[#135-ゲヴァリィの穹窿【2】]
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「ゲリィノート」
黒色粒子が放出される。白色粒子と同様の外部露出模様。だが、暴れようは全く違う。脈動で留まっていた白色粒子に対して、黒色粒子は単体細胞だけで戦闘行動を開始。外敵⋯と呼べる存在はここに居ない。黒色粒子が“攻撃対象”として定めたのは、ウプサラの壁を構成する教皇ソディウス・ド・ゴメインドの発生物質、“ウプサラ”だ。
「ゲリィノート、そこまでしなくていい」
亀裂は再生と裂傷を繰り返していた⋯。だがそれもこれまで。再生フェーズの終了したウプサラの壁に待っていたのは、黒色粒子による暴激。ゲリィノートの姿は未だに完成していない。
ヘリオローザは完成し切っていないゲリィノートの名を呼び、ウプサラの壁攻撃を中止させる。
「─────────」
攻撃は中止されず、黒色粒子は次々とウプサラの壁を犯していった。やがて壁を構成する物質は黒が基軸となり、白色粒子の存在はどんどんと抹消していく。
「はぁ⋯⋯⋯イヴァンリッピ」
「ああ」
既にプロト・アミレイ完成形へと移行したイヴァンリッピが黒色粒子の攻撃活動を強制停止。ウプサラの壁を浸食していた黒色粒子の元へ送られる、イヴァンリッピの雑兵たち。黒色粒子は白色粒子への抵抗をせず、ウプサラの壁浸食を中止。
「鴉素、抗わないのなら、さっさとやめるのです」
「蛾素、気に食わないね。鴉素は気に食わない」
黒色粒子がニュートリノ・ヤタガラスのフォルムへ。ゲリィノートの姿を発現した。
「二人にこの壁よりも強固な壁を作ってほしい」
─────────────────
司教座都市スカナヴィア───。
「あれがァ、薔薇の暴悪のプロト・アミレイだ」
「はい。あの二体に、ラキュエイヌ一族の記憶が紡がれています」
「それ大事ぃー!それ大事ぃー!」
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ニュートリノ・ヤタガラス、ニュートリノ・レイソ。二体のプロト・アミレイがヘリオローザから発現され、一時的な衝突はあった中、宿主の命令を実行。黒色粒子がやり過ぎてしまったが、白色粒子は後続するように自身を構成する物質をまぶしていく。
黒と白。教皇が創った壁は、次々と新規色へと彩られる。
差してそこまでの変化は無い。しかし、壁を凝視すればその変化は明らかであろう。
粒子の脈動は、教皇から放出された物質よりも遥かに過激さを増している。増大なエネルギーは、壁中から外界へと浮き出ていく程の有り余る力を解放。宿主ヘリオローザが新規創造したウプサラの壁⋯改め、“ゲヴァリィの壁”。
プロト・アミレイ二体が創造した壁は、時間経過と共に崩落の危機にあった壁を“古き壁”と確定させた。
ゲヴァリィの壁は外縁側⋯つまり、カナン城周辺の帝都ガウフォン全域からも視認を可能としている。決定的な色彩の変化は無いにしろ、一目見て理解出来るのは、その誇り高き強さを象徴とする光沢感であった。
ヘリオローザが接近する時の黒色粒子と白色粒子の蠢きたるや⋯、血に集る吸血鬼の大群のようだ。
「これで、もう誰も入って来れない。何者にも侵せない、不可侵領域の完成さ」
「ミュラエは⋯⋯?」
「ここで一生涯を終える。終局というものは突然やってくる。《悖逆と慈母》と呼ばれた異能者もそうだったかな。愛は世間から剥離されねばならぬ時がある。それが今だよ」
ヘリオローザによるセラヌーン姉妹との柵別発言。
フラウドレスは言葉を失う。だがそうしなきゃ自分もここで死ぬ事になる。
瞬きの一刻で、どれほどの思考を回したのだろうか。自分には、他に出来る事は無いのか⋯と。
きっと、無い。
無いんだろう。
不可侵領域生成が、ヘリオローザによる最期の芳煌。
「──────判ったよ」
「⋯⋯⋯愛しの母君、さぁおいで」
フラウドレスに跪く形で、ヘリオローザが手を差し出す。“愛しの母君”と謳われた女が、薔薇の暴悪からの手にその身を挿頭す。
ヘリオローザからはルケニア“シャルルマルラン”による一輪の黒薔薇が発生。本来ならば戦闘行動に際して、使用される能力だが、今回は違った。
シャルルマルランは、フラウドレスとヘリオローザを亜空間内に直結。ゲヴァリィの壁が鳴動を起こす。せっかく作り上げられた壁が台無しになってしまう⋯とヘリオローザは能天気に言ってのけた。
