4話「会場潜入」
たどり着いた先には男が一人立っていた。仮面で顔を隠しており、表情すらも読み取れない。
それは俺のほうも同じで、舞踏会向きな目元を隠す仮面を身に着けている。吉村の反応を見るに、俺は宝蘭国でも顔は知れ渡っているらしい。まさか素顔を晒して注目を浴びるわけにもいかない。
男は俺が差し出した招待状を受け取ると、慎重に確認した後に奥へと案内した。
案内された先は薄暗い路地で、壁に貼られた歌舞伎のポスターが目を引いた。
男がおもむろにポスターをめくるとそこは引き戸になっていて、その先に地下へと続く階段が現れた。
階段は暗かったが、下から光が漏れ出ていて足元の明かりくらいは何とか確保できる。恐る恐る階段を下っていくごとに音を増していく品のない喧騒が耳を刺した。
地下の扉を開くと熱気と酒気が押し寄せてきて、思わず鼻を覆った。
入口からは想像できないほどに豪勢で、宝蘭国らしさは一ミリもない。クロスがかかったテーブルをシャンデリアの光が照らしている。その周りを仮面の男たちが囲い、料理や酒をたしなみながら談笑していた。
そこは最早地下空間ではなく、成金趣味の社交場だった。
料理をとるフリをして男に近づき、聞き耳を立ててみる。
話の内容は今日出品されている妖についてのことだった。彼らの視線の先を見ると小さなステージの上に鎖でつながれた6人の妖がいる。
刀のように鋭い眼差しを持つ妖や、2尾の猫耳を持つ妖等がいるが、その中の一人がやけに目を引いた。
中世的な顔立ちに紫色の瞳、後ろで1つに結ばれた黒い長髪が漆のようで美しい。髪色に合わせられた着物は少し着崩れていたが、その美しさは損なわれていなかった。
ふと耳を澄ますと、金属がぶつかり合う音が聞こえた。
音の方を見ると、件の妖が小さく震えていた。
よく見ると顔にアザがあった。他の妖たちを見ると、皆一様に暴行の痕がある。
妖オークションとはやはり聞いていた通りの場所らしい。
拉致した妖をオークションにかけて売り払う、人間の悪意の集積場。
「さて、どう助け出すか」
全員の注目が妖に集中している以上、救出は困難を極める。
だがその分動きやすくもある。俺が何をしていようと気にする者もそういないだろう。
ひとまず、ホール全体を見渡してみた。
出入り口となりそうなのは先ほど入ってきた一か所のみ。しかしそこはステージから最も遠く、警備員らしき人間によって厳重に監視されている。
十分後にはオークションが開始されてしまう。そうなったら救出はより困難になる。
もう一度、黒髪の妖を見た。藤のような紫色の瞳が、俺を中心に捉えている。
――動く理由はそれだけで十分だった。
会場に1つだけ気になる場所がある。
立ち入り禁止の文字が書かれた鉄扉。扉の前には微動だにせず周囲を警戒している男がいる。
スタッフルームだろう。
落ち着いた足取りで鉄扉の方へと進んでいく。
そして鉄扉に最も近いテーブルの前で止まり男がこちらを見ているのを確認した後、テーブル上のワイングラスにほんの少しだけ触れた。
バランスを崩されたワイングラスはその中身を辺りにぶちまけ、そのまま地面に落ちた。
破片となったそれは、温室育ちの金持ち連中を騒がせるには十分な効力を発揮する。
早く片付けろだのなんだのとみっともなく騒ぐ彼らは、しかしそれでも重要な客であるために扉の前に立っていた彼にとっては対処するほかない。大慌てで扉の中に入っていく。
戸締りも忘れて。
男に追従して中へと入り、鉄扉を固く閉ざす。男はバタンという音に気付きこちらへ振り向いた。その手には箒が握られている。
「なんだお前は!」
箒を地面に落とし、男はこちらに向かってくる。格闘技か何かをやっているようでその動きは洗練されていた。
その拳を受け流す。
勢いのままに男の身体が宙を舞った。
床に叩きつけ、首筋に手刀を打つ。
頸動脈へ綺麗に入り、男は地に突っ伏して動かなくなった。
男をそのまま放置し部屋の奥へと進んでいく。
中は無人で、代わりに大きなコンソールがあった。この会場全体を操作するためのものらしい。
数々のボタンがある中から照明を司るボタンを発見し、それを押した。
――これで準備は整った。
鉄扉を開けて会場に戻ると、真っ暗な会場はパニックに包まれていた。
バタバタという足音や情けなく喚き散らす声などが響いている。
そんなものは気にも留めず、目を細めてステージの方向へ進む。
何人かにぶつかられる度バランスを崩して倒れそうになるが、なんとか前へ進んでいく。
つまずいて転びそうになったことで、初めてステージが目の前にあることが分かった。
前かがみになり手探りをしながらステージに上ったところでようやく目が慣れてきた。目を細めればギリギリ前の景色が見える。
俺は先程の、黒髪の妖がいる方向へ急いだ。
移動しながらアルミスを短剣に変身させ、右手で逆手に持つ。
妖の前にたどり着くとその場に跪き彼の手錠へ手をかける。
俺の存在に気付いて声を上げようとしたので慌てて左手で口を塞ぐと、ジタバタと暴れ始めた。鎖のジャラジャラという音が、会場中のパニックに吸い込まれて消えていく。
暴れるせいで、狙いが定まらず上手く手錠を切ることができない。
「落ち着け!俺は敵じゃない。お前を助けに来たんだ」
その言葉を聞くと、一瞬動きが収まった。
その隙を逃さず一息に短剣の刃を鎖にあてがい、手前に引く。
