3話「妖オークション」
――宝蘭国。王国に勝るとも劣らない神秘の国。同時に、妖の国。
車を降り、宝蘭国に入国した俺たちが初めに目にしたのはその奇妙な街並み。
木と土で作られた建物はどこか柔らかく、静かな雰囲気を持っている。
建物に限った話ではない。
王国と帝国が戦争寸前という状況にも関わらず、この国は普段通り静かだった。
俺達の近くを人が通りかかった。頭の上に何かを乗せて素早く動き回っている。
よく目を凝らして見ると、頭上にあるものは猫の耳だ。
どうやら人ではなく猫又だったらしい。
こんなことは宝蘭国では珍しくない。
俺はミーナ達に1つずつ解説しながら宝蘭国の街を闊歩していった。
道中で目にしたのは水浴びをする河童や羽休めをする鴉天狗がいる。その隣では宝蘭国の人間達が当たり前のように談笑していた。
こうして進んでいくにつれて徐々に街に活気が溢れてきた。その理由は正面にそびえ立つ巨大な城。
長である羅門が住むこの城は複数の建物が重なり合ってできたような外観をしていて、山のような存在感と圧を放っていた。
そんな城の付近に俺達の目的地である「家具屋吉村商店」は存在している。
こじんまりとした質素な店構えは吸い込まれるような特別な印象を抱かせてくる。なにか運命のようなものを感じているのかもしれなかった。
中に入ったことこそないが、ミーナから話を聞いた時からここに連れていこうと決めていた。
扉を開き中に入るよう促すと、2人は早足に中へと入っていった。
「「わぁー!」」
2人は同時に感嘆の声をあげた。外観の通り、店内は狭く通路には1人分のスペースしかない。その中に所狭しと家具が配置されているのでどこに目を向けても視界に入り込む。
鉄の引手がついたシンプルなタンスや、畳の上で使うために低く設計された机。家具のどれもが木で作られているため店内には木の匂いが充満している。
家具以外にも皿や茶器なども取り扱っているようで、ガラス張りのキャビネットの中に収納されている。アクセサリーのようなものまで売っているようで、家具屋と銘打っているが実際は雑貨屋に近い店らしい。
俺が店内をざっと見て回っている間、ミコトとミーナの2人は話し合いながら家具をひとつずつ精査している。この狭い店内に3人もいては邪魔になる。特に用事のない俺は外で待っていた方がいいかもしれない。そう思って扉に手をかけたその時。
「すみません、もしかして中立都市の市長様では?」
そう声をかけられて、扉にかけた手を止め声の方へ振り返る。そこにいたのは眼鏡をかけた男だった。細身で長身。顔には張り付いたような笑みを浮かべており、それに伴って目はほとんど閉じられている。青い着物を身にまとっていて、黒い長髪はひとつに結ばれている。
「そうだが、貴方は?」
「申し遅れました。私はこの店の主人、吉村と言います。以後お見知りおきを。失礼ですが、お名前はなんと言いましたかね。最近物忘れが酷いものでして」
吉村は丁寧にペコペコとお辞儀までしてくるのでこちらも慌ててお辞儀を返す。
「ラングリ穴だ、よろしく」
「ああそう、ラングリ穴様でした。随分と奇妙なお名前だ。中立都市では皆そのようなお名前なのですか?」
「いや、なんというか俺は、少し特殊なんだ」
失礼な奴だ。
表向きは丁寧そうに繕っているが、実際はそうではない。
「ご活躍の程は聞き及んでおります。中立都市にて、守り人の方々も苦戦なされるほど強力な有翼の怪物が現れた際には、御自ら最前線に赴き撃退なされたとか。まさに希望の光でございます。我々宝蘭国の民としても非常に心強く思っております。本日はお会いできて恐悦至極に存じます」
挨拶を終えた途端、吉村は少し声を高くし、まくし立てるように言った。
怪しい、胡散臭い、というのが正直な印象だ。裏に隠していることでもあるのだろうか。少なくとも、何かしらの意図はあるらしかった。真意が分からない以上、慎重に進め話を引き出す必要がある。
「それで、何か用事があるんだろ?」
俺がそう言うと、吉村は表情をひとつも変えずに一歩、二歩と近づいてくる。こちらも表情を変えないように意識しつつ、右手をアルミスにかけておく。だがその心配は必要なかった。
「実はお話したいことがあるのですが、よろしいでしょうか」
