03. 部屋替え
黒髪のほうのシーラの話だよ!
家族をその場に残し、シーラは部屋に戻った。
壁の燭台の明かりが、白い壁や小さなソファを静かに照らしていた。
すでにメイドがベッドメイクをすませており、いつでも眠れるように整えられていた。
窓辺には小さな花瓶が置かれていた。庭で摘まれたのであろう花が数本、丁寧に挿してあった。
小ぶりの赤いソファには丸いクッションが重ねられ、サイドテーブルには一冊の本が置かれていた。
それは騎士の冒険譚だった。
王都の館に来てまもないころ、次兄に読んでいいと言われた本だった。
シーラは小テーブルに歩み寄り、その本に手を伸ばした。
そのとき扉がノックされた。
「お嬢……シーラ様」
入ってきたのは執事だった。
「お部屋を移っていただきます」
執事は落ち着いた声でそう言った。
シーラは執事を見上げた。
「……移るのか」
「はい。こちらではなく、別のお部屋をご用意しております」
シーラは小さくうなずいた。
そして、もう一度その本に手を伸ばした。
だが、執事は静かに言った。
「申し訳ございません。持っていけるものはございません」
シーラの手が止まった。
シーラはしばらく本を見つめていたが、やがて手を引いた。
「……承知した」
シーラは執事に続いて部屋を出た。
扉は背後で静かに閉じられた。
執事に案内されたのは客間だった。
必要なものだけを急いで整えたような部屋だった。
執事が去ったあと、メイドも誰も来ることはなかった。
シーラは一人でベッドに横たわった。
そして、ぽつりとつぶやいた。
「あの本、続きがあったのだけれど」
その夜、シーラが出ていった部屋の扉が再び開いた。
遠慮がちに顔をのぞかせたのは、もうひとりのシーラだった。
少女は敷居のところで立ち止まり、部屋の中をおそるおそる見回した。
孤児院以外の家に入ることなど、ほとんどなかったからだ。
少女はゆっくりと部屋に入った。
窓辺の花瓶を見た。
ソファのクッションを見た。
それから、小さなテーブルの上の本に目を止めた。
少女はその本を手に取った。
それは騎士の冒険譚だった。
少女は表紙を少し眺め、それからぱらぱらとページをめくった。
けれど、すぐに本を閉じた。
少女は本をテーブルの上に戻した。
そして、部屋の中をもう一度見回したあと、そっとソファに腰を下ろした。




