[#1~2-House of The Alcyon【5】]
◈
落下。
ただただ落下運動を続ける。
声が出ない。
声を出すことが許されない世界だ。それでも声を出そうと試みた結果、エレリアの反応が空間内に響く。
「エレリア!」
「お兄ちゃん、ここにいるよ」
「あ、ああ…よかった…」
手を繋いでいたのに、気づけなかった…。感覚が奪われているのか…。だが目は見える。匂いは…無い。これが、嗅覚を失っている可能性を視野に入れる事となった。嗅覚が奪われた…という仮定で物事を進めるなら、それ以外の感覚器官だって確定で信じる事は出来ない。
音。
だが音はいま、エレリアの声が聞こえた。
大丈夫だ。大丈夫な…はずだ。
これは…エレリア…だよな。
俺が今、手を繋いでいるのは、エレリア、妹だよな…?
「エレリア…?」
「うん?なに…?」
「大丈夫だよな…?エレリア」
「う、、うん…大丈夫だけど…これ、私達…落ちてる…よね?」
「ああ、前に進んでるとは思えない」
足が浮遊している状態。これが円環に飛び込んだ瞬間から続いている。
「ねぇ…?お兄ちゃん、あの先…光だ」
「あれは…あそこに向かって…落ちてるのか」
その発言の瞬間、まるでそれが正解かのように落下スピードが急加速。ただそれによる身体的なダメージは皆無。
ジェットコースターの急降下時、臓物が胸骨部分へ集中する出来事が想起された。これは身体的ダメージは皆無…に該当するのだろうか…。
光の先に身体が触れた。接触した瞬間に、今まで急加速落下だったのが、加速スピードで低落。光に触れ、スローリーになる。光はゼログラビティを発生させているようだ。光が放つ、“光”なのか、輝きとでも言い表すものなのか、強力な重力マイナス。
助けられた…という解釈をしておこう。急加速落下の運動エネルギーを消失させ、ニーディールとエレリアは光に完全接触を行った。
光に触れると辺りは、真っ白に染め上げられ、別空間が視界に映される。
「……………」
「なんだ!?おい!何を言ってるんだ!エレリア!」
「………………………」
何も聞こえない。何も聞こえないのに、何かをずっと言い放っている。この異空間の原因を突き止める理屈とかそういう内容に言及しているものだとは思えないが、妹がこんなに近くにいるのに、声が全く聞こえない。口をパクパクされている。エレリアからは俺の声が聞こえているようだ。何故だ…何故俺にだけエレリアの声が聞こえないんだ…。
包まれた光が晴れていった。
◈
「なんだ…ここは…、、、木?そんなに大きくない…樹海では無いのか…こんなに明るかったか…?」
横を見渡す。公園に立っているレベルの木が立ち並ぶ。緑を生い茂っており、重ね合った木々の枝や葉からは陽光が射し込んでいる。4m先にエレリアが仰向けの状態でいた。ニーディールは見つけ次第、彼女の元へ直行。身体を起こし、目覚めを願う。
「エレリア!エレリア!おい!頼む…!目を覚ませ!!」
「…ンンンんうああ、おにい…ちゃん…?」
「はぁ…良かった…、、大丈夫か?」
「うん…大丈夫だよ。なにここ?」
「分からん…さっぱり分からない。富士樹海…では無いようだ」
「え…あ、確かに…富士樹海ってこんなに明るくならないよね…どの時間帯も、それに…木が小さい…」
「ああ、一体ここはどこなんだ…」
視覚と嗅覚、2つの感覚が新たな自然を感知している。森林地帯という概念は変わっていない。だが、明確なまでに広がる世界観が違う。
この異変は何なのか。2人が原因の目を向けたものを“光の収束円環”と仮称し、光の出現ポイントを探る。
「お兄ちゃん、さっき私達はここから出てきたよね?」
「ああ、そのはずだ…」
無い。辺りには視界を遮るような強い光が無い。陽光のみが辺りを照らしている。光の収束円環は人工的なものとは思えない。誰かが故意にやったものとはとてもじゃないが思えない。
「あれは…自然現象…ということか…?」
「ええっ…、、、なによそれ…、、」
「だって、人間があんなの発現出来ると思うか?」
「うん…確かに…私たち…完全に、非現実的な体験をしたよね…」
