ポッドベイビー
彼は警戒する。
周囲には人の気配は無い。
真夜中のオフィス街なのだから当然ともいえる。
古いビルの汚れた扉を鍵を使って開ける。
最近のカードキーでは無く古めかしい大きな鍵だ。
掃除が行き届いているとは言えない廊下。
それでも埃が積もるほどでは無く、人がそれなりに利用しているのだろう。
廊下の突き当たりのエレベーターの扉が軋みを上げて開く。
普通の人間ならば乗るのに躊躇う古めかしさだ。
彼は躊躇いも無くそれに乗り込み、いくつかのボタンを素早く押した。
ガタンとエレベーターは揺れ、ギシギシガタガタと軋みながら下に降りて行く。
一階分よりかなり降りた体感時間の後に止まったエレベーターの扉が開けば、そこは機械室。
何の変哲も無い配電盤等と共に粗大ごみであろう古い埃だらけのロッカーや壊れた椅子、骨董品の様な古いパソコン等が雑然と置かれている。
埃だらけの床に一筋、埃が積もっていない道筋が配電盤に続いている。
彼はその道筋を通って配電盤に向かい、配電盤のズラリと並んだスイッチの幾つかを落とした。
地下室の明かりが消える事は無く、配電盤が微かな音を立てて前にせり出した。
そのまま配電盤を押せば内開きのドアのように配電盤は回転し、その奥の空間を露わにした。
彼がその中に入ると配電盤は元のように閉じ、足元が沈みはじめる。
そこはもう一つのエレベーター。
5階分くらいの距離を下りると今度は前とは反対側の壁が開く。
その向こうは打って変わって清潔そのものの白い壁、白い床や天井。
両側に並んだドアを無視して一番奥の扉へ直行する。
開いた扉の向こうはどこの化学実験室だと言うような設備が部屋中を埋め尽くしている。
「あんたも来ていたのか」
彼は自分に背を向けて立っている人物に声を掛けた。
「当然。あたしが提供した場所と設備だもん」
千の顔を持つと言われるテロリストが言った。
彼の見ていたのは二つのポッド。
中には一人ずつ赤ん坊が体を丸めて浮かんでいる。
「あまり、光刺激を与えない方が良いぞ」
「そりゃ、判っているけど見たいじゃない」
マロと名乗るテロリストは唇を子供っぽく尖らせながらポッドのシールドを下す。
「赤ちゃんってさあ、お母さんの心音や、話し声なんて聞きながら発達するって言うじゃない。
だったら、ちょっとくらい眩しくっても良いと思わない?」
「子宮の中に光は無いと思うぞ」
「それにしても、そっくりだよね~。
種が全然違うのにどうしてよ。あんた、ズルしてないよね」
「当たり前だ。俺には技術が無い。自分でやったんだろう?」
「そうよねぇ、他の奴の手なんて入るはず無いし」
「あの小さな卵巣を成熟させて、卵子を採集するまで、全部アンタがやったんじゃないか」
「そう、人工授精もね」
「俺がやったのはあんたを手引きしてあの人から卵巣を盗み出す手助けをしただけだ。
どこにズルできる可能性がある?」
「ふふ、そうだよね。
ズルするんだったらあたしの方が可能性があるんだ。
あたしは絶対にしないけどね。
だって、すぐバレそうじゃない?
新興宗教の教祖様にかかっちゃ」
彼の名前は村上。
元ヤクザで今は驚くほどの成長を見せている新興宗教の教祖だ。
彼がヤクザをやめて新興宗教を立ち上げたのはほんの数年前だった。
そして、正真正銘の高い霊力とカリスマであっという間に外国にまで信者を持つ勢力にのし上がっていた。
当然、あちこちから危険視されたり妨害も入ったが、誰一人彼が元ヤクザだなどという事を突き止めた者も居なければ弱みを探り当てた者も居ないのだ。




