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18. 運河都市の外側で

紅桜宿場を出たあともしばらくは、街道の両脇に紅桜の木が残っていた。

並び立つ紅桜は、宿場の近くより間隔をあけて植えられていた。花はまだ多く枝に残っていたが、昨日見たように道の上まで重なり合うことはなく、遠目に薄紅へにじむほどでもなかった。


街道を行く人の数は、まだ昨日とそう変わらなかった。徒歩の旅人がいて、荷を背負わせた馬がいて、ときおり荷車も通った。

ビリエラは雷駝鳥の背で体をこわばらせたまま、慎重な顔で前を見ていた。少し揺れるたびに、手綱を持つ手に力が入る。


ラモンがそちらを見た。


「まだ慣れないか」


ビリエラは姿勢を崩さないまま答えた。


「慣れる慣れないの話ではありません。高すぎるのです」


やがて、街道の脇に立つ紅桜はまばらになった。白い花の残る枝が一本、二本と途切れ、その先では背の低い林が道の脇に戻ってきた。


街道は、昨日までと同じ旅の道の顔に戻っていた。道の片側には畑が広がり、畝のあいだに朝の光が落ちていた。草を刈る者がいて、畑の端では籠を置いた人がしゃがみこんでいた。少し離れたところには果樹も見えた。

白い花はまだ後ろに残っていたが、前にあるのは土の道と林と畑だった。


シエラはつぶやいた。

「昨日のほうが、きれいだった」


ビリエラがわずかに振り向く。


「おや、名残惜しいのですか」


「チェリーパイがとてもおいしかった」


ビリエラは笑った。


しばらく進むうちに、街道の様子がまた少し変わった。

道はゆるやかに低いほうへ下っていた。踏み固められた路面はよく保たれており、足の裏に返る感触は昨日までと大きく変わらない。道の両脇の土の色は少しずつ濃くなり、草の丈はそろって伸び、畑の縁には水を好む草が混じりはじめていた。ところどころ、道の脇が細く掘り下げられているのも見えた。


行き交う人の姿も、少しずつ変わっていった。荷車には樽が目立つようになり、荷を背負わせた馬の脇には、濡れた布を腰に下げた者までいた。旅人だけではなく、どこかへ荷を運ぶために動いている者が増えていた。


