11. 服屋
装備屋を出ると、通りの賑やかさが戻ってきた。
ラモンは通りの向こうを指した。
「次は服だ」
少し歩くと、布を扱う店が並ぶ区画に出た。色とりどりの布が風に揺れている。赤。深い青。草のような緑。どの店先にも布が下がり、通りまでが華やかだ。
三人はそのうちの一軒に入った。
棚には折りたたまれた布が積まれ、壁には仕立て上がった服が吊るされていた。カウンターで作業をしていた店主の女が顔を上げる。
「いらっしゃい」
ラモンが言った。
「旅服だ」
店主はシエラを見た。
「この子の?」
「そうだ」
ラモンは店の中を軽く見回し、シエラと司祭に向かって言った。
「ここは手直しも早いし、旅向きの服も分かってる」
店主は少し笑った。
「ありがとうございます」
店主は棚からいくつか服を取り出した。茶色。灰色。深緑。どれも簡素で丈夫そうなものだった。
「旅なら、このあたりだね」
ラモンが頷く。
「その辺だな」
シエラは黙ってそれを見ていた。どれも悪くはなかった。だが、少し離れた壁に掛かった一着へ、シエラの目が止まった。
淡い薄紅色の上着だった。頭からかぶる形で、丈は膝下まである。鮮やかな刺繍が胸元から肩先まで入っていた。刺繍の柄は青い貝殻と、黄色い海鳥だった。
シエラは指先でそっと布に触れた。
「……これ」
店主が振り返った。
「ああ、それね」
店主は上着を壁から外し、シエラの肩へ軽く当ててみた。
「似合っているわ」
「肌色によく合うわ」
シエラは黙っていた。店主は上着の胸元を見た。
「刺繍もいいでしょう。青い貝に、海鳥」
シエラは小さく頷いた。
「はい」
店主が笑う。
「好きな色?」
シエラは少しだけ考えた。
「……そうかもしれない」
横でラモンが何か言いかけた。
「だが、それは――」
店主がちらりとラモンを見た。視線だけで十分だった。ラモンは口を閉じた。助祭はそのやり取りを見て、少しだけ目を丸くした。
店主は何事もなかったように上着の袖を広げた。
「旅服でも、こういうのはあったほうがいいわ」
「着るのが嫌になる服じゃ、長い道はつまらないもの」
シエラはもう一度、刺繍を見た。侯爵家では、服はいつも決められていた。色も形も、誰かが選んだものだった。自分で選んだことはない。
シエラは上着を抱えた。
「これをいただきたい」
店主は頷いた。
「下着は?」
ラモンが答えた
「上下、三組」
店主はうなづきながら、棚から下着を取り出した
「旅ならそれくらいは要るわね」
店主は取り出したものをカウンターに置いた。
さらに旅向きの空色の上衣を一着選び、シエラに当てた。
「交互に着なさいな」
「薄紅はかわいいけど、毎日そればかりじゃ傷むでしょう」
助祭が空色の上衣を見て、おずおずと言った。
「その……灰色のほうが、汚れは目立たないのでは」
店主は助祭を頭から足先までじろじろ見た後、言った。
「助祭さま、服のことは私たちにおまかせください」
「……精霊よ」
助祭はそういって口を閉じた。
シエラはおとなしく、店主に服をあててもらっていたが、店主を見上げて頼んだ。
「手直しを願いたい」
店主は手を止めた。
「あら、どこか気になる?」
シエラは少し声を落とした。
「二つの服の内側に、小さなポケットを付けてほしい」
店主が目を細める。
「内側に?」
シエラは頷いた。
「外だと、盗られる」
店主はゆっくり頷いた。
「なるほど」
「用心深いのね」
シエラは続けた。
「この上着の胸の裏に一つ」
「それから、旅用の上衣にも一つずつ」
「あと、腰の内側にも、平たいものを入れられるようにしたい」
店主の眉が少し上がった。
「いろいろ付けたいのね」
シエラは頷いた。
「分けて持ちたい」
店主は服を広げながら聞いた。
「胸の裏は分かるけど、腰にも?」
シエラは自分の脇腹のあたりを軽く指した。
「ここ」
「外から触られにくい」
店主は頷いた。
「たしかにね」
それから奥へ声をかけた。
「ミラ、ちょっと来て」
奥から店主に似た若い娘が顔を出した。
「はい?」
店主は服を見せた。
「この上衣に、内ポケットを付けるよ」
「胸の裏と、腰の内側」
娘は目を丸くした。
「そんなに?」
シエラは娘を見た。
「全部、小さくてよい」
「外からは分かりにくくする」
娘はまだ少し驚いた顔のまま頷いた。
「わかりました」
店主はそこで改めて上着を広げ、シエラを上から下まで見た。
「このままだと少し大きいから、」
袖と裾を指でつまむ。
「丈も詰めましょう」
ラモンがそこで口を開いた。
「いつ渡せる」
店主は服を畳みながら答えた。
「内ポケットも付けるし、寸法も直すから」
「明日の朝一番ね」
ラモンは頷いた。
「分かった」
助祭は並んだ服を見て、それからシエラを見た。
「……ずいぶん雰囲気が変わりそうですね」
シエラは何も言わなかった。ただ、店主の腕の中にある薄紅の上着を見ていた。
店主は服を抱えたまま、シエラに微笑みかけた。
「明日の朝を楽しみにしてね」




