第六話「再不登校」
新型コロナウイルスの緊急事態宣言が初めて発動された年の4月。
知り合いのほとんどいない中学校へ進学した。
入学式は5月に延期となった。
虹夏は、最初はなんとか新しい環境に馴染もうと無理をして振る舞った。
コロナで出遅れたスタートに。
小学校からのブランク。
とくに周囲の出来上がったコミュニティに馴染めず、緊張の糸はすぐに切れてしまう。
再び、部屋に引きこもる日々が始まった。
精神的な限界を迎えた中学1年のある夜、虹夏は衝動的に家を飛び出した。
パジャマの上に上着を羽織っただけで、行くあてもなく夜中の街を彷徨う。
(どこか遠くへ行きたい。誰も私を知らない場所へ)
暗い夜道で寒さに震えながら、結局は警察に見つかることも、誰かに保護されることもなく、明け方に冷え切った体で自分の部屋に戻るしかなかった。
「家出」という命がけの SOS すら、何事もなかったかのように夜の闇に飲み込まれた。
この頃、唯一の拠り所だった塾も、通う気力を失って辞めてしまった。
虹夏を社会とつなぐ糸は、これで完全に途絶えた。
不登校が長期化すると、マスクをした学校のカウンセラーや教員が、様子を見に何度も家を訪ねてくるようになった。
インターホンの音が激しく鳴り響く。
ドアの向こうから「虹夏さん、いるかな? お話しよう」と、いかにも優しげな大人の声が聞こえる。
しかし、虹夏はベッドの中で息を殺し、徹底的に居留守を使って無視し続けた。
心の中にあるのは、冷徹なまでの拒絶だった。
ー今さら何のために来るの?
北川さんが苦しんでいた時は誰も助けなかったくせに。
私が庭の陰で震えていた時は『おかしな子』って笑ったくせに。
どうせあなたたちも、仕事だから来ているだけでしょう。可哀想な不登校の生徒を『お世話』して、満足したいだけでしょう。
「人に頼ったところで、どうせ裏切られる。無駄だ」
この価値観は、虹夏の心の奥深くに強固な城壁として築かれた。
誰も入れない、誰も信じない。
自分を守るためには、この冷たい城壁の中に引きこもるしかなかった。
暗い部屋の中で、ただ時間が流れていった。
次第に世間がコロナを受容し始めていた頃だったか。
季節が巡り、中学2年の2月。
冬の冷たい風が窓を叩く頃、虹夏の心にそれまでとは違う、別の種類の「恐怖」が忍び込み始める。
気づけば、同級生たちは「受験」や「進路」という言葉を口にする時期になっていた。
このまま部屋にいたら、私はどうなるのだろう。
社会のゴミとして、誰の役にも立たないまま、この部屋で朽ち果てていくのだろうか。
「学校には行けない。誰も信じられない。でも、このままではいられない」
進路への猛烈な焦りと、未来への底知れない恐怖が、暗闇の中で身動きの取れなくなっていた虹夏の背中を、じりじりと焼き始めていた。




