08.ギルド馬場(厩舎)
応接室を出ると、ラモンはそのまま廊下の奥へ歩き出した。
「こっちだ」
シエラとビリエラは、ラモンの後を追った。廊下の突き当たりには裏口があり、ラモンが扉を開けると、乾いた土の匂いと獣の息遣いの音が流れ込んできた。
外は冒険者ギルドの裏庭だった。広い土の庭の向こうには柵があり、その先に厩舎がいくつか並んでいた。
ビリエラが足を止めた。
「馬場ですか」
ラモンは振り返らずに答えた。
「騎獣の厩だ」
三人は柵のほうへ歩いた。厩舎のひとつの前で、ラモンは立ち止まり、短く口笛を吹いた。
その直後、厩の奥の影が動いた。
ビリエラがぴたりと足を止める。
「……え?」
暗がりから、長い首がぬっと伸びた。灰色の羽毛に覆われた大きな体が前へ出る。脚は柱のように太く、三本の爪が土をしっかりと掴んでいた。形はダチョウに似ていたが、背丈は人の倍ありそうだった。さらに奥でもうひとつ影が動き、同じ姿が現れた。
二羽いた。
ビリエラの喉がひくりと鳴った。
「……精霊よ」
ラモンが言った。
「雷駝鳥だ。こっちがダン、奥がギラだ」
ラモンは奥にいるほうを顎で示した。
「ギラのほうが少し気が荒い」
雷駝鳥はラモンの姿を見ると、低く喉を鳴らした。ぐるる、と腹に響くような音だった。ラモンは柵を開けて中へ入り、そのうち一羽の首筋を軽く叩いた。
「待たせたな、ダン」
ダンは首を振り、くちばしをラモンの肩先へ寄せた。じゃれつくような仕草だったが、体が大きいぶん、見ているだけで圧があった。
ビリエラは柵の外で固まったまま、かすれた声を出した。
「そ、それに……乗るのですか」
ビリエラはもう一羽のほうを見た。すると、奥にいたギラがゆっくり首を向けてきた。大きな目がまっすぐこちらを見てくる。
ビリエラは半歩下がった。
ラモンは苦笑した。
「急に触らなきゃ蹴らないぞ」
「その言い方では、少しも安心できません」
ビリエラは真顔で言った。
ラモンがわずかに眉を上げた。
横にいるはずのシエラがいつのまにか柵の中に入り込んでいた。
ビリエラは息を呑んだが、声を出せなかった。
シエラはギラの前まで歩き、その正面で足を止めた。ギラも動かなかった。長い首を少し下げ、黒い目でシエラを見ていた。
シエラはしばらくそのまま立っていたが、やがて静かに右手を差し出した。掌は上に向けていた。
ギラはすぐには動かなかった。首を少し傾け、相手を見定めるようにシエラを見た。
ビリエラが小さくつぶやいた。
「精霊よ……お守りください」
その祈りが終わるより先に、ギラはゆっくり首を伸ばした。くちばしがシエラの手の前で止まる。
シエラはそこで初めて手を動かした。くちばしの上をなぞり、その付け根をそっと撫でる。
ギラは瞬きをし、また低く喉を鳴らした。今度の音は、さっきより少し柔らかかった。
ラモンが感心したように言った。
「……よく知っているな」
シエラは答えず、もう一度だけくちばしの上を撫でた。ギラは嫌がるどころか、首を少し下げた。
ビリエラの目が丸くなる。
「おお……」
ラモンは笑った。
「よりによってギラに気に入られたな」
それからラモンは足元の土を靴先でならし、話を切り替えた。
「さて、最初の目的地だが」
シエラは雷駝鳥から離れながら、こくりと頷いた。
ラモンは地面に一本、長い線を引いた。
「ここが王都だ」
ラモンは線の途中を指した。
「運河都市までは東の街道をしばらく進む。泊まる場町までは三十キロほど。そこまでは歩こうと思う」
ビリエラが言った。
「一日ですね」
ラモンは頷いた。
「そうだ。その先で平原に入る。運河都市までほぼ、平原だ。まぁ平原でこいつらに慣れてくれればいいいい。」
ラモンはダンの首を軽く叩いた。ダンは得意そうに喉を鳴らした。
ビリエラの顔がまた曇る。
「私も……乗るのですよね」
ラモンは線をさらに伸ばした。
「次が運河都市だ。そこで補給をする。ここから先は宿場町で必ず泊まれるとは限らないから、足と荷の管理が大事になる」
ラモンはそれ以上は話を広げず、地面の線を足で軽く消した。
「出発は明日の朝だ。今日は準備に充てる」
ビリエラが頷いた。
「買い足しと、手持ちの確認ですね」
雷駝鳥がぐるると低く喉を鳴らした。厩舎の中に響いたその音は、出発を急かしているようにも聞こえた。




