06. 応接室
応接室の扉を開けたギルド事務員は、テーブルを挟んで座る三人を見た。
八人ほどが座れそうな木のテーブルの奥、左側の上座には少女が座っていた。
その手前には灰色の法衣を着た助祭ビリエラが座っている。
向かいの右側には、冒険者ラモンが腰を下ろしていた。
依頼主は少女、という配置だった。
ギルド事務員は書類の束を机に置き、その中から一枚の魔法紙を取り出して机の中央に広げた。
「お待たせしました。王都冒険者ギルド護衛契約書です。内容を確認いたします」
ギルド事務員は文面を読み上げた。
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王都冒険者ギルド
護衛契約書
依頼者
マリア・セシリア・エレオノーラ・モンタルボ
受託者
冒険者ラモン(王都冒険者ギルド所属)
第一条 依頼内容
受託者は依頼人を王都より精霊教会都市養育院(以下、目的地)まで以下の条件にて護衛する。
第二条 契約期間
本契約は、王都出発から目的地到着までを期間とする。所要日数は定めない。
第三条 報酬
護衛費は○○銀貨とする。
半額を契約時、残額を目的地到着時に支払う。
第四条 費用負担
全旅費(宿泊費・食費・通行税その他)は依頼人の負担とする。
第五条 護衛義務
受託者は依頼人を魔獣・盗賊その他身体的危険より守ること。
第六条 守秘義務
受託者は依頼人の事情について第三者へ口外してはならない。
第七条 契約終了
目的地到着をもって契約は終了する。
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依頼人の名が読み上げられたところで、ラモンが少しだけ眉を上げた。
「長い名だな」
ビリエラが控えめに、だが少しだけ得意そうに口を挟んだ。
「ですので、新しい名を提案したのです。シエラと」
ラモンはそれを聞いて、少女を見た。
「そうだったな。では、そう呼ぼう」
シエラは小さくうなずいた。
ギルド事務員はそのまま最後まで読み上げた。
「以上となります。内容に問題がなければ署名を――」
「……第五条」
小さな声が、ギルド事務員の言葉を止めた。
シエラが契約書の一行を指で押さえていた。
「護衛義務の条文です」
「はい」
「修正していただきたい」
ギルド事務員は少し驚いた顔をした。
「どのようにでしょうか」
シエラは隣のビリエラを見てから言った。
「依頼人と、その同行者」
ビリエラがわずかに息をのんだ。
ギルド事務員はビリエラを見て、それからラモンへ視線を移した。
ラモンは静かに答えた。
「俺としては構わない。旅のあいだ、同道するのだろう」
「は、はい。私も精霊教会都市まで同行いたします」
ビリエラは少し慌ててうなずいた。
ギルド事務員は第五条に線を引き、丁寧な字で書き直した。
第五条 護衛義務
受託者は依頼人およびその同行者を魔獣・盗賊その他身体的危険より守ること。
「この形でよろしいでしょうか」
シエラは小さくうなずいた。
ラモンはその様子を見て、少女への見方を少し改めた。
契約書の文面をただ聞いているだけの子供ではない。
必要な条文を理解し、その場で足させた依頼人だった。
ラモンはわずかに口元をゆるめた。
「気が回るな」
ギルド事務員は契約書を中央へ戻した。
「それでは、署名をお願いいたします」
ラモンはペンを取り、羊皮紙に名を書いた。
無駄のない、力のある筆跡だった。
続いて契約書がシエラの前に回された。
ビリエラがわずかに身を乗り出す。
ペン先が静かに羊皮紙の上を走る。
マリア・セシリア・エレオノーラ・モンタルボ。
流れるような筆跡だった。
十歳の子供が書いた字には見えなかった。
ギルド事務員は一瞬だけ目を細めた。
王都で字を習う子供は多い。
だが、十歳でここまで淀みなく書ける者は多くなかった。
シエラは静かにペンを置いた。
契約書の上に、二つの署名が並んだ。
ギルド事務員は書類を丁寧に重ね、三人に一礼した。
「それでは、王都冒険者ギルドは本契約を記録いたします。どうぞ良い旅を」
羊皮紙を抱え、ギルド事務員は応接室を出ていった。
扉が閉まると、部屋には三人だけが残った。
少しの静けさのあと、ラモンが椅子の背に体を預けた。
「さて」
ラモンは依頼人を見た。
「契約は結んだ。では、ここからは旅の相談だ」
ビリエラも居住まいを正した。
シエラは小さくうなずいた。




