30.黄色荘2
ロザ夫人はホールへ戻った。
ノワールは玄関脇の赤い絨毯の上で、前足をそろえて座っていた。自分が来客を知らせたのだと言わんばかりに、しっぽを振っていた。
「はいはい、ノワール。教えてくれてありがとう。撫でてあげたいけど、お客様を待たせてはいけませんからね」
そう言いながら、ロザ夫人は玄関を開けた。
外には、医者が立っていた。黒い鞄を持ち、小さな包みを片手に提げている。
「薬を持ってきた」
医者は小さな包みを差し出した。
ロザ夫人は少し驚いたようにまばたきをした。
「あら、先生。もう届けてくださったのですか。助かりますわ」
「ああ。朝と夜に一包ずつ、水と一緒に飲ませるように。食べられなければ、薄い粥か湯だけで構わまい」
「わかりました」
「今夜は熱が上がるかもしれない。息が苦しそうなら、夜中でも呼んでくれ」
「はい。マルタにも伝えておきます」
医者は病室のほうを一度見た。今度はラモンに向かって言った。
「五日は安静だ。本人が出たがっても、止めてくれ」
ロザ夫人はラモンをちらりと見た。
「そこは、心配なさそうですね」
ラモンは短くうなずいた。
医者は薬代を受け取り、すぐに黄色荘を出ていった。
ロザ夫人は玄関の扉を閉めた。
「では、お二人のお部屋をご案内します。助祭さまはマルタに任せて大丈夫ですよ」
シエラは西の廊下の奥を見た。
ビリエラのいる部屋は、ここからは見えなかった。けれど、マルタがいる。湯も布も薬もある。そうわかっていても、シエラはすぐには足を動かせなかった。
ラモンが低く言った。
「行くぞ」
シエラは少し遅れて、うなずいた。
ロザ夫人はホールの階段へ向かった。
階段を上がった先には、広めの踊り場があった。
丸卓と椅子が二脚置かれ、壁際にはリネン棚があった。
丸卓の上には、古い真鍮のランプが置かれていた。乳白色の笠をかぶった、小ぶりだが妙に存在感のあるランプだった。
シエラが近づくと、火を入れていないはずのランプが、ふっと淡く揺れた。
シエラは足を止めた。
「光った」
「ええ。亡くなった夫が買った魔法具です。『隠された真実を照らすランプ』だそうですよ」
ロザ夫人は困ったように笑った。
シエラはわくわくとした顔になり、ロザ夫人に詰め寄った。
「どんな風に真実がわかるのだ?」
ロザ夫人はさらに困った顔になった。
「丸卓の上には、古い真鍮のランプが置かれていた。乳白色の笠をかぶった、小ぶりだが妙に存在感のあるランプだった。
シエラが近づくと、火を入れていないはずのランプが、ふっと淡く揺れた。
シエラは足を止めた。
「光った」
「それがねぇ、人が近づくと明るくなる、だけなんですから、私もちょっと納得できないのよ。このランプの名まえには。おまけに時々、明るくならなくてよい時にも明るくなったりもするんですよ」




