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第63話 聖剣との和解

 水中に浮かぶ感覚でリスケルは眼を覚ました。一望してみると、そこは異質なる世界。辺りに欠片の光すら差さない無明の闇が広がるばかり。こうなると自分の眼を開いているか、閉じているかすら怪しくなる。


「オレは、確かシアンの野郎にやられて……」


 曖昧な記憶の断片が繋がりだした頃、突如として光が差した。眼前に浮かび上がる光球は姿かたちを変えていき、遂には人型を創り出す。


 女性の形を模した光は、指先から輝く光を発してリスケルに授けた。すると、彼の肉体がほの明るいヴェールに包み込まれた。あちこちの傷口も、徐々にではあるものの塞がっていく。


「誰だ……?」


「目覚めましたかリスケル。この瞬間を待ち望んでおりました」


 たおやかな女性は、悲しげな瞳のままで言った。身につける純白のローブはまばゆく、直視するのが苦しいほどである。


「私が名はルクディアナ。神の器を持つ貴方との再会が、まさか吸魔の猛威が奮う中でとは。無粋極まる事ですが、これも運命でしょう」


「アンタが精霊神なのか……。神の器って何だよ?」


「聖者とはありふりた人族ではありません。一大事あれば、私に代わって神の座を引き継ぎ、世界を統べる存在なのです。その為に貴方の肉体は、私の一部分を元に造られています」


「なんてこった……それってつまり……」


「驚かせてしまいましたか。本来であれば、心安らぐ光景の中、紅茶でも楽しみながらお伝えしたかったのですが」


「アンタがオレの母ちゃんだってのか!」


「いいえ違います。そういう話ではありません」


 ルクディアナの否定は柔らかだったが、その芯には頑強なものを感じさせた。『母ちゃん呼ばわりすんな』という、確たる意思を。


「神の器……か。急に言われてもピンと来ねぇよ」


「貴方は私と親和性が最も高い存在なのです。不明瞭だったでしょうが、こちらの声が届いた筈です」


「もしかして、何か都合よく閃いたり、勘が当たったりした事が?」


「はい。それらの選択は、私の送りこんだ知識を根拠としていた様ですね」


「じゃあ、面倒臭がりだったり妙に語彙力が無かったり、驚くくらい物忘れが激しいのも?」


「それらは全て、貴方の気質や生い立ちに由来するものです」


 ルクディアナは再び否定した。いくらか早口になったのは『なんもかんも押し付けんな』とでも言いたいかの様である。


「ともかく今は時間がありません。こうしている間にも吸魔の法は働き、我々の力を奪い去っています」


「そ、そうなのか……? その割には何とも無いんだが」


「私の魔法により、貴方の身体を守っているのです。しかし、それもいつまで保つかどうか。私自身も、力の多くを奪われましたから」


 命は救われた。しかし、それだけでは、死ぬべき瞬間を先送りしたに過ぎない。


「ありがとう。でもさ、こんな状況で何すりゃ良いんだよ」


「聖剣と和解するのです。それが成らねば勝ち目もありません」


「聖剣と? こいつに自我があるってのか?」


「はい。ですが極めてナイーブであるが故に、自我を表に出すことは極めて稀です。数千年に一度あるかないか、という程ですね」


「ナイーブ……!」


 リスケルの脳裏に浮かぶのは、かつて浴びせた罵詈雑言の数々だ。自我があるのなら、精神攻撃で自壊したのも納得だが、それは些細な気付き。問題は、やらかした悪フザケの尻拭いをこの難局で強いられる点であった。


「聖剣は自ら出てくる意思が無いようですね、強引に呼び出しましょう」


「いや、ここは本人の意思を尊重してあげた方が……」


「目覚めよ、我が同胞オレルヤンよ!」


 リスケルの執り成しも虚しく、ルクディアナの力が炸裂した。一筋の閃光が聖剣の柄に当たると、彼らの前に第三の人物が姿を現した。


 うつろな瞳にたるんだアゴ、髪は寝癖だらけで、腹も贅肉でゆるみきった初老の男。彼は挨拶もなしに宙に浮かぶと、ふて寝の姿勢を取って自分の尻を掻いた。ボリボリ、ボリボリと。


