15. 王都出発の朝
都の精霊教会で朝の鐘が鳴った。
澄んだ空気の中を、鐘の音がゆっくり広がっていく。
厩舎では雷駝鳥が足を鳴らしていた。ギラが首を振って革紐を鳴らし、ダンが低く喉を鳴らした。
ラモンは荷袋を持ち上げ、雷駝鳥の背で位置を直した。右へ寄せて、今度は左へ戻す。革紐を引き、結び目を締める。
ビリエラが言った。
「もう十分ではありませんか?」
ラモンは首を振った。
「まだだ」
「右が重い」
荷袋を少し後ろへずらし、反対側の袋も持ち上げる。
「昨日も同じことをしていましたよ」
ラモンは答えなかった。指先で紐の張りを確かめ、もう一度だけ結び直した。
シエラが言った。
「出発できます」
「このままだと、途中で崩れる」
ラモンは短く言った。
「走って荷が揺れた時が面倒だ」
ビリエラが小さくつぶやいた。
「……精霊よ」
ラモンはようやく頷いた。
「よし」
「行くぞ」
三人は厩舎を出た。朝の通りはまだ人が少なかったが、店を開ける支度の音はあちこちから聞こえていた。
しばらく歩いたところで、シエラが足を止めた。
「受け取りです」
ラモンが振り向く。
通りの脇に、昨日の服屋があった。店先の布はまだ半分だけしか出されていなかったが、扉は開いていた。
ラモンは頷いた。
「そうだったな」
三人は店へ入った。
店主の女は、ちょうど布を棚へ戻しているところだった。顔を上げると、すぐに笑った。
「あら、早いわね」
「できてるわよ」
店主は奥から包みを持ってきた。布を広げる。薄紅の上着だった。頭からかぶる形で、丈は膝下まである。胸元から肩先にかけて鮮やかな刺繍が入り、柄は青い貝殻と黄色い海鳥だった。
シエラは受け取るとその場で頭からかぶり、腕を上げ下げする。肩を回し、裾を軽く引いた。
「どう?」
店主が聞く。
シエラは袖口を見た。
「きれいだ。」
店主は頷いた。
「胸の裏と腰の内側、内ポケットも付けてあるから」
「空色の上衣のほうにも入れてあるからね」
シエラは小さく頷いた。
「感謝する」
ラモンがシエラを見た。
「目につくな」
店主がすぐ言った。
「見失いにくいとも言うのよ」
ラモンは少しだけ口元を動かした。
ビリエラが言った。
「似合っています」
シエラは少しだけ考えてから答えた。
「うん」
店主は満足そうに頷いた。
「それならよかった」
三人は店を出た。
そのあとで、ビリエラが少し言いにくそうに口を開いた。
「あの」
ラモンが止まる。
「なんだ」
「出発の前に、精霊教会へ寄りたいのです」
ラモンは黙った。シエラも黙ってビリエラを見た。
ビリエラは続けた。
「旅の無事を祈りたいのです」
ラモンは短く息を吐いた。
「今か」
ビリエラは肩をすくめた。
「今です」
ラモンは空を見上げた。それから言った。
「……早く済ませてくれ」
ビリエラはほっとしたように頷いた。
「はい」
精霊教会はすぐだった。白い石の壁と尖塔が、朝の光を受けて明るく見えた。
ビリエラは中へ入っていった。
ラモンは外で腕を組む。
「お前さんは祈りに行かないのか」
シエラが言った。
「んー。わらわは精霊は好きじゃない」
ラモンは面白そうに眼を瞬かせた。
しばらくして、教会の扉が開いた。落ち着いた顔のビリエラが戻ってきた。
「お待たせしました」
東門はすでに開いていた。門番が三人と雷駝鳥を見て、行き先を尋ねる。
「どこまでだ」
ラモンが答えた。
「東の街道だ」
「まずは運河都市まで行く」
門番は頷いた。
「良い旅を」
三人は門をくぐった。
朝の光が東の街道に広がっていた。石畳はやがて土の道へ変わり、その先へまっすぐ伸びている。ギラが一歩踏み出し、ダンもそのあとに続いた。
三人は街道を東へ進んだ。
ふー。やっと王都でた。休憩したい。




