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(改稿中)リミナ/黒百合は境界に咲く  作者: 林三連撃
第1章「妖オークション」

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9話「霧」

 俺の掛け声と共に、身体の中で眠っていた「黒百合」の封印が解き放たれる。

 全身を駆け巡る激痛と力。体内を得体の知れないものが這い回っているような感覚に襲われる。

 そして「殺せ」と呟く()()()

 俺は地面を蹴った。

 勢いのまま剣を振り下ろす。

 しかしなんの手応えもなく、剣はミストの身体をすり抜けた。

 ミストの身体が水面のように揺れる。


「全く、11年前から何も成長していない。黒百合とやらもこの程度か。期待して損した」


 抑揚のない声でミストは言った。

 いや、発した。

 あれは声というより機会の駆動音に近かった。


「人間のフリをするなよミスト。期待なんて、お前には出来ないだろ」


 俺の言葉にミストは表情一つ変えなかった。

 いや、そもそも表情なんてものは持ち合わせていない。

 あれはただ、それらしい形をとっている液体にすぎない。

 

 俺はミストに向かって突進した。

 ミストはただ立っている。

 俺は剣を同じように振り下ろす――。


 ――フリをして、そのままミストの身体を突き抜け奥へと走った。


「逃がすとでも?」


 ぴちゃぴちゃとミストの足音が迫る。

 ――だが黒百合を使っている俺の方が、速い!


「逃げる?まさか、お前を倒すんだ」


 叫び、俺は手元のものをミストに投げつけた。

 左肩に命中し、途端に腕が燃え上がる。

 それはシャンデリアの残り火だった。悪趣味な成金文化もたまには役に立つ。

 

「なるほど、少しは上手くなった。でもまだ足りない。それでは、ブラン様は満足しない」


 ミストは自身の左腕を切断した。

 直後に切断面から新たな腕が生え、元通りになる。


「化け物が」


「化け物?私達は神の使い。ブラン様の代行者」


「やつは神じゃない。ただの人間だろう」


「ええ、()()ね」


「そうなることはない。その前に俺が殺す」


「殺す、ね。それは貴方の言葉?それとも()の?」


「何?」


 「彼」とはあの「声」のことを言っているのか?俺にはただの「声」としか認識できないアレのことを知っている?

 不意に、『殺せ』と声がする。そしてやはり、男女の区別はつけられなかった。

 

「貴方の弱さは人間であろうとすること。せっかく黒百合を手に入れたのだから、全力で振るえばいい。そうすればあるいは、私を()()()かもしれない」


 ミストは無防備に両腕を広げて言った。

 誘っている。

 そんなことは分かりきっているが、上等だ。


「いいだろう、殺ってやるよ」


 目を閉じ、全神経を、身体に流れる力へと集中させる。

 廻れ廻れ、もっと速く、もっと強く。

 苦痛が増すと共に力がみなぎるのを感じる。

 アルミスが悲鳴をあげ、剣が砕けて元の筒状に変化する。


 そして俺は、封印を解除する。


()()、黒百合」


 刺々しく変化したアルミスに映る俺の姿は伝承の悪魔そのものだった。

 ――そんなことはどうでもいい。ミストだ。ミストを『殺す』。


 頭の中ではずっとあの声がしている。

 気づくと俺の口は同じようにその言葉を反芻していた。


「殺せ、殺せ、殺せ……」


 跳躍。

 眼前のミストに剣を差し込む。

 手応えはなく、剣は半分ほど刺さったところで静止する。

 ――だが、これでいい。

 流れ続ける黒百合の力を剣に集約させていく。

 それにつれてより大きく、鋭く、禍々しく、剣は洗練される。

 

