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05. 依頼の引き受け

冒険者ギルドは朝が早かった。


夜明けとともに扉が開き、日が沈む直前には閉まる。

朝のうちはひどく騒がしかった。


シエラと助祭が扉を押し開けると、匂いが一気に変わった。

革の匂い。

鉄の匂い。

それに、昨夜の名残のような酒の匂いも少し混じっていた。

奥のテーブルでは冒険者たちが大声で笑っていた。掲示板の前では三人組が依頼書を奪い合っている。


「それ俺の依頼だろ!」

「早い者勝ちだ!」

「受付! こいつズルしてる!」


その様子を見た助祭は、入口でぴたりと足を止めた。


「……精霊よ、ご加護を」


シエラは止まらず、そのまま受付へ向かった。


受付嬢が顔を上げた。

受付嬢は二人の姿を見ると、ほんの少しだけ眉をひそめたが、すぐに帳面を開いた。


「お待ちしていました」


助祭が目を丸くした。


「え?」


受付嬢は帳面を指でなぞり、そのまま読み上げた。


「依頼人――マリア・セシリア・エレオノーラ・モンタルボ様」


助祭は思わず声を上げた。


「長い!」


受付嬢は顔色ひとつ変えなかった。


「愛称はシーラ様でよろしかったでしょうか」


シエラは助祭を見上げた。


「……わらわか?」


助祭は帳面をのぞき込みながら、口の中で名前を追いかけた。


「ええと……マリア……セシ……」


「セシリアです」


受付嬢は間を置かずに言った。


「それです」


助祭はそう言って、空中に指で文字を書くように動かした。


「マリア・セシリア・エレ……」


「エレオノーラです」


「それです」


助祭は真顔でうなずいた。

その真顔のまま、また止まった。

シエラはもう一度だけ聞いた。


「……わらわで間違いないのか」


助祭は帳面とシエラを見比べた。


「たぶんそうです」


「たぶんなのか」


「ほかに該当しそうな方がいませんので」


助祭は妙にきちんとした口調で答えた。

受付嬢は帳面を軽く指先で叩いた。


「依頼人はシーラ様で間違いありません」


少しだけ沈黙が落ちた。

そのあとで、受付嬢は事務的な口調のまま確認した。


「依頼は、アルバトス侯爵家から精霊教会都市領の養育院までの護衛でお間違いありませんか」


助祭は慌ててうなずいた。


「はい、その通りです」

「同行者は助祭お一人、依頼人はお一人ですね」


「はい」


受付嬢は帳面を見たまま続けた。


「行き先は精霊教会都市領の養育院で承っております」


助祭はまたうなずいた。


「その通りです」


助祭がふと思いついたように顔を上げた。


「あ、では」


受付嬢が顔を上げる。


「いっそシエラにしたらどうでしょう」


「……はい?」


受付嬢はまじまじと助祭を見た。

助祭はその視線に少しだけ肩をすくめたが、それでも説明を続けた。


「前の孤児院のシーラと、侯爵家のシーラで紛らわしかったですし……少し変えたほうが、あとあと扱いやすいかと……」


受付嬢は黙っていた。

受付嬢は助祭の顔を見た。

次にシエラを見た。

それから帳面を見た。

助祭はなぜか背筋を伸ばした。


「実務上の整理です」


受付嬢はつぶやくように答えた。


「……なるほど」


助祭は小さくうなずいた。


「はい」


受付嬢はまだ助祭を見ていた。

助祭は急に不安になったらしく、少しだけ言い足した。


「たぶん後で皆さま助かるかと」


「皆さま」


受付嬢が繰り返した。


「はい」


助祭は真顔だった。

受付嬢はわずかに目を伏せたが、すぐ帳面へ視線を戻した。


「……承知いたしました」


助祭はほっとしたようにうなずいた。


「シエラ、です」


受付嬢はペンを取り、帳面にさらさらと書きつけた。


「愛称――シエラ様」


「いいですね」


助祭は満足そうに言った。

受付嬢は帳面を閉じながら、言い足した。


「では、依頼人はシエラ様ということで記録いたします」


助祭はまだ小さくつぶやいていた。


「マリア・セシリア・エレオノーラ……やはり長いですね」


「モンタルボです」


受付嬢は事務的に補った。


「それです」


助祭は素直にうなずいた。


受付嬢は今度こそ帳面を閉じた。


「では、護衛の手配を――」


そのとき、奥のテーブルで椅子がきしんだ。


一人の男が立ち上がった。

日に焼けた顔。

白いものが混じった髪。

使い込まれた革鎧。

年配の冒険者だった。

男は腕を組んだまま、先ほどから三人のやり取りを聞いていたらしい。


「……で、お前さんらは何をしに来たんだ。護衛の依頼か、名付けの相談か、どっちだ」


助祭は一瞬だけ口を閉じた。


「ご、護衛の依頼です」


男は小さくうなずいた。


「……精霊教会都市領の養育院か」


「ええ」


受付嬢が答えると、助祭が慌てて口を挟んだ。


「そうです。アルバトス侯爵家から、私が付き添いを頼まれております」


男は小さくうなずいた。


「なるほど」


男は軽く肩を回した。


「俺はアルバトス領に帰るところだ」


「途中ですね」


受付嬢が確認すると、男は短く答えた。


「まあな」


男はシエラを見た。

シエラは静かに男を見返した。

男はその小さな姿を一度見てから、受付嬢に向き直った。


「護衛を引き受けよう」


受付嬢はすぐに帳面を開いた。


「ありがとうございます」


助祭はその場で大きく息を吐いた。


「よかった……」


受付嬢は奥の廊下を指した。


「それでは、契約の詳細打ち合わせと契約書の締結をいたします。奥の応接室でお待ちください」


男はうなずくと、助祭とシエラに軽く顎をしゃくった。


「こっちだ」


助祭はシエラを見た。

シエラは小さくうなずいた。

二人は男のあとについて歩き出した。

脇役の一言で主人公の名前が改変・・・・

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