ポッドベイビー2
彼が未来予知的なビジョンを見たのは新興宗教を立ち上げる前。
つまり、それを見たために新興宗教を立ち上げる事になったのだ。
それを見た後、彼は恐ろしくてたまらない、けれどどうしようもなく惹きつけられるあの人に会いに出かけた。
けんもほろろに追い返されるかと思えばちゃんと話を聞いて貰えた。
そして、別の誰かの成した予言を聞かされた。
その直後から、彼は動いた。
嘗て母が作った宗教団体がほぼ休眠状態ではあったが無くなりもせず細々と続いていた事を知っていた。
団体を食い物にしたあげく母を死に追いやった当時の幹部は旨みの無くなった団体をとっくに離れていたが、母の真実を知っている、母に恩を受けた事のある少数が続けていたのだ。
村上が現れた事を信者たちは狂喜して迎え、団体は名前を変えて再び動き始めた。
そして、現在僅か数年の団体とは思えぬ勢いを持って確固たる地位を築こうとしている。
母の汚名はとっくに晴らしてある。
母を食い物にして汚名を被せて自殺させた者達は刑事事件としては時効かも知れないが世間に知られるという事でジワジワと報いを受けつつある。
大会社の社長や幹部、政治家さえ居たのだ。
スキャンダルは致命的な物となるだろう。
村上がマロに出会ったのは運命の日の数日前。
彼は再びビジョンを見た。
けれども、確かな日付けも場所も特定できなかった。
そのかわり、別の天啓を受けた。
マロの存在だ。
彼はマロに繋ぎを取った。
マロは当然驚き、村上を殺そうかとさえ思った。
だが、共通の知人の名を出されては逢いに行く以外に無かった。
大切な人の命が失われる。
その事で二人はタッグを組む事になった。
そして、その日。
判っていたのは病院と、ギリギリで感じた時刻。
二人はほぼ、死んでいるも同然の身体で歩いて来る愛しい人の姿を見た。
飛び出して行きたい気持ちを堪え、手術室に潜む。
誰一人、彼らに気付かず、ただ、死を確認するだけの手術の間にその身体から卵巣が盗み去られた事にも気付く事が無かった。
マロは以前人工授精やポッドベイビーの事を思いついた時から準備をしていた。
金に飽かして不正な手段ではあったが最新型のポッドも幾つか買い込んであった。
万が一、いや億が一でも卵子提供を受けられたら子作りをしようと準備万端整えていたのだ。
そして、手に入った卵巣。
それは子供の物のように未熟で、まずそれを成熟させ排卵させる必要があった。
医師免許を持っている訳では無いが、マロは間違いなく天才だった。
半年後には、成熟した数個の卵子を得る事に成功した。
村上の能力で傷も歪みも無い卵子が選ばれ、今ポッドの中ですくすくと育っている。
「それで、生まれたらどうするんだ?
もう今までの様な生活は出来ないぞ。
いくらなんでも子連れでテロリストは無理だろう?」
「やだなあ、子供には抜群の環境を用意してあげるよぉ。
あたしの本当の戸籍は無傷なんだよぉ。
ちゃんと、お金持ちのお嬢様をさせるつもり。
まあ、お父様は忙しくて時折留守になるけど」
テロリストを止める心算は無いのかと一児の父親としての覚悟を疑いたくなる。
もっとも、自分が立派な父親かと言えば自信は無いが。
一応、厳しく逞しく育てる心算ではある。
下手な育て方をしたらあの人に叱られる気がするから。
「俺は信者の女性と結婚してその子供と言う事にする。これほどソックリなんだから双子という事にしても・・・・」
「駄目駄目駄目!鈴ちゃんはマロの娘なんだから!」
「もう、名前を付けたのか?」
「そうだよぉ、間違えたら困るからポッドに名前を書いておいたんだから」
「リンさんの本名から取ったのか?」
「そう!可愛いでしょ?」
「じゃあ、俺は香にするか」
鈴香と言う名がとても似合わない、あの美しく恐ろしい人を思い浮かべながら彼は呟いた。




