三 乾隆六十年、夏 湖北・宜都
長江が光っていた。
夏の日差しが川面を叩き、白く砕けて跳ね返った。対岸の山は霞んでいた。空が高く、どこまでも青かった。船着き場には荷を積んだ舟が三艘並んでいた。荷役の男たちが怒鳴り合いながら縄を引いていた。
聶傑人は桟橋の端に立ち、川を見ていた。
宜都は長江と清江が合流する場所にあった。上流から来る荷は必ずここを通った。茶、塩、木材、麻布、陶器。山からの産物と川下の品物が行き交い、船着き場は年中人が絶えなかった。聶傑人は二十年、この船着き場で仕事をしてきた。荷の積み下ろし、舟の手配、荷主と荷受人の仲立ち。なんでもやった。顔が広かった。上流の村人も、下流の商人も、官の役人も、聶傑人を知っていた。
しかしそれも、今年の春までの話だった。
「聶さん」
後ろから声がした。
振り返ると、若い男が立っていた。張義という男だった。二十四か五、船着き場で荷役をしていた。肩幅が広く、腕が太かった。
「あの話、もう少し聞かせてもらえますか」
聶傑人は川に目を戻した。
「どの話だ」
「先週の夜の」
「聞いたことがあるか、と聞いた。それだけだ」
「白蓮のことでしょう」
聶傑人は答えなかった。
しばらくして、歩き始めた。桟橋を離れ、川沿いの道を西へ向かった。張義が後ろをついてきた。二人は川べりの柳の木陰に入った。荷役の怒鳴り声が遠くなった。
「おまえ、今年いくら払った」
聶傑人は言った。
「春の分だけで、去年の倍になりました」
「なぜだ」
「わかりません。帳面に書いてあると言われました」
「家族は」
「女房と子が二人。上が七つ、下が四つです」
聶傑人は川を見た。舟が一艘、上流へ向かっていた。帆を張り、ゆっくりと進んでいた。
春のことを思い出した。
三月に、役所から呼び出しがあった。聶傑人だけではなく、船着き場で仕事をしている者が十人以上、同じ日に呼ばれた。役所の大部屋に通され、県丞が帳面を持って出てきた。今年から船着き場の使用料を徴収する、一艘につきいくら、一回の荷下ろしにつきいくら、と言った。新しい決まりだと言った。いつ決まったのか誰も知らなかった。文句を言った男がいた。連行された。三日後に戻ってきたが、歯が二本折れていた。
それ以来、文句を言う者はいなかった。
「おまえに聞くが」と聶傑人は言った。「今のままで、あと何年食えると思う」
張義は答えなかった。答えられなかった。
「俺は一年も持たないと思っている」
聶傑人は続けた。
「来年の春、また倍になるかもしれない。再来年はその倍になるかもしれない。そのとき俺たちはどうする。文句を言えば歯を折られる。逃げようにも、どこへ逃げても同じことだ。この国の土の上にいる限り、同じことが待っている」
川を舟が渡っていた。
「白蓮がどんなものか、俺は詳しくは知らない」と聶傑人は言った。「ただ先月、山から来た男と話した。房県のほうから来た男だ。劉之協という人間の話を聞いた。弥勒が来る前に世界が一度燃える、という話だ」
「信じますか」
「弥勒のことは知らん」
聶傑人は張義を見た。
「ただ、燃やすことはできる。俺たちにも」
張義の目が変わった。何かが決まった目だった。
「いつですか」
「まだ決まっていない」と聶傑人は言った。「が、遠くはない。今年の冬か、来年の春か。仲間が集まり次第だ」
「何人いますか、今」
「おまえを入れて三十八人だ」
張義は少し黙った。川風が柳の枝を揺らした。葉が擦れる音がした。
「俺の兄を誘っていいですか。兄は上流の村にいます。同じような目に遭っています」
「名は」
「張福といいます」
「会ってみる」
聶傑人は歩き始めた。船着き場の方向へ戻った。荷役の男たちの怒鳴り声が戻ってきた。舟が揺れ、荷が音を立てた。日差しは相変わらず強かった。
桟橋に戻ると、見知らぬ男が立っていた。
旅装だった。背が高く、日焼けした顔をしていた。腰に何も差していなかった。手ぶらだった。しかし立ち方が普通の旅人ではなかった。重心が低く、足が肩幅より少し広かった。体に何かを覚えさせてきた者の立ち方だった。
男は聶傑人を見た。
「聶傑人さんか」
「そうだが」
「張正謨という者だ。宜昌から来た」
聶傑人は男の顔を見た。初めて見る顔だった。しかし名前は知っていた。山の中を動き回っている男の名前だった。
「話がある」
張正謨は言った。声は低かった。急いでいる様子はなかった。しかし目が急いでいた。
「長くなるか」
「そうでもない」
聶傑人は川を見た。舟が増えていた。夕方の荷が届き始めていた。荷役の男たちが走り回っていた。日が西の山に傾いていた。
「飯を食いながら聞く」
聶傑人は歩き始めた。張正謨が並んだ。張義は少し遅れてついてきた。
三人の影が、川面に長く伸びた。
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