第65話 ようこそ激務ライフ
リスケルは神界から空を睨みつけた。視線の先にあるのは、四角く切り取られた外の世界。それは遠望視と呼ばれ、ルクディアナから引き継いだ能力である。
慣れないスキルを扱いながら強く舌打ちをした。覗き見た光景が、尋常ならざるものを映し出した為だ。
「これ、ヤベェんじゃねぇの」
リスケルの瞳は神界の外、外界と呼ばれる暗闇を見ていた。そこには太陽とも彗星とも言えそうな光が煌めくのだが、こちらの方へと接近を続けていた。シアンが引き込んだ巨大隕石である。その威力は絶大で、魔界もろとも地上を飲み込み、余波で神界さえも破壊してしまう程である。
見過ごせば全てがお終い、まさに世界の終焉が待ち受けていた。
「オレの仕事なんだろうな。まったく、休む間もねぇよ」
「ねぇリスケル様。力の扱い方は分かってんのかな? ソフィがさっくりと教えてあげちゃうよ?」
「平気だ。何となく分かる」
リスケルは願望を心に浮かべると、脳裏に流れる言葉をなぞった。発動にはネイルオスの魔力が充てがわれる。
「条理が縛る鎖を解き放て、フワリング」
すると浮遊魔法を実現させ、身体が宙に浮かび上がった。魔力切れを起こさなければ、どこまでも飛んでいけるだろう。
「じゃあ行ってくる。留守番は任せたからな」
「リスケル様。私もお供致します」
「ソフィも行くよ。ここでポイント稼いでおきたいからね!」
「わかった。3人で行くか!」
リスケル達は神界を発った。ガス空間を通り過ぎ、外界に出たなら月面が見える。その地表を大回りして避け、進路を整えた。向かうべきは紅い光。シアンの放った最後の一矢だ。
「リスケル様。外界では精霊の力も弱まります。ひとたび魔力切れを起こしてしまえば、再起が難しくなる事をご理解ください」
「分かった。でも平気だろ、オレには聖剣があるし!」
オレルヤンは答える代わりに、柄の宝石をキラリと光らせた。一度は手を焼いた相手だが、こんな局面では実に心強い。
「さてと。いよいよ近づいて来たが、やっぱりデカイな……」
リスケルは飛翔しながら少し尻込みをした。何せ敵は天体だ。およそ人族ごときに相手が務まるハズがない。
「我らの防護魔法にて御身を守ります。その間に決着を」
「防御はアタシらに任せてジャンジャン行っちゃおうかーー!」
「お前ら割と無茶言うよな。まぁ、オレがやるしかないけど」
リスケルは全身に耐衝撃の防護を受けると、一直線に飛んでいった。真向かいから伝わる凄まじい圧力は、遠く離れていても逆風を生み出し、あまねく外敵を阻もうとする。構わず前に進めば、視界一杯が火焔地獄に染まるのだが、それでも本体までかなりの距離がある。やはり尋常な大きさではなかった。
「とんでもねぇ炎だ。ネイルオスの火炎無効が無かったらヤバかったかもな」
リスケルは胸の内で、友に礼を言うなり聖剣を抜き放った。
「行くぞオレルヤン、全力だからな!」
途方もなく巨大な岩石を相手取り、潔く斬りかかる。渾身の力を込めた迎撃により、両者のエネルギーが真っ向から衝突。付近に天文学的な余波を撒き散らしつつ、無謀な力比べが幕を開けた。
「うおぉヤベェ! 隕石強ぇぇ!」
リスケルは態勢を維持してはいるが、やはり劣勢であるのが否めない。勢いで負けて後方へと押し返されてしまうのだ。そして岩の性質も頑強だ。必死に力を込めているのに切っ先は表面に留まったままで、切り込みの1つも入らなかった。
「もっと力を寄越せオレルヤン! 全力だって言ったろうが!」
求めに応じて宝石が七色に煌めく。すると刃は鋭さを何倍にも増し、更には魔力によって、刀身も遥か彼方まで伸びていった。さすがは尋常ならざる神器。その名に恥じぬ形状となって、隕石を真っ二つに切り裂いてしまった。
「まだまだ終わらねぇぞオラァ!」
その規格外の剣を、リスケルは縦横無尽に振りまくった。それで隕石は4つ8つと裁断され、惑星をも凌ぐ塊は粉々に砕けていく。
「これで終いだボケがッ!」
ヤケクソ気味に繰り出した一撃は、衝撃波を伴う剣技だった。それで小砂利の集合と化した隕石は四散し、外界の暗黒世界へと散らばっていった。これにて終末の脅威は消滅したのである。
「お見事です、リスケル様」
「ほぇぇ、隕石を壊しちゃうだなんて、すっごい強いんだぁ。次からは親しみを込めて、リスケ様って呼んでも良い?」
後方からやってきたハーベル達を、リスケルは力ない笑みで迎えた。聖剣の形状を戻し、鞘にしまったのだが、いくらか重たく感じられた。先程の迎撃戦は際どい勝負だったのである。
「それでは戻りましょう。配下どもも心配しております」
「そうだな。このまま帰ってさ……」
泥のようになって眠りたい。神界みたいな荒れ地ではなく、地上の街で。さらに言えばグレイスノヴァなどの静かな場所で、温かなベッドに潜って爆睡したかった。
しかし優秀なる片腕達は、揃いも揃って恐ろしい言葉を口にする。
「戻り次第、急ぎ摂理の変更を致しましょう。とくに精霊石から魔力を引き出す仕組みは最優先ですな」
「……ハァ?」
休ませる気は無いらしい。リスケルはハーベルの涼しい顔から眼を反らし、無邪気に微笑むソフィアを見た。だが期待も虚しく、結果は変わらなかった。
「リスケ様。人魔が仲良く暮らすにしては、地上も手狭だよね。地形の変更を早いうちにやっとかないと」
「おい、ちょっと待て」
「魔界における生態系異常も捨て置けませぬ。じっくり端から調査し、精査した上で刷新せねば」
「待てと言ったろ!」
「それから魔法が攻撃ばっかに偏ってるから、一度見直した方が良いよねぇ。もっとさ、湯沸かし専用とか、病気の治療とか、生活に密着したものを……」
「うっせぇぞ、無闇に働かせんじゃねぇ!」
リスケルは逃げた。辺り構わず全力に。しかし悲しいかな、疲労と損耗は激しく、配下を引き離す程の速度が出ない。
「お待ち下さいリスケル様。帰路はそちらではございません」
「分かってんだよ馬鹿野郎、ついてくんな!」
「リスケ様、寄り道しないで帰ろうよーー!」
「あぁぁ助けてネイルオス! もっかい復活してくれ、ルクディアナーーッ!」
逃げるリスケルを追う従者たち。その様は遠く離れた地上からは、夜空にきらめく流星群のように見えたとか。その光景は吉兆であると、新たな次代の幕開けだと、人々は語り継ぐ事にした。
いつまでも、いつまでも途切れる事無く。