「そう、それでいい」


 ミストの耳障りな声が聞こえた気がした。

 駄目だ、どんな音も『声』にかき消されてまともに聞こえやしない。

 もういい、終わりにしよう。


「黒百合」


 俺の掛け声で、剣に束ねられていた力が弾けた。

 黒い光の奔流が地下空間全体を飲み込み、ミストの身体は粉々に吹き飛んだ。

 俺も例外ではなかった。

 黒百合の光は俺自身をも巻き込んで、立っていることができずその場に倒れ込んだ。

 半分だけ開いた目に映っているのは、ズタズタになった壁や天井と、元の姿に戻ったミストだった。

 ミストが迫る。

 その右手にはクナイが握られている。

 耳に響く水温を聞きながらも俺の身体は言うことを聞かない。

 指先を動かすのがやっとで、瞬きをするのにも数秒かかる。

 ――こんな所で終わりか。

 そう思った時だった。


 雷が轟いた。

 見ると、雷光から人の姿が現れる。


「今夜はやけに騒がしいと思ったら、お前ら、俺の国で何してんだ」


「貴方が羅門か。怒ると雷が降るという噂は本当らしい」


 ミストの行動は迅速だった。

 羅門の存在を認めるとすぐさま全身を霧化させ、空気中に拡散して消えてしまった。

 その様子を見届けたところで俺の視界は真っ暗になった。


 ――――――――――


 心地良い木の香りがして目を開くと、そこには見知らぬ天井が広がっていた。

 

