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19.運河都市

ラモンがシエラを止めた。


「待て。橋は渡らん」


シエラが振り向いた。


「渡らないのか」


「あの上は人も荷も多すぎる。ダンとギラを連れて渡るより、舟に乗ったほうが早い」


ラモンはそう言って、水路側へ目を向けた。運河大橋のたもとには船着きがあり、細い舟も平たい舟も、絶えず出入りしていた。荷を運ぶ者が板を渡り、客を乗せた舟が岸へ寄り、またすぐ離れていく。


ビリエラもそちらを見た。


「舟、ですか」


「この町の中へ入るなら、そっちのほうが早い」


ラモンは短く答えると、船着きへ歩いた。ちょうど岸へ舟を寄せようとしていた船頭に声をかける。


「大聖堂の大広場前まで行くか」


船頭はラモンを見て、それから後ろのシエラとビリエラ、さらにダンとギラを見て眉を上げた。


「行きますよ。だが、その鳥も乗せるんですか」


「乗せる。追加は払う」


船頭は首を振った。


「金の話じゃないんで。その板を素直に渡ってくれるかって話です」


船頭が顎をしゃくった先で、舟と岸とをつなぐ板が小さく揺れていた。ダンは落ち着いていたが、ギラは水面を見て、すでに嫌そうな顔をしている。


ラモンは言った。


「乗せる」


船頭は肩をすくめた。


「じゃあ、やってみてください。揺れますから、順にお願いしますよ」


舟が岸へぴたりと寄せられた。板が渡され、水面がきらりと揺れる。


ラモンが言った。


「先に乗れ」


シエラはためらわずに板へ足をかけた。そのまま細い板の上を進み、舟の中へ移る。舟はわずかに沈んだが、シエラは気にしなかった。


ビリエラは板の前で止まった。


「……揺れております」


「船は揺れるものですよ」


船頭があきれたように言う。


ビリエラは小さく息を吸い、それから恐る恐る板へ足を乗せた。舟がまた少し揺れ、ビリエラの肩が跳ねる。


「精霊よ……」


どうにか渡りきると、ビリエラはその場で一度目を閉じた。


次にダンだった。ラモンが手綱を引くと、ダンは板の前で一度だけ首を振り、それから素直に足を出した。板が鳴り、舟が揺れる。だがダンは迷わずそのまま乗り込んだ。


船頭が感心したように言った。


「そっちはいいですね」


ラモンは答えなかった。


最後にギラが板の前で止まった。水面を見て、板を見て、それから舟を見る。嘴が一度だけ鳴った。


ラモンが手綱を引く。


「来い」


ギラは動かなかった。


船頭が言う。


「お客さんたち、この鳥が無理ならやめますか」


シエラが一歩戻った。


「Avanti」


ギラはシエラを見た。それから、しぶしぶというように一歩だけ前へ出る。板がぎしりと鳴り、舟が横に揺れた。ビリエラの肩がびくりと跳ねる。


「――っ」


声は出さなかったが、手はしっかり舟の縁をつかんでいた。


ギラは二歩目を出さない。前足を板に乗せたまま、首を引き、水面を見下ろしている。


ラモンが言った。


「戻るな」


シエラはギラの正面で、もう一度言った。


「Avanti」


ギラは嘴を鳴らした。それから板を踏み鳴らすように、もう一歩前へ出る。舟がまた揺れ、今度こそビリエラは目を閉じた。


「精霊よ……」


だがギラはそのまま止まらなかった。三歩、四歩と進み、ようやく舟の中へ乗り込む。


ラモンはすぐに手を伸ばし、縄を取って固定した。


「よし」


船頭は竿を持ち直した。


「じゃあ出しますよ」


舟が岸を離れた。石の縁がゆっくり遠ざかり、水面が光を返す。竿が一度、水底を押し、舟は静かに向きを変えた。


運河大橋が、すぐ前に大きく立っていた。さっき街道から見たときより、ずっと高く、重たく見える。太い鎖が空へ伸び、橋板の影が水の上に落ちていた。橋の上では、人も荷も絶えず動いている。車輪がきしみ、声が交わされ、その音が頭の上から降ってきた。