「えっと、どちら様?」


「オレルヤン本人です。彼に人の姿はありませんが、擬人化を試みました。相手の顔が見えた方が対話もやりやすいでしょう」


「いや、これだったら見えない方が良かったぞ……」


「こんな見た目をしているのも、彼の意思の現れ。傷心から、毅然と振る舞うのを拒絶しているのです」


「はぁ、そっすか」


「ではどうぞ。心ゆくまでお話を」


 ルクディアナ、割と無茶を振る。リスケルも納得した訳ではないのだが、他に取るべき手段を知らない。仕方なくオレルヤンの前に立つ。すると、相手は無視する意思を見せつけるかのように、ゴロリと反対の方へと寝返った。


 リスケルの腹に不快感が落ちてくる。しかし、それにはグッと堪えて話しかけた。


「えっと、なんつうか、悪かったよ」


 謝罪スタート。それは悪くない手法だ。少なくとも、自らの非を認めたのだから、後の会話も方向性が定まりやすい。実際に一定の効果はあった。オレルヤンも姿勢こそ変えなかったが、話には応じるようになる。


「剣が所有者を選ぶのが、そんなに悪い事かよ。こちとら、ルクディアナの頼みで仕方無しにやってんのにさ……」


「いや、うん。当然だよな。何せ聖剣はとんでもない武器なんだから、誰でもオッケーっていう方がおかしいぞ」


 オレルヤンが腹にしまい込んだ反論は、この後も続く。


「やっぱ剣なんてダセェわ。戦場の華は槍だよ、槍。切っ先揃えて騎馬突撃ってのが最高に栄えるんだよな」


「そんな訳あるか。剣が一番格好いいんだぞ。接近戦でズギャアと切り込む様なんか最高じゃねぇか」


 オレルヤンの言葉はまだまだ続く。


「刀身の長さは中途半端だし、両刃とかいう没個性だし。ロクな装飾は無いクセに柄の宝石だけはバカでかいとか。あぁ不格好だ悪目立ちだわで酷いもんよ」


「一番扱いやすい形じゃん。長さも形状も、すげぇシックリくるタイプだよ。際立つ宝石だって、シンプルな造りと対照的で、めちゃくちゃ印象的じゃん」


 応酬は延々と続いた。あまりにも長丁場だったので、たまにオレルヤンとリスケルの攻守が入れ替わる珍事はあったにせよ、一応の決着はついたのだ。


「まぁ良いよ。お前の力になってやるから、上手く使ってみせろ」


 オレルヤンは眠たげな声で言い残すと、自身の身体を竜巻の様に回転させ、鞘の方へと戻っていった。


「えっと、これで大丈夫なのか?」


「そのようですね。剣を抜いて御覧なさい」


「お、おうよ」


 恐る恐る柄を握りしめてみる。少し鞘から浮かしただけで、かなりの重量感があった。いけそうだ。そう思って一気に引き抜いてみたのだが。


「元に戻ってる……ってクソ重ぇーーッ!」


 リスケルは剣を抜いた瞬間、その重さに引っ張られてしまい、態勢を大きく崩した。とても片手で扱える物ではなく、両手でどうにか持ち上げられる、という有様である。掲げただけで両手はガタガタと震えてしまい、当然だが戦闘行為など不可能だ。


「なんだよコレ、説明しろよ!」


「どうやら貴方の力が弱まっているようです。オレルヤンの要求に堪えきれない程に」


「何とかならないか、全然使える気がしねぇ……」


「私に残された魔力は残り僅か。貴方の傷を癒やし、吸魔から守るだけで精一杯です」


「クソが! ここまで来たってのに!」


 リスケルは踏ん張りながら剣を見た。刃も柄のどちらも異変は無いのだが、尋常でないほどに重い。すでにこの時、自覚していないだけで、極限まで気力体力を損なっていたのだ。


 仮に窮地を脱し、聖剣を自在に扱えたとしても、シアンと戦えるかは怪しい所だ。


「な、何だ……? 地震か!?」


 リスケルは辺りに振動を感じた。地面が揺れているというより、空間そのものが揺らいでいるようだった。甲高く耳障りな音も鳴り響くようになる。不思議と息苦しさも増していき、目眩すら覚えだした。


「おそらく、シアンが究極魔法を使ったのでしょう。それによって不足した魔力を、私達から吸い上げようとしているのです」


「チクショウが……ただでさえキツイってのに!」


「致し方ありません。もはや一刻の猶予もないのですね」


「どうしたんだよ……」


 ルクディアナが鋭い視線をリスケルに送った。引き結ばれた唇は、何かをためらう素振りを見せたが、すぐに滑らかさを取り戻す。


「神の座を貴方に譲りましょう。今この場所で、新たな時代を迎えるのです」




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