第五話「崩壊する家族」
学校へは行けなくなったが、唯一、以前から通っていた塾だけは続けることができた。
そこは学校の人間関係から切り離された、数字とテキストだけの無機質な避難所だった。
しかし、虹夏が学校に行かなくなったことで、家庭環境はさらに最悪なものへと進む。
夜な夜な、リビングからは両親の激しい怒鳴り声が聞こえてきた。
「お前の育て方が悪いから学校に行かなくなったんだ!」
「あんたの暴力のせいでしょう!」
二人は虹夏をダシにして、お互いの責任を擦り付け合っていた。自分の存在が、この地獄をさらに悪化させている。
罪悪感と息苦しさに耐えかねた小学6年の秋、虹夏は二人の怒号を割るように、思わず叫んだ。
「そんなに嫌なら、離婚したら!?」
その一言が引き金となり、両親は別居することになった。
虹夏は母に連れられ、見知らぬ土地へと引っ越すことになる。
引っ越し直後、母は「疲れた」と言い、近くの精神科に通うことになった。
まだ小学生の虹夏は、その通院に無理やり付き添わされた。
白い壁、どんよりとした目で椅子に座る大人たち。
「精神科」という場所が何をするところなのか、当時の虹夏には全く理解できなかった。
その中で分かったのは、3つ。
そこの待合室に置いてある歴史漫画が興味深かったこと。
そこの3階から見える綺麗な大きな建物が有名な国立大学だったこと。
そこにいる医師も、誰も、母の「不安定さ」を根本からは治してくれないということだった。
やがて母は、処方された漢方薬を「これ、私には合わないわ」と勝手に判断し、通院をパタリとやめてしまった。
虹夏にとってこの時期は、公的な「支援」というものに全くつながらないまま、ただ大人の身勝手な振る舞いに振り回されるだけの時間だった。
だけれども、虹夏にとって良いことは2つあった。
待合室で過ごす時間が唯一夢中になれる時間だったこと。
勉強したら、6年後綺麗な建物で学べる大学生になれるかもしれないという希望をもてたこと。




