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09. 金庫商

五日に一度の市の日で、金庫商のある区は朝から人であふれていた。


通りの両脇には屋台が並び、布、鍋、干した魚、香辛料、焼き菓子、果物、細工物まで、あちらこちらで売られていた。焼いた肉の煙と甘い菓子の匂いが混ざり、呼び込みの声が重なって飛び交う。紳士淑女、商人、冒険者、さまざまな人達が品を見比べながら、通りを歩いてた。その間を子どもたちが走り抜けていった。


売る者も買う者も、皆よく喋り、よく手を動かしていた。その通りだけで王都の豊かさが見えるようだった。


シエラは歩きながら周囲を見てつぶやいた。

「……賑やかだ」


ラモンが言った。

「五日市だ」


ビリエラは落ち着かない様子で周囲を見回していた。

「人が多いですね……」


「王都だからな」

ラモンは短く言った。

「財布は内側だ。すられるぞ」


ビリエラは慌てて懐を押さえた。

「……精霊よ」


石造りの建物の壁に、鉄の鍵と箱の看板が掛かっていた。

シエラは見上げると、ラモンに問いかけた。

「金庫商」


ラモンは頷いた。

「まずはここだ」


三人は人の流れを抜け、石の建物に入った。

扉が閉まると、外の喧騒が遠くなった。

中は静かだった。厚い石壁に囲まれ、窓には鉄格子がはまっている。外ではあれほど人が喋っていたのに、ここには金庫商しかいなかった。

奥の机に座った金庫商が、三人を見た。


「預けですか、引き出しですか」


シエラは懐から丁寧に折った小切手を取り出し、机の上に置いた。

金庫商はそれを広げ、しばらく黙って目を走らせた。

そして言った。

「……六十金貨ですか」


ビリエラが小声で聞いた。

「問題があるのですか?」


金庫商は首を振った。

「いえ。問題はありません」

「ただ、額が大きいというだけです」


ラモンが言った。

「全部は換金しない」


金庫商が頷く。

「では、いくら引き出しますか」


シエラが口を開くより先に、ラモンが言った。

「五金貨分を。金貨三枚、銀貨十五枚、銅貨五十枚に崩してくれ」


ラモンは、シエラの肩を優しく叩くと続けて言った。

「それとは別に、七金貨だ。」


金庫商は小さく頷いた。

「残りは預かりですね」


シエラが答えた。

「はい」


「預かり証は、どうしますか」


「五つに」


金庫商の手が止まった。

「五つですか」


金庫商は静かに言った。

「預かり証は一つ増やすごとに手数料がかかります」


シエラは頷いた。

「全部を一枚の預かり証をにしたら、無くした時に大変だから」


金庫商はシエラを見た。

「その通りです」

「手数料を払ってでも、分ける方はいます」


金庫商は羽ペンを取り、帳簿に書き始めた。

「昔は皆、金袋を腰に下げて旅をしました」


ビリエラが言った。

「危なくないのですか?」


金庫商は答えた。

「危ないです」

「だから、この仕組みがあります」


金庫商は壁を指した。

そこには都市名の刻まれた銅板が並んでいた。


「この印のある金庫商なら、仲間の店で金が出ます」

「金は動きません。動くのは預かり証です」


金庫商は帳簿を閉じると、必要な額の貨幣を机の上へ並べ始めた。重い金貨の音に混じって、銀貨が乾いた音を立て、最後に銅貨が軽く鳴った。


「こちらが5金貨分。そしてこちらは7金貨です」


さらに、小さな赤い封蝋の付いた証書を五つ、机の上へ静かに並べた。

「こちらが預かり証です」


金庫商はそのうちの一つを指で軽く叩いた。

「通称は赤鍵」

「この赤鍵があれば、仲間の金庫商は必ず金を出します」


ビリエラが驚いた。

「鍵……ですか」


金庫商は頷いた。

「金庫を開く鍵だからです」

「ただの鍵ではありません。我々の信用です」


シエラは赤鍵を一つずつ取り上げ、丁寧に折った。三つは服の内ポケットへしまい、二つは左右の靴下の中へ入れた。


シエラは机の上の七枚を数え、ラモンへ渡した。

「契約の前払い」


ラモンは重さを確かめた。

「確かに」


ビリエラが少し躊躇してから言った。

「その……」


ビリエラは二人を見た。

「お金の管理は、私がした方が良いのではないでしょうか」


ラモンが眉を上げた。

ビリエラは慌てて続けた。

「いえ、あの……旅は危険ですし、お嬢さんが持つのは……」


シエラは小さく首を振った。

「大丈夫」


ビリエラは困った顔をした。

「ですが……」


ラモンが言った。

「依頼人だ」


ビリエラが瞬きをする。

ラモンは続けた。

「金は依頼人が持つ」

「それが一番揉めない」


ビリエラはしばらく黙り、やがて小さく頷いた。

「……そうですか」

「精霊よ」


金庫商が尋ねた。

「どこまで行きますか」


ラモンが答えた。

「精霊教会都市だ」


金庫商は壁の銅板へ一度だけ目をやった。

「なら、旅先々で引き出すことは難しくないでしょう。」

「印のある店を使ってください」


シエラは答えた。

「はい」


ラモンは赤鍵と革袋を見てから言った。

「これで道中の金の心配は減った」

「少しは気を楽にして進めるな」


シエラは小さく頷いた。


金庫商は机の上の帳簿を閉じた。

「長い旅ほど、赤鍵のありがたみは分かります」

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