吉村は俺に耳打ちした後、ミコトとミーナがいる方をチラリと見た。あまり人に聞かれたくない話らしい。了承し、2人に「先に外出て待ってるね」と声をかける。食い入るようにタンスを見ていた2人は、声に気づくと一度こちらを向いてグーサインを見せてくる。これを確認し吉村の方に向き直ると、既にそこに吉村の姿はなかった。扉が開け放たれているので、先に外に出たのだろう。外に出ると家具屋の裏手から手招きをしている吉村がいた。裏手に入るなり、吉村は告げた。
「実は最近、妖がいなくなるのです」
「『妖攫い』の仕業か?連中は羅門が一掃したと聞いたが」
妖という特異な存在をペットみたいに扱う下衆は一定数存在する。胸糞悪い話だ。
「それがどうやら事情が違っているらしいのです。これは単なる噂ですが、『妖オークション』なるものが行われているとか。私はこの話を聞いた時から恐ろしくて夜も眠れずにいるのです」
泣き真似をする吉村はまるで本当に泣いているかのように一瞬錯覚させられるほどに芝居が上手かった。
むしろ上手すぎるからこそ偽物だと分かった。
「妖オークション?なるほど、悪趣味極まりない話だ。とりあえず羅門のところに顔を出すとしよう。情報感謝する」
俺がそう言うと吉村は一瞬表情が崩れた。その後、取り繕うかのようにより一層笑みが深くなる。
「それはやめておいた方がよろしいかと。国の上層部にオークション側の人間がいるとの噂があります。だからこそ、私はあなたにお願いしているのですよ」
演説かのように、言葉毎に感情を込めて吉村は言った。怪しい、という印象がより色濃く上書きされる。宝蘭国に介入されると困る何かがあるのかだろうか。
しかし、情報源として重要なのもまた確実だろうと思える。ここは一度従い、情報を入手するべきだ、と判断した。
「わかった。なら俺の方で独自に調べてみることにする」
これを聞いて吉村の表情は初めの微笑に戻り、懐から取り出した何かを差し出してきた。
「こちらをどうぞ、幸運が巡ってくるようまじないが込められた品です」
それは赤いお守りだった。袋の中に紙や木札などの御神体とされる物を入れた宝蘭国特有のもの。確か袋の色毎に意味があるらしい。赤は情熱とか生命とか、そういう意味のはずだ。
俺が受け取ると吉村は無言で俺の横を通り過ぎ、店の中に戻っていった。すれ違いざまに一瞬見えた吉村の顔に笑みはなかった。
その日の夜。俺とミーナ、ミコトは宝蘭国城下の宿へ泊まることにした。ミーナとミコトが同室で俺は1人部屋だ。買い物の方はあらかた完了したのだが、その頃にはもう日が暮れていた。そこで今日は遅いから明日帰ろうと俺が2人に提案したのだ。最も、提案したのは妖オークションの調査のためだが、一旦2人には伏せておくことにした。事が穏便に運ぶわけがないのだから、極力この件に巻き込むわけにはいかない。
俺は懐から例のお守り袋を取り出す。吉村がわざわざ渡してきたのだから何か手がかりを残しているはず、そう思って袋の紐を解いてみた。すると中から、木札と共に1枚の紙が出てきた。
「やっぱりか……」
思わずつぶやきが漏れる。
繊維の荒い紙で、僅かにレモンの匂いがした。
その紙には「招待状ー妖オークション開催のお知らせ」の文字に加えて開催地と、夜11時から開始する旨が記載されていた。今回の開催地は城を超えて更に西に行ったところのようで、ここからだと1時間はかかる。時計を見ると現在時刻は夜10時を超えようとしているところだ。オークションの開催までは丁度残り1時間ある、今すぐ出れば間に合うだろう。
隣室の2人を起こさないようそっと扉を開く。隣室からは何の音も聞こえてこない。寝ているのだろうか。それどころか周辺からはほとんど音は聞こえない。耳をすませば微かに虫の声や水の流れる音が聞こえてくる。
足音が鳴らないよう気をつけてゆっくりと1歩ずつ踏み出していく。気をつけても消しきれない木の軋む音が静寂に包まれた室内に響く。やがて屋外に出ると、そこには人影ひとつもない。一部の家からは炎の光りが見えてくる。念のため周囲を確認した後、目的地の方向――宝蘭国中央にそびえ立つ城を見据える。そして早足に、そちらに向かって動き始めた。
――――――――
鮮やかな朱と金色に彩られ、様々な意匠が施された木造の建物。それを中心として周囲を木が囲み、地面には石畳が敷き詰められている。境内への入口に当たる部分には赤々とした鳥居が据えられ、宝蘭国の町と境内を隔絶している。神々を祀るために作られたその聖域に、1つの影があった。白い着物に似た上衣に、赤いスカートのような袴。影は巫女の装束をまとっている。そして神社を通り過ぎようと早足で向かってくるもう1つの影を見守っていた。
「――来ましたか。悪いですが手伝ってもらいますよ」