本当にそんな事が起こってしまう可能性を鑑みているのならば、真っ先にヘリオローザは再修復に取り掛かるはずだ。
しかし彼女はそれを行わない。最優先事項として重きを置いているのは、我が母体にして“母君”フラウドレスの防衛。
「フラウドレスを失う事は出来ない」
「⋯⋯⋯ヘリオローザ⋯⋯⋯」
差し伸べられた手からはこれまで感じられて来なかった“鐘愛”の文字が溢れ出ている。思わぬ相手からの激愛っぷりに、フラウドレスは逆に慄いてしまう。
「どうして?私からの愛がそんな信用ならないの?」
亜空間内へと突入した二人。フラウドレスは一切の力を使っていない。ましてや、身体の中で動いている部位と言えば、心臓だけかもしれない。
「あなただけを護る」
「⋯⋯⋯!」
「ここから先は、新たな世界が待っている。私がその全容を見せてあげよう」
亜空間内の回廊が終了し、二人は亜空間内の果てとして指定された司教座都市スカナヴィアに行き着いた。
亜空間は、とある聖堂内に発生。その聖堂は言うまでもなく、血戦者の根城だ。二人が亜空間から解き放たれ、フラウドレスとヘリオローザの視界には、目を覚ましたサンファイアもアスタリスが迎えてくれた。
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地上三十六メートル付近に亜空間は発生していたので、若干二人からは見上げられてしまう形になってしまったのは、少し恥ずかしかった。二人の他には、誰も居ない。
逆にそれが違和感でもあった。
「⋯ヘリオローザ、さっきのポリゴンの人たちは?」
「血戦者の事かい?この建物の中に居るよ」
「あなたと再融合した時、光悦にも覚える炉心が見えた⋯⋯」
「それ、今はまだ使っちゃ駄目だからね。フラウドレスがマスター出来る時は、きっと⋯⋯⋯大切な友達を無くし、希望という病を幻想に変えた頃。喪失感に駆られ、自己を殺す⋯⋯⋯そうなってようやく、意味がある異能だからね」
地上に居るサンファイアとアスタリスに目をやる。特にフラウドレスは、サンファイアの心情を慮った。それもそのはず、彼はセラヌーン姉妹に対して、気心が知れていた。
愛情も注いでいた程だ。フラウドレスは二人の友と再会した一瞬で、二人に芽生えていた新規の感情を特定。
フラウドレスが今までに二人の心から感じたことの無い思想は、痛いぐらい伝わってくるからだ。
地上へと降着する際、ヘリオローザは地中から黒薔薇を発現。昇降機のように黒薔薇を使い、“母君”をエスコート。
地上へ足を踏みしめると、二人もフラウドレスの元へ近寄る。
神妙な面持ちだ。二人は全てを知っている。視界だけが閉じ塞がれただけであって、他の感覚器官はビンビンに機能していた。だから、セラヌーン姉妹が帝都ガウフォンから脱出できなかった事も把握済み。
サンファイアはヘリオローザの心瞳を疑った。
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
サンファイアはジッと、眼差しを向ける。決してそれは、“おかえり”と素直に言ってくれるような感情が込められた優しきものでは無い。
「姉さん⋯」
憤りの隠し切れていない、サンファイアの瞳。そして声色。あまり聞きたくは無い、友達の声だった。
「サンファイア、やめろ」
アスタリスは、サンファイアの感情を制する。息の荒々しさが、サンファイアの激昂までのボルテージを高めていく、マテリアルとしては充分だ。
「今ここでフラウドレスに当たってみろ。俺がお前を全力で受け止めてやる」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
緊張の糸がはち切れた。脅しにも思えるサンファイアへの言葉。アスタリスのような無法者なら『全力で受け止めてやる』なんて言葉では済まさず、『半殺し』と言った言葉まで使ってしまうのが相場だ。だが、アスタリスであっても、相手を考えて物を言う。
アスタリスにとっても、サンファイアという人物は大切な友達⋯いや、家族なのだ。
それはサンファイアにとっても同じ事。
「ごめんなさいサンファイア」
「姉さんが謝る事じゃない」