さっきまで焦りの中にいた黒髪の妖は自由になった両の手を見て状況を理解したらしい。
大人しくなり、足にかかった錠を切りやすいように差し出してくる。
それも破壊すると、妖は生まれたての小鹿のように立ち上がった。立つのは久しぶりなのだろう。
「他の連中も助けるぞ、手伝ってくれ」
俺はそう言って、1つ隣に繋がれている妖のほうへと向かった。
そこにいるのは、尻尾が2つに分かれ、猫の耳を持つ妖だ。
彼女の前に跪き、同じような言葉をかけようとしたところで異変に気が付いた。
目の焦点が合っていない。その目は虚ろで、ここではないどこかを見ているようかのようだった。
そう、それはまるで、空っぽの人形のような。
しかし助けなければいけないことに変わりはない。左手で手錠を持ち、右手の短剣を構える。
突如、視界が白に染まった。
反射的に目を閉じ、そこで気づく。
――明かりをつけられたか。
ゆっくり目を開き、周囲を見回す。
はっきりとしない視界の中で、男達に囲まれていた。
彼らの手には槍や剣が握られていて、全員が俺と自由になった妖へ向けられている。
この状況で残りの5人を助け出し、その全員を連れたまま脱出する。
――はっきり言って現実的じゃない。
あの妖のほうを見た。
彼は無言で頷くと、目線で出口の方向を示した。
――俺と同じ考えらしい。少し安心した。
守衛を睨みつけ、アルミスを槍に変化させる。
空気がヒリついているのが肌で感じられた。
何度も経験してきた一触即発の雰囲気。
そして俺は、地面を蹴った。
俺の踏み込みを合図に、妖と守衛も動き出した。
4人の守衛が各々の武器を持ってこちらに向かってくる。
しかし動きが甘い。距離に対して踏み込みが浅すぎる。
槍で薙ぎ払う。
彼らは後方に吹き飛んでいく。
倒れた彼らの間を通り抜け、俺たちは出口へ進んでいく。
嵐のような猛攻を槍の動きで掻き分けて、足を動かし続ける。
一人また一人と倒れる人の数は増えていき、その度に扉が大きく見えてくる。
そして扉に手がかかろうとしたその時、俺は油断していた。いとも容易く倒れる守衛たちを見て、俺の敵にはなり得ないと。
そのせいで、背後から迫る凶刃に気が付かなかった。
俺が振り返った時には既に触れる直前で、それを防ぐ手段は俺の手札にない。「黒百合」を使っても間に合わない。
完全な詰みの状態を覆したのは、あの妖だった。
俺の目の前で、剣を持っていた敵の手首が切断された。
ハサミで紙を切った後のようなきれいな切断面から赤い液体が勢いよく噴き出している。
妖は武器の類を持っているようには全く見えない。
まるで手刀を振りきったかのようなポーズをしてはいるが、まさか手刀で切ったわけでもないだろう。
つまりこれがこの妖の能力か。
「行くぞぉ〜!」
その妖が初めて口を開いたことに気をとられて、動き出すのが遅れてしまった。
妖はそんな俺の動きに不思議がりながらも手を引いて走り始める。
狭い階段を、手をつないだまま駆け上がる。
上りにくいはずだが、なぜだかそれは感じなかった。
そのまましばらく走ると、丁度いいところに大きな木があった。
木陰に二人して座り込み、顔を見合わせる。
流れる沈黙の中、初めに口を開いたのは俺の方だった。
「とんだパーティーだったな」
妖は不機嫌そうにしていた口元をわずかに緩めて言った。
「ああ、二度目は御免だなぁ〜」
そう言って苦笑する彼を見ながら、心は他のことに向いている。
未だ捕まっている5人の妖。彼らを助けなければ。
今日のうちでなければ、警備がより強固になり救出は困難を極めるだろう。
何より、オークションの位置は毎回変わってしまう。
ある程度会場内を把握している今が最大の好機だ。
「確かに二度目は御免被りたいところだが、俺は今から戻らなくちゃならない」
俺がそう告げると、意味が分からないといった顔で俺を見つめてくる。
言葉はなかったが、俺にはそうだと確信が持てる。
これまで何度も見てきた顔だから。
「まさかアイツら全員助けるってのかぁ〜?死にたがりかお前はよぉ」
予想通りのリアクション。
俺の方も、最早言い飽きた言葉で返す。
「死ぬ気はないさ。ただ、父さんならきっとそうする。それだけのことだ」
キョトンとした顔の妖は、やがて何かを考えるような格好で静止し動かなくなった。
俺は振り返り、オークション会場へ向かうべく立ち上がる。
そして数歩歩いた時、声がした。
「待て〜!」
妖は立ち上がってこちらに走ってきた。
追いついて立ち止まると、俺の顔を見て口を開く。
「俺もついていくぞ〜!」
――正直、驚いた。
「一体どういう風の吹き回しだ?」
「妖ってのは、受けた恩は必ず返すんだ。このままお前に死なれちゃそれが叶わない。だから一緒に行くってだけだぁ」
妖はそう言って、俺の横に並び立った。
俺は無言でオークション会場の方向を向く。
妖もそれに続き、同じ方向を向いた。
街灯はなく、民家からの明かりもない。月明かりがわずかに発する光だけが、周囲を照らしている。当然、俺たち2人以外に人はいない。
静かだ。
まるで世界に俺たちしかいないかのように。
「そういえば、名前を聞いてなかったな。俺はラングリ穴だ。よろしく」
「俺はイオリだ。よろしくなぁ〜!」
不揃いな2人分の足音だけが静寂に包まれた街路に残されていた。