「やっと目覚めたかぁ~」


 声の方を向くと眉間に皺を寄せたイオリがいた。

 目元を見ると目の下にクマができている。


「ここは?俺はどうしたんだ?」


「俺が戻ったらお前が倒れてて、助けに来てくれた羅門サマが城の一室を貸してくれたんだぁ~」


 そうか、俺は黒百合のせいで気絶して――。

 羅門に借りができてしまった。

 結局ミストにも逃げられて、黒百合まで使っておいて俺には何もできなかーった。

 そこまで考えてふと、脳裏に派手髪の女がよぎって頭痛がした。


「そういえば、メアリーはどうなった?」


 イオリは苦虫を噛み潰したように口をへの字に曲げた。


「あの女には逃げられた。元から逃げられるように準備してたみたいだなぁ~」


「――そうか」


 自然と床の木目が目に入る。湿気混じりの優しい香りが慰めてくれている気がした。

 何も悪いことばかりではない。羅門が来たなら、妖達は無事に救出されたはずだ。


「あの女、逃げる前にこんなものを落としていったぞぉ~!」


 イオリが拳を差し出して中のものを見せた。

 手の中に握られていたのはネームプレートのようだった。

 「メアリー」と書かれたその板は軽量な金属で作られていて、緻密に細工された花の意匠から手作りの1品物に見える。

 その花は独特な形状をしていた。

 鋭い棘のようなものを壁のような花弁が覆い隠している。

 ――帝国の景観に似ているな。

 そう思った時、ようやく思い出した。


 ネームプレートにあしらわれていたのは――プラタナスの花だった。


 ――――――――――


「羅門!」


 俺は羅門のいる天守閣に飛び入った。

 握りしめた拳の中には例のネームプレートがある。


「まあ一旦落ち着け、そう焦ることもないだろう。ああ、妖オークションの件は助かった。感謝する」


 羅門は椅子の上に足を広げて座っている。

 オーバーサイズの着物をゆったりと着て、同じ色の瞳を輝かせる。

 彼の口元は常に三日月形を描いていた。


「そんなことを言っている場合じゃない。これを見ろ」


 俺は手の中の物を見せた。

 羅門はそれを手に取って、舐めるように見回した。


「これは?」


「妖オークションに関わった科学者が落としたものだ。要するに――」


「アレは帝国の仕業って訳か」


 俺が言い終わるのを待たず羅門が続けた。


「ああ、間違いない。そこでだが、これからの事を話し合いたい」


 羅門は俺の言葉を聞くなり口元を崩した。

 心なしか空が曇ってきた気がする。


「分かってるだろ、ラングリ穴。宝蘭国は他国とは関わらない。『これからの事』ってのは王国との戦争の話だろ。その件に俺達は関係ない。そんな話をするなら帰ってくれ」


「今回標的になったのは宝蘭国なんだぞ」


「そうだな、何か対策を講じなきゃいけない」


「あくまでも無干渉か」


「そうとも。今までも、これからもな」


 羅門はキッパリと言い切った。

 この男の協力を得ることは不可能だろう。

 分かってはいたが、やはり惜しい。


「分かった。悪かったな、こんな話をして。――それと、ありがとう。助けてくれて」


「こちらこそありがとう。お前が助けた妖達に変わって礼を言う」


 ――――――――――


 イオリと共に城を出た俺達はミーナ達が待っているという神社へ向かっていたが、その前に寄りたいところがあった。

 目的の場所は城にほど近い通りにある。

 「家具屋吉村商店」そこの店主に事件のあらましを伝えた方がいいと思った。

 ついでに奴の企みを暴ければ上々だ。


 踏み入った家具屋の様子は以前と大きく異なっていた。あの引力とも呼ぶべき魅力が欠如している。

 どの家具も一般的で、木材の塊にしか見えない。建物中に充満した湿気の匂いは少し過剰に感じられた。

 まあいい、問題は店主なのだから。

 レジにいた吉村は少し感じが違っていた。

 着物に眼鏡、糸のように細い目は同じまま。しかし、表情は完全に異なっている。

 そこにあるのは貼り付けたような微笑ではなく、心底からの真顔だった。

 単に気を抜いているだけかもしれないが、奥に何かが潜んでいるあの感覚は感じられなかった。


「おい吉村、戻ったぞ」


 俺が話しかけると吉村は瞳孔を開いて俺を凝視した。

 激しく瞬きをさせて全身を見回す。


「えと……すみません。どこかでお会いしましたか?」


「は?」


 吉村は眉を落として表情筋を緊張させる。

 嘘を言っているようには見えなかった。


「本気で覚えていないのか?」


「ええ、申し訳ありませんが、全く。お客様の顔は覚えているはずなのですが……大変申し訳ございません」


 深く腰を曲げた吉村の肩は小さく揺れている。

 もうそれが答えだった。


「もういいのかぁ~?」


 店先で待っていたイオリが近寄ってくる。

 俺はなんと返せばいいか分からず、ひとまず成り行きを話すことにした。



「そりゃ不思議な話だなぁ~。何か変なところはなかったのかぁ~?」


「変?そりゃあ変な男ではあったが――」


 待て、なにか違和感があったはずだ。あれは確か、招待状を読んでいる時だった。

 懐から取り出した紙はぐしゃぐしゃになっていたが、かろうじて文字は読むことができる。

 鼻に近づけると微かに柑橘の匂いがする。


「イオリ、何か燃やせるもの持ってないか?」


「ああ、マッチならあるぞ。何をするつもりだぁ~?」


 俺はマッチに火をつけ、ゆっくりと紙に近づけた。

 表面が黒に染まっていく中で色の変わらない箇所がある。

 それはやがて文字として姿を表していく。

 そこには「よく気付いたわね♡」とだけ記されていた。

 俺はマッチの火に紙を触れさせた。


 ――――――――――


「おお、ようやく来ましたか。もう身体は大丈夫ですか?」


 鳥居の前に立った形代が俺達を迎え入れる。

 奥にはミコトとミコトの姿があった。紅桜は――きっとどこかを歩いているか、中で寝ているだろう。


「お陰で大丈夫だ。形代が黒百合を止めてくれたんだろ?」


「此方は苦痛を和らげて封印をかけ直しただけにすぎません。お礼ならその封印をかけた方に」


 形代は微笑み、背後の2人に視線を送る。


「もう、心配したよ」


「全く、あんまり無茶するなよな」


 そう言って笑いかけてくれる2人。

 俺もきっと同じような顔をしているのだろう。


「悪かったな、2人とも。さあ、王国に戻ろう」


 すると2人は下を向いた。


「ん?どうした?」


「あの……車って爆発しちゃったんじゃ……」


「……あ」


 そうだった。

 ここからどうやって戻ればいいんだ。全く考えていなかった。


「まあ、何とかしよう」


 2人はガックリと項垂れた。


 イオリは少し離れたところから俺達の様子を見守っていたが、しばらくすると階段を降り始めた。

 石段を踏む音が聞こえてそのことに気づいた俺はイオリの後を追った。


「別れの挨拶もなしか?」


「俺はこれでいいんだぁ~」


 振り返りもせず降り続けるイオリの背中は小さく見えた。


「この後はどうするつもりだ。家に帰るのか?」


「家はないんだ。まぁ、適当にやるかぁ~」


「なら、中立都市に来ないか?」


 イオリはようやく振り返った。

 豆鉄砲でも食らったように口を小さく開けてこちらを見ている。


「いいのかぁ~?」


「ああ、住人が増えるのは大歓迎だ。それに、お前がいてくれると嬉しい」


 東風が吹き、俺達の髪をなびかせた。


 その風は、帝国の臭いを運んできた。


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