「漆黒の中を落下し続けて、今、何事も無かったかのように、地上に降り立っている。視覚機能に障害も無いし、感覚が麻痺している訳でも無い…」
「お兄ちゃん…歩かない?」
「そうだな…」
2人は歩いた。森林地帯を歩く。
この世界。少しでもいい。何か情報が欲しい。
日本ですらも疑わしい。信じ難いが、あの空間を飛び越えた先は、外国か…?熱帯雨林。いや、そこまで暑くも無い。気象状態は安定している。薄着でも厚着でも、特に服装に困る必要性の無い、人が歩く上で、運動する上で適した天候。その天候が俺達を更に不安へとさせる。
「お兄ちゃん…結構歩いたよね…」
「疲れたか…?」
「ううん、大丈夫だけど…、、」
「いや、無理はしない方がいい」
「ごめんね、ちょっと…小休止していい?」
「もちろんだ」
疲労していてはこの先の歩行にも危険が生じる。休むことは最善の策だ。だからといって、こんな所在も分からない場所に長居するのは危険。“小休止”とエレリアの口から言ってくれたのはニーディールへの気遣いだ。ニーディールは妹がこんなに優しかったんだ…と評価を改める。
色々と家族内では問題児だったエレリア。学校でも目立つ存在であったのは聞いた事がある。喧嘩もしょっちゅうしていたと聞くし、肉弾戦にも発展したというのも噂ではあるが耳にしている。直接、本人に聞こうとはしなかった。エレリアにも事情があるだろうし。どうせ聞いても、纏まった回答は得られないと勝手に決めつけていたから。
でも、そんなクレバーな妹と一緒にいる。
そして、子供を作ろう…とまで言った。エレリアは嫌がって無かった。これは普通の対応では無いよな。肉親とセックスをするなんて信じられないはずだ。なのに彼女は了承。
彼女のサバイバル精神を強く感じ取った。エレリアもまだ死にたくない。死にたくないし、生存の可能性を広げようと模索している。家族も築こうとしている。
うん、大丈夫だ。妹は強い。この精神は見習わなくてはならない。
「お兄ちゃん…?」
「ああ!ごめん」
「何ずっと私の顔見てるの?」
「いやいや…、あの…、、、」
「…する?」
「え…」
「しない?」
「いや、でもまだ…書き換えをしていないから…」
「中にしなきゃいいでしょ?」
エレリアは…こんなに大人な精神を構築していたのか…。どんな生活を送っていたんだ。たった一つの文言で彼女の過去を詮索せざるを得なくなる。大丈夫なのか…男問題で抱え込んだ事は無いよな…?
「エレリア…」
「お兄ちゃん」
エレリアの唇がニーディールの頬に触れた。
「エレリア…」
「さすがに、今はやめとくよ。私…ほら、汚いし。お兄ちゃんも…うん、、、んね?きたないし…」
「…うん」
翻弄されてしまった。自分から子供を作ろうと言ったのに、いざこうも始まると緊張の汗が止まらない。それに、エレリアは臭くない。髪も艶やかで、肌も十分に整っている。不安視する部位は一切無い。ここで止めたのは、本当に自身の身体の付着物を、相手に擦り付けるのが嫌だったからなのか…。ただ単にニーディールで遊びたかったのか。未だ、ニーディールに対して性的興奮の対象者として認識出来なかったからなのか。定かでは無い。
「私、もう大丈夫だよ」
「そうか、身体休まったか?」
「うん、ある程度はね。大丈夫」
「そうか、じゃあ少しずつ歩こうか」
「うん」
無理矢理な笑顔。そんな笑顔を見れて、俺はたまらなく嬉しくなる。それは、エレリアが俺を心配させないよう尽くしていると捉えたからだ。と、共にエレリアがこれから俺に対して感情を偽るんじゃないかという不安にも繋がる。
今やエレリアのみが、俺の生きる意味。
彼女を守る事こそが俺の使命。
屈託の無い笑顔を壊すなど、もう許されない。エレリアの興味が俺に向いていない可能性を考慮した。だがもうそれでもいい。ボディーガードだと思ってもらって全然構わない。
エレリアがこれからも感情を偽っていくなら、俺は彼女に真正面から振り向いてもらうよう努力しよう。そう決めた。
◈
2時間程度歩いた。靴も限界に近い。施設からの服装もずっと継続させたままの状態。まるで脱獄犯だよ。
「お兄ちゃん、少し私だけで周り散歩してくるよ」
