帰還
死はいつでも受け入れる覚悟がある。
けれど、喜んで受け入れる訳では無い。
抗えるものなら抗う。
生きるための方法を模索する。
それでも、死しか無ければ静かに受け入れる。
それが、彼の一族の哲学。
寂しくない訳では無い。
愛する者が居れば、置いて行く事が悲しい。
死んだ後にどうなるか、彼の一族の者は深くは考えない。
天国だとか、来世だとか、世の宗教家が語るような事は嘘とは言わないが信じても居ない。
だけど、死して後はレイコの傍に居たいと思う。
それなのに、自分はそれさえ許されないのだと知った。
ならば、生ある限りレイコを守ろうと思った。
それが、ずいぶんと早く来た。
あの、誘拐事件から僅かに3年。
リンは全身で守ったレイコを抱きかかえ、救助を待つ。
それは間違い無く事故だった。
山道を車で通行中、先日来の雨で押し出された大岩が車に激突、車は崖下に落ちたのだ。
救助が来るまで、リンの意識はあった。
そのまま、気を失っているレイコに付き添い救急車に乗って救急病院に搬送され、レイコを手渡した後に倒れた。
その時には完全にこと切れていた。
リンを診た医師が、なぜリンがそこまで歩いて来れたのか判らないと言うほどの傷だった。
彼にとっては死体が歩いてやって来たとしか思えなかったのだ。
そして、リンは自分が驚くほど自由になった気持ちで足元のこと切れた体を見やり、すぐにレイコの元に行こうとした。
だが、限りなく軽く自由になったと思った体が抗いがたい力で引っ張られるのを感じた。
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ザァッと水が飛び散る。
彼が水の中から起き上がったからだ。
「なぜ!レイコの側に行こうと思ったのに」
彼は叫び、はっと口元を抑えた。
身体があった。
そして、手・・・。
白くて赤子のように皮膚が薄い感じがするが男の手だ。
身体を見下ろせば緑がかった色をした水の中にある下半身もたしかに男の物。
「リーン様」
女性が一人、慌てたように駆け込んで来て彼に呼びかけた。
間違いなく一族の女性だった。
ただ、一族の女性にしては随分と嫋やかでお淑やかだと思った。
「リーン様、鈴香です」
女性はひどく恥ずかしげに言った。
「この身体は、元々あなたの物ですの」
「では、この身体は?」
リーンは元の身体に戻され、鈴香を死んだ体に押し戻してしまったのではないかと一瞬案じたのだが、そうでは無かったようだ。
「それは、魂を持たずに産まれたリーンの双子の兄弟の身体だよ」
別の声がした。
「済まなかった。そして、ご苦労だったな、リーン」
「ニーケ様」
リーンは急いで、水の満たされたカプセルの中から出ようとしたが体力が驚くほど無くなっていた。
「そのままでいろ。
その身体は生まれたばかりの様なものだ。いきなり激しい運動は無理だ。
お前が生まれた時、同時に生まれたその身体には魂が宿ってはいなかった。
そのために処分されそうになったが、アースル様がそれを止めて引き取り、カプセルの中で育てたのだ。
お前と知識を共有し、リンクさせてな。
こうなって見るとその身体はお前の為に用意された予備の身体だったと判る」
「あのまま、レイコを死ぬまで見守って居たかったのですが」
リーンは心にポッカリ穴が開いたような気がした。
ここが、あの世界の未来なら、レイコは既にこの世には無いという事だ。
その喪失感はたとえようも無かった。
「リーン様、輪廻転生はあるのだそうです。
あれから、何度も何度も麗子ちゃんは生まれ変わって、そして今世も転生しているのだそうです」
鈴香は言った。
「けれど、それはレイコではあるまい。
生まれ変わるたびに別の人生を生きた別人だ。
魂が同じだけの」
「レイコの魂も記憶も封印されて転生を繰り返しているのだよ」と、ニーケ。
「だから、意識を持たない者として、幼い内に殺された者も居る。
神の憑代として大切に敬われ生きた事もある。
そして今はちょっと裕福な商人の前妻の子供として生まれ大切に育てられていたが、その商人が亡くなった後、邪魔に思った後妻に殺されかけたのを攫って来た。
もうじきこちらに届くはず。
今世はうっすらと周りの事が夢のようだが判っているよ。
前世の記憶を持って転生したって感じかな。
前世の記憶が薄れ無いように、うっすらとだけどね」




