返り討ち
闇の中を漆黒のオンサが駆ける。
いや、オンサよりももっと危険な、そして痺れるほどに魅力的な獣。
彼女と共に彼も駆ける。
音も無く密やかに。
夢のようだと、彼は思う。
セックスよりも甘く痺れる快感。
この時が永遠に続けば良いと思うのだが、生憎獲物の数は知れていた。
彼女の振るう黒い艶消しナイフは彼が提供した。
それが音も無く振るわれ得物は倒される。
息をするように何の感慨も無く命が刈り取られる。
「お疲れ~~~」
彼と同様に、一滴の返り血も浴びて無い彼女に気楽に声を掛ける。
彼としては獲物の血に塗れる事は何とも無いし時にはエクスタシーでもあるのだが、血に塗れれば近寄らせてももらえなくなる。
言われた訳では無いが、そこは言われずとも分かる。
だから彼は血に塗れない。
後ろから近づき、サクッと首を掻き切って離れる。
切った瞬間は傷口さえ見えないほどの鋭利な刃物と手練の技。
あたしはやれば出来る子だから~、等と思っている。
死体はジャングルの野獣が直に綺麗に片付けてくれるだろう。
ちょっと、人食いのオンサが増えるかも、と思う。
奴らは死肉喰いでは無いが鮮度の良い肉ならば喰うだろう。
まあ、戦争の時ほど死体は無い。
楽に喰える獲物がそれほど大量に転がっている訳でも無いから肉食獣が爆発的に増える事も無いだろう。
どっちみち、彼には気にする事でもないけれど。
そろそろ、奴らも不審に思っているのだろう。
アチラからの連絡も来ているはずだ。
だが、それを受ける者は居ない。
例の二人は殺してはいない。
ただ、誘拐された者が閉じ込められる部屋に閉じ込めただけだ。
勿論、食料も置いて来た。
一週間程度なら生きて行けるだろう。
【名無しの村】に着いたのは夜明け頃だった。
村は既に活動を始めている。
基本、村は夜明けから日暮れまでが活動する時間だ。
勿論、他からの襲撃を警戒して交代で夜番はしている。
彼等が昨夜村から出た時も夜番は居た。
彼等もこの辺りの原住民たちの中では群を抜いて優れた戦士ではあったのだが、規格外の彼等を見咎める事など出来なかった。
それに、彼らはシャーマンの客人でもある。
例え気付いたとしても何も言うはずも無かった。
シャーマンは村長よりも権威を持つ、言わばこの村の王にも等しい物なのだから。
シャーマンの活動は夜明け前から始まる。
村で一番大きな高床式の建物がシャーマンの館だ。
そこに普段住んでいるのは大シャーマンと呼ばれる老人と、弟子で後継と目されている一人だ。
シャーマンは気が濁る事を嫌って結婚はしない。
後継は村から、または近隣の村から相応しい者を選んで幼い内から教育する。
見込みが有る者は顔全体にシャーマンの入れ墨が入れられ、修行三昧の生活に入る。
顔に入れ墨が入った段階でシャーマンと見做され、普通の仕事も狩りもしない。
だから、幼い内にシャーマンと認められた者は非力なのだ。
今回の後継は大シャーマンの兄弟の家系から出て来た生粋の村の生まれで、3つの頃には類稀な才能を見せ、5歳ですでに顔に入れ墨を受けていた。
『お帰りなさいませ』
シャーマンの館の前庭で、差し込む太陽の光を浴びて祈りを捧げるように両手を合わせて立っていた入れ墨男ココパが恭しく頭を下げた。
リンは此処の住人の言語をすでに分かるようになっていた。
勿論、挨拶はリンに対してであって、マロに対してでは無い。
マロの存在は彼らにとって胡散臭い事この上ないのだが、リンが容認しているので認められているのだ。
「それじゃあ、リンちゃんお休みぃ」
マロはシャーマンの館の庭の一角に張られた自前の迷彩テントに引き上げて行く。
その中は発電機にパソコン、通信装置と、所狭しと文明世界の機材が置かれている。
全て軽量化されてはいるようだが、良くもそれだけ運んで来た物だと呆れるほどだ。
「あ、リンちゃん日本政府がこの国の政府と話し合いを付けたみたいでもうじき救出作戦が始まるよ~。
どうも、邪魔する奴が多かったみたいね~。
多分、襲撃も今日でお終いかも。
あいつら、リンちゃん達が逃げた事は分かってるみたいだけど、どこに居るのか判ってないみたい。
未だにあの廃墟に居ると思ってたんだから、ばっかよね~。
でも、今回の襲撃はかなりこっちよりだったから情報をリークしてる奴が絶対に居るよね。
大丈夫、リンちゃん達が無事帰ったら、あいつらの裏も表もその周辺もぜーんぶお掃除してあげるから、任せて?」
マロは無邪気な笑顔を見せた。
7時48分修正しました。