「いや、そんなことはさせられない。俺も一緒に行こう」
「ううん!大丈夫だから。ほら、お兄ちゃんは少し休めて。抱っこさせてもらっちゃったんだから。この先も、私のこと、お姫様抱っこしてくれるんでしょ??」
「あ、ああ…」
「…ンフフフ、なぁんてね。でも結構効いたでしょ?というわけで、この先は私がジキジキにエスコートしてあげるから。それの下見したみぃ〜。じゃ、傭兵さんはここで待っててね」
幾ら女の子といっても、1時間以上のお姫様抱っこはキツかった…。エレリアの提案で小休止を取る事にしていたが…エレリアの性格には弄ばれっぱなしだ…。元気なのは良い事なんだが…。一人で行かせて、本当に大丈夫だろうか…。
「はぁ、もうどこまでこの森は続くの…?」
怖くは無い。昼時だと思う。2時間前からこの天気が続いてるから、今日一日は晴れ模様なのかな。私、晴れが好きだから現状にはまぁまぁ満足してる。だけど、こんな格好で歩き続けるのはやっぱりイヤ。
独りか…。なんだかこの感じ、久々だな…。独りになりたくなくて、力をつけた。そうしたら、みんなが振り向いてくれたの。だから私は力を緩めることなく、自身の力を思う存分行使した。私が言う“力”というのは物理的なもの以外に、支配力、統率力といったリーダーとしてのポジションも意味している。私が“帝位”に就くと、みんなが私を求めてくれる。私を褒めてくれる。私を偉大な者だと勝手に認識してくれる。ただ力だけで手に入れたポジションじゃない。学校での成績は強く反映される。私は必死になって、全ての物事をやりきった。結果が良ければ全てに尽くした労力なんてどうでもいいの。
「結局、歩いても何も無いか…お兄ちゃんのとこ戻ろ」
そう思った時だった。背後から何者かの気配を悟った。こんな感覚初めてだ。
「なに…これ…、、なんかおかしい…ビンビン言ってる。私のアンテナが…ビンビン叫んでる。喚いてる…」
感じたことの無い感覚に包まれる。研ぎ澄まされた聴覚はやがてその異変の正体を突き止める大きな要因となった。対象を発見。
「誰?、、、その木陰にいるのは誰?」
10秒間の沈黙を空け、正体を顕にしたのは女だった。
「誰?」
私は警戒を強め、怪訝な表情と視線で威嚇した。私には威嚇程度のつもりなのだが、相手はとても怯えている。私の威嚇ってそんな効果あるのかな…。
「あなたこそ…そんな身なりで何をしているんですか?」
「…、、あー、、えっと…」
「一人…?」
「いや、私の他に、まだいる」
答えてしまった。しかも真実を。だけど…何故か、敵対組織とは考えられなかった。これも私の研ぎ澄まされた五感のせい?お兄ちゃんと同じくらいの年齢の女だ…。
「怪我してるよね??大丈夫?」
「ああ、私は大丈夫だ。だけど、、、」
「だけど…?」
「お兄ちゃんが…」
「お兄さんと一緒なのね…。お兄さんが怪我してるの?」
「いや、怪我では無いが、少し疲労が溜まってしまったんだ」
「そんな…こんな所で…、、ちょっとまってて」
「お、おい!」
「そこで待っててー!」
「なんなんだ…あの人…、、」
大人しく待った。待ってみた。
「あの…」
「うあおあ!!急に現れるな!」
「すみません…かなり警戒されてたので…」
「だったらそんなよそよそしい雰囲気を出すな!」
「すみません…、、あの、これ、使えますよ」
「なんだこれ?」
「救助用の牽引タンカーです。お兄さん、身動き取れないぐらいに危ないんですよね?」
「あ、ああ…ありがとう…」
「行くあてはあるんですか?」
「…、、、いや、どこも無い…」
「どこにも行くあてが無くて、一体何を…」
「あなたはこの近くに住んでるの?」
「ええ、そうよ。“アラモシア”」
「アラモシア…?そこは街か?」
「そう、、だけど…。アラモシアを知らないの?」
「ここはどこだ」
「えっと…アラモシアで、ここが…」
「もっと広く言ってくれ。でかい規模で」
「でかい規模…、、、だったら…トゥーラティ大陸って言えばいいのかな…。でもここがトゥーラティ大陸なのは判ってるもんね」
トゥーラティ大陸…?なんだそれ…。そんな大陸名、地球上に存在したか?