シエラは見上げた。


「上より、大きい」


ラモンが言う。


「下から見れば、そうみえるか」


ビリエラもつられて見上げ、それからすぐに視線を下ろした。


「見上げると、余計に落ちそうです……」


舟はそのまま運河大橋の下へ入った。頭上に橋板の影が落ち、太い鎖と木組みがすぐ近くを通る。水の上に沈んだ暗がりの中で、竿が水底を押す音だけが短く響いた。


やがて橋の下を抜けると、舟は大きな運河から別の水路へ入った。


さっきまでの運河よりは少し狭かったが、それでも舟が二艘、三艘と並んで通れる幅はあった。両岸の石積みは高くそろい、道と倉が水路に沿って続いている。荷を積んだ舟や、人を乗せた舟が前後を行き交い、岸では荷を受け取る者が縄を引いていた。


船頭が竿の先を前へ向けた。


「このまま中へ入りますよ。大聖堂へ行くなら、たいていこっちです」


ビリエラが顔を上げる。


「ここからまだあるのですか」


「まだありますよ。細い水路へ入るより、このほうが早いんです」


舟は水路をまっすぐ進んだ。途中で横から細い流れが何本も合流してきたが、船頭は入らなかった。


船頭が左を示す。


「あっちは住宅街です」


今度は反対側へ竿を向ける。


「そっちは市場のほうですね」


さらに前を示した。


「大聖堂へ行くなら、この広い水路を使います」


シエラはその指し方を見ていた。


「川が道なのか」


船頭が少しだけ笑う。


「水の上も道ですね」


両側には倉や荷場が続いていた。樽を積んだ舟が岸へ寄り、人が縄を引き、荷を受け取っている。道の上では荷車が待ち、積み替えが終わるとすぐに動き出した。橋はあったが、さっきのように低く迫るものではなく、大きな水路をまたぐように高く架かっていた。


ビリエラが周囲を見回した。


「建物のあいだを縫うように進むのかと思っていました」


船頭が竿を返した。


「そういう水路もありますよ。」


ラモンが水路の先を見て言った。


「荷も人も多い町だ。太い流れを使うほうが早いんだろう」


船頭がうなずく。


「そういうことです」


舟はまた大きな橋の下をくぐった。橋の上では人が絶えず行き来し、その音が頭上から落ちてくる。橋を抜けた先で、水面はさらに広がった。


前方が急に明るくなる。


ビリエラが目を細めた。


「開けましたね」


船頭が竿を左へ向けた。


「港です」


そこはもう水路ではなかった。広い水面に舟が集まり、荷を積んだ大きな舟も、小回りの利く細い舟も入り混じっている。岸には石の船着き場が長く続き、荷を運ぶ者、客を呼ぶ者、荷札を確かめる者の声が重なっていた。


シエラは見回した。


船頭は港の中を横切るように舟を進めた。右手には倉が並び、左手には人の多い石畳の通りが続く。さらにその先で、船頭は竿を前へ高く上げた。


「あれですよ」


その先に、白い大きな建物が見えていた。塔は高く、正面の壁は陽を受けて明るい。建物の前には大きな広場が広がり、その正面がそのまま港に面していた。石段が白く、水際には広い船着き場が設けられている。そこへ向かって、何艘もの舟が順に入っていた。


ビリエラが息をのむ。


「……あれが」


ラモンが言った。


「精霊大聖堂だ」


船頭は竿の先で白い石段の下を示した。


「大広場前の船着き場に着けます。降りるならそこでお願いします」


舟は港の流れに乗りながら、ゆっくりそちらへ向かった。近づくにつれて、人が多いことがよくわかった。広場へ上がる者、舟を降りる者、祈りの列へ向かう者、荷を運ぶ者。水の上からでも、大聖堂前がこの町の中心だとわかった。


シエラは白い石段を見上げた。

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