ラモンが前を見た。


「降りるぞ。この先は歩いたほうがいい」


シエラはすぐに雷駝鳥の背から滑り下りた。

ビリエラは固まり、それからおそるおそる足を動かした。


「精霊よ……またですか」


「人が多い。乗ったままでは邪魔になる」


ラモンはそう言って、雷駝鳥の手綱を引いた。


風は変わらず吹いていたが、土のにおいにはうっすらと水のにおいが混じっていた。道の外へ目を向ければ、林の際の草は濃く、畑の端の土も重たそうに見える。


その先で、道の脇に細い水路が現れた。さらに進むと、畑のあいだにも同じような流れが見え、板を渡した水路まであった。水路は一本ではなく、少しずつ増えていた。


シエラはそれを見て言った。


「増えた」


その先で、右手の林が途切れた。

視界が開き、その向こうに幅のある水路が現れた。


対岸は遠く、水面は静かだった。風だけが細く筋を引き、水路は人が線を引いたようにまっすぐ伸びていた。


シエラがラモンを見上げた。


「川?」


ラモンは首を振った。


「川ではないな」


シエラは水路を見たまま言った。


「大きい」


「人が掘った水路だ」


ビリエラが目を見開いた。


「これほどのものを、ですか」


さらに進むと、街道の人々が足を止め、荷を引く馬が鼻を鳴らし、荷車が道の上で列になっていた。


ラモンが前を見た。


「人の流れが止まっているな」


その先で、街道を横切る橋が途中で持ち上がっていた。中央が開き、水路がそのまま通っている。


ビリエラが首を伸ばす。


「橋が、上がっていますね」


その下を、荷を積んだ舟が静かに進んでいた。

帆はなく、船頭が長い竿で底を押している。


前にいた男が振り返りもせずに言った。


「舟が先だ」


別の者が肩の荷を持ち直しながら答える。


「ここはいつもこうだ」


シエラは橋ではなく、舟のほうを見ていた。


「人が止まる」


ラモンがうなずく。


「そういうことだ」


舟は橋の下をゆっくり抜けていった。積まれた荷が水面の揺れに合わせてわずかに動き、船頭は竿を押す手を休めなかった。


やがて舟が向こうへ抜けると、持ち上がっていた橋が少しずつ下りはじめた。木がきしみ、鎖が重たく鳴る。


前のほうで声が上がった。


「下りるぞ!」


止まっていた人の列がゆるみ、荷を引く馬がまた歩き出した。荷車も軋みながら前へ進み、道の流れが少しずつ戻っていく。


ラモンも歩を進めた。

ビリエラはほっとしたように息をついた。


「人が橋を使い、舟が水路を使うのですね」


シエラは橋の先を見たまま言った。


「舟が先だった」


「ここでは、そうなのでしょうね……」


ビリエラがそう答えたとき、前へ動き出した列の向こうで、また別の橋が見えた。


橋は一つではなく、その先にも同じような橋が続いていた。


別の水路が街道を横切り、また橋がかかっている。舟が通れば人が止まり、橋が下りれば列が動く。その繰り返しだった。


ビリエラがあたりを見回した。


「急に、忙しい感じになりましたね」


さらに進むと、道の脇の景色も変わりはじめた。

畑や林に代わって、壁の大きな建物が目につくようになった。窓は少なく、戸口は広い。屋根の下には樽が積まれ、太い縄の束が掛けられている。道の脇には荷がまとめて置かれ、行き交う者の足は止まらなかった。

水路に面した場所では、舟から下ろした荷を受け取る者がいた。受け取った樽はそのまま道側へ運ばれ、待っていた荷車に積み替えられていく。別の場所では、道から運ばれてきた木箱が、今度は水路脇へ並べられていた。声を掛け合う音があちこちで聞こえてきた。


少し先で怒鳴り声が上がった。


「赤の荷は先に寄せろ!」


「白の舟が入る前に、こっちを空けろ!」


声は一つではなかった。荷を抱えて走る者のあいだを、別の怒鳴り声が飛ぶ。樽を転がす音、木箱を下ろす音、舟べりを叩く音まで重なって、荷場の空気はいよいよせわしなかった。


ビリエラがそちらを見た。


「赤と白、とは何のことですか」


近くで縄の束をまとめていた男が、手を止めずに答えた。


「大運河紅白の戦だよ。三日後だ」


ビリエラは目を瞬かせた。


「戦、ですか」


「祭りみたいなもんだ」


別の男が樽を押しながら口を挟んだ。


「赤と白に分かれて、舟で競うんだ。毎年のことだが、近づくと町じゅうこうなる」


ラモンが荷場を見渡した。


「見物も増えるか」


「増えるどころじゃねえよ。宿は埋まるし、賭けだの応援だのでもっと騒がしくなる」


縄をまとめていた男はそう言って、肩に担いだ束を持ち直した。


「まだ三日前だってのに、この有様だ」



荷場の向こう、街道の先にそれまで渡ってきた橋とは比べ物にならないくらいの大きな橋が見えていた。高く張られた縄と太い鎖が橋板を支え、その上を人と荷が切れ目なく行き来している。橋の向こうには、建物の屋根がいくつも重なり、そのあいだにまた別の橋の影まで見えた。


ビリエラも気づいて息をのんだ。


「大きい……」


ラモンが言った。


「運河大橋だ」


シエラはその橋を見て、早足になった。

「早く渡ろう」


ビリエラはあわててシエラを追いかけた。


「待ちなさい。人が多いのですから、急ぐと危ないですよ」


だがシエラの目は、もう橋の向こうへ向いていた。



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