「そ、そうだね…。勿論それは知ってるよ…サバイバル生活しててさ、お兄ちゃんと。んでもう限界になっちゃったの…あーあ、疲れた疲れた…それでさ…その街に私を招待してほしいんだけど」
「う、うん…いいよ、大丈夫だよ」
「本当に?ありがとう。あなたの名前は?」
「私は“ムイネク”。アラモシアの観光ガイドもやってるの。たまにここでのんびりするのが、私の楽しみなんだ。だけど珍しいね。この森を使ってサバイバル生活するなんて。滅多に聞かないよ」
「そ、そ、そう?でも、ありがとう。じゃあお兄ちゃんと合流しよ」
「はい」
この女、外国人なのか…?トゥーラティ大陸…改めて考えてもやっぱりそんなの無いよな…この世界に…。
光。
あの光を超えた先は…、、、異世界…?
嘘でしょ…まかり通るとでも…?でもこれ以外現在置かれている状況を精査する言葉なんて無いよ。
「お兄ちゃん、あのさ…」
「誰だ!?」
「ヒィイイッ!!」
「ちょっと!お兄ちゃん!!」
ニーディールが瞬間移動。ムイネクの身体を拘束した。首元には尖った木の枝が突き立てられている。あと数センチ首に突き刺せば、喉元からは大量の出血が確認できる程にだ。
「お兄ちゃんやめて!」
「エレリアに何をしたんだ」
「わ、ワタ、、私は…何もしてません…!!」
「エレリア、本当か?」
「本当よ!本当だから、私、ほら。何もされてない!それに、この人は私達を助けてくれるの!」
「…なに?」
「うんうんうんうん!」
必死で訴えるムイネク。
ニーディールは彼女への拘束を解いた。
「ごめんね、ムイネク」
「……!!」
「ほら、お兄ちゃんも謝って!この人はムイネクさん。私達を街に招待してくれる人よ」
「す、すまない…。悪かった」
「兄妹愛…凄い…いいね…、、、お兄さん、凄いガタイ良くて強いんですね…、、直ぐに分かりましたよ…」
「ムイネクと言ったな?街というのは本当か?」
「そうよ、アラモシア…」
「アラモ…シア…?」
「あーーー!!とりま、んね?行こう。ムイネクさん」
「え、ええ、そうね。もう日の入りが始まるわ。夜になると危険だし、またアイツらがやってくる」
「あいつらって…誰?」
「えぇっ?知らないの?嘘でしょ…?」
「あ、あのー、、サバイバル生活が長くてさ…私達、全然世間を知らないのよねー、んね?お兄ちゃん」
「んえ?サバイバ…、」
『お兄ちゃん??!!!』という殺意的熱視線がニーディールの眼球に指向した。
「あ、ああ…そうだな。かなり長く外にいたからな」
「うーん、にしてもだと思うんだけど…。アイツらっていうのは…
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セカンドステージチルドレンのことよ」
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律歴4059年6月27日──。
ニーディールとエレリアは、ムイネクの紹介によってアラモシアにて居住生活を開始させた。ここが、日本では無いことはアラモシアに住む人々と環境と建造物が、これでもかと示して来た。エレリアの言った“異世界転生”なんぞ、信じたくもないが、そう判断するしか無くなった。
ニーディール・アルシオンとエレリア・アルシオンは、日本では無い、地球上とも思えない謎の世界に降り立ったのだ。
この日から、2人の覚悟と決意と遺志の物語が始まった。
ここから先、2人に待ち受ける運命がどれだけ高い壁なのかを…現段階で2人は知る由もない。




