まれた()()()()()()()()()()()()()()


 まだ状況を飲み込めずにいる私とミコト。それともう1人。

 顔から笑顔の消えた黒衣の科学者は、初めて怒りを露わにして目の前の敵を睨みつけた。


「家族団欒の邪魔をしないでいただきたいですねェ!一体なんなんですかァ、あなたは?」


「此方の名は形代。この社に住む『紙』の付喪神です」

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