「いいえ私よ。ヘリオローザは私そのもの。ヘリオローザの思考の一部は私のアルゴリズムも含有されている。これがラキュエイヌ一族の原罪。⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯“罪罰の肉幕”」
「姉さんが⋯⋯⋯ミュラエとウェルニを⋯⋯⋯?」
「よせ」
「ヘリオローザだけの⋯⋯⋯答えじゃ、、、無い⋯⋯⋯─────」
「いい加減にしろ」
「姉さん⋯⋯嘘だって言って⋯⋯」
サンファイアがフラウドレスに最接近。間合いを詰める。フラウドレスの両肩を握り、これでもかと身体を揺さぶった。理性が失われつつある、彼の動きに赦免するフラウドレス。
「ごめんなさい⋯⋯⋯私も、二人を失う選択など⋯⋯選びたくは無かった⋯⋯でも、私はそれよりも、何より⋯⋯⋯あなたたちが大切なの。⋯絶対にもう、傍から離れさせたくないの。⋯⋯比べられるもんじゃないのよ─────」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
揺さぶられた“姉君”は暖かく、サンファイアは激情に走ってしまう中、抑制を覚える。
すると、彼の眼からは涙がポタポタと地面に落ちていった。
それは、自分でも所在の分からない涙。傾向からするに、フラウドレスに対しての涙なのかもしれないが、セラヌーン姉妹への鎮魂のように思えてくる。
もし後者であるとするのなら、セラヌーン姉妹とはもう二度と会えない⋯に匹敵する程の感情を持ち合わせつつの涙となる。
「ごめん姉さん⋯⋯僕がおかしいんだ」
サンファイアは床に突っ伏す。両膝を着き、視線は地面へと落とされた。もはや自分には姉さんと話す資格が無い⋯とまで、自身の心を怨んでいるようだ。
「ヘリオローザは⋯間違ってない。サンファイア、分かってほしい」
「⋯⋯⋯⋯⋯ヘリオローザ、さっきのポリゴンは?」
アスタリスが話題を変えた。これ以上同じ話を進めても、お互いの気持ちを蝕んでいくだけ。先行きが読め過ぎてしまう展開が妙に気持ち悪く、アスタリスは、話を変えたのだ。
「はい。ここに居ますよ」
「ようこそ!ようこそ!良くぞおいでになってくださいました!」
「家族ごっこに付き合ってる暇はねぇんだ。悪いがァ」
「お前らが、この聖堂の主人か?血戦者」
「“大聖堂”と呼べ、原世界のならず者がァ」
「はい。繊維工業、皮革工業、金属加工業の中心地。あらゆる物産商人が集う、商業都市です。あなた方の世界から、深く恩恵を受けています」
「統治はぁ!統治はぁ〜〜〜〜!我等、“ヴィンチャーレンツェ”が世俗支配を担当していまーす!」
「何ともまぁ、お気楽な馬鹿野郎が、ここの主のようだ」
式フィロクレネーの圧倒的幼稚な喋り方に腹を立てるアスタリス。
「その言い方!その言い方!まっ、良いけど」
バーチャリアルキューブサットから発せられていた彼等の肉声。その発声元がようやく判明した。
VキューブS遺伝子二重螺旋を伴い大聖堂上階から出現した三人。身体は人間と同じ。そう思った直後、三人がポリゴン状の有機幾何学的生命体へ変身。サンファイア、アスタリスはてっきり、VキューブSを発現するのかと思っていた。だが、当変身は単なる空間転移行動による演出に過ぎない。
ポリゴン物質は、上階から、亜空間内を回廊してきた人間たちの元へ。その転移方法は広々とした大聖堂の天蓋をうねるように進む。そのうねり方は、VキューブSの遺伝子二重螺旋形態との酷似していた。
中空を滑空したり、外気と触れ合い遊びながら、三体は空間転移を実行。
サンファイア、アスタリス、フラウドレス、ヘリオローザの前にポリゴン状の有機物が集合。集合体はやがて、“持ち主”を形成。
「あなたたちが⋯⋯助けてくれたんですね」
「はい。憤怒に溺れた方であったはずなのに、感情抑制を心得た方であられるのは⋯非常に興味深い。サンファイア・ベルロータ、アスタリス・アッシュナイト、そして、フラウドレス・ラキュエイヌ、ようこそ司教座都市スカナヴィアへ。遥々ユレイノルド大陸の西方区域、バーバートボードワーズですよ」
式ハドリアヌス、式セルジューク、式フィロクレネー。二十代前半と同じぐらいの体格を成しており、式セルジューク以外は性別が男。サンファイアとアスタリスが驚いたのは、式フィロクレネーが男だった⋯という事。
VキューブSから聞こえていた肉声だけでは、女としか思えない声色であった。だが、ここで初めてスカナヴィア血戦者の様相が明らかとなり、想像は反転とする。




