第61話 全自動虐殺システム
シアンの居所はオレルーワ。一瞬だけ展開された魔力をエミリアが察知、リスケル達は全速力で急行した。それと同時に、王都まで引き連れた祭りの一隊は、獣魔人たちに警護を命じて本国へと帰還させた。
「邪神の魔力核か。いったいそれで何を企んでやがる」
「世界の破壊、破滅などでしょうか」
随行するラスマーオとエミリアも不安げだ。漠然とした予測が、どうにも脅威的な未来と結びついてしまう。それはリスケルも変わらず、無駄口は控え、ただひたすらに疾走していく。
「リスケル様、こちらです!」
精霊に導かれたエミリアが脇道を指差した。人里離れた間道だ。伸び放題の木々は互いに寄りかかるように生い茂り、登山道の先を隠すかのようである。
だが、そんな様子もすぐに変貌した。足を踏み入れてしばらく経つと、青々とした植物は褐色に枯れ果て、全てが死に絶えていた。植物だけではない。鳥も、虫の鳴き声さえも聞こえない、不毛の世界だけが広がるのだ。
「まさか、ここまで荒れるだなんて……。聖地の加護があるのに」
エミリアは戦慄に身を震わせた。苛烈な人魔大戦であっても守られたオレルーワに、かつての隆盛を見る事はできない。見えざる魔の手が何を企んでいるのか、そしてどれほどの力を持つのか分からず、ただ闇雲に山道を登り続けた。
そうして出くわしたのが精霊師の一団である。彼らは皆が衰弱しており、身を起こす事すら出来ずにいる。
「お爺様、しっかり!」
エミリアが駆け寄っては杖を輝かせた。先端の精霊石からは陽光のような波動がきらめき、辺りを優しく照らしていく。
「おぉ。エミリアか」
「大丈夫ですか、何が起きたのですか!」
感情をたかぶらせて尋ねるエミリアを制し、長老はリスケルの方へと向いた。
「聖者様、申し訳ございません。我らが不甲斐ないばかりに、あの男の侵入を許してしまいました」
「謝罪なんか要らない。それよりもだ、シアンはどこに居る?」
「神殿より一筋の光が空へ伸びました。あれは神界へと至る道、恐らくは精霊神のみもとへ向かったと思われます」
「何て恐ろしい事を……。リスケル様、すぐに参りましょう!」
「待つのだ、エミリアよ」
駆け出そうとする足を長老が止めた。憮然としたエミリアが振り返る。
「なぜですか。今は一刻を争う事態なのでしょう?」
「並の者では結界によって瞬時に焼き尽くされよう。しかし聖者様に至っては心配要らぬ。聖剣オレルヤンが守り抜いてくれるだろう」
「聖剣が……!」
リスケル達はそこで顔を見合わせた。叶うことなら、全損しても問題ないかと聞いてみたい。だが相手は老人とは言えど眼光が異様に鋭い傑物である。うかつな問いかけはできず、ごまかす方法も知らず、結局はこんな言葉が飛び出した。
「分かった、1人で行ってくる。でも日が悪いから、後日でもいいか?」
「日が悪い、とは?」
「こう見えて疲れてるんだ。英気を養うためにも休息が必要なんだ」
これまでの焦燥感などすっかり吹き飛び、ひどく白々しい言葉が口から出た。戦場で華々しく散るのは良いにしても、全自動的に焼き殺されるとあっては、さすがのリスケルも命が惜しくなったのだ。
「承知しました。しかしながら状況は逼迫しております。そればかりは何卒ご了承置きを」
そうして初日からの突撃は回避された。精霊師の里で歓待を受けつつ、温かな寝床で眠る。もちろん裏ではひっそりと、エミリア達と相談だ。阿呆面で過ごす訳にはいかないのだ。
だが名案など浮かばず、出来た事と言えば、せいぜい引き伸ばす事くらいだ。
「すまん。一日では回復しきらなかった。もう一日休ませてくれ」
どんなに頭を捻っても名案は浮かばない。
「今日は聖剣が泣いてるんだ。だから出発は明日以降にしたい」
そうして、引き伸ばす理由にも困りだした頃、事件は起きた。突如として空が赤く染まりだしたのだ。夜空にまるで夕日が現れたような光景に、地上の人々はもちろん、長老ですら大いに慌てた。
「あれはもしや、終末の矢!?」
「お祖父様。ご存知なのですか?」
「まさかあの男、ついには精霊神までも手にかけたと言うのか。なんと畏れ多い事を……!」
「とにかく迎撃します!」
エミリアは巨大な火の球へ向けて氷魔法を浴びせた。しかし炎に緩みはあっても、いまだ燃え盛ったままで地上へと落下していく。
「クッ。私だけでは……」
「ダークフローズン!」
「えっ?」
エミリアが顔を上げると、空にはセシルが浮かんでいた。援軍としては心強い相手である。
「ほら、ボヤッとすんじゃないですわ。ケツ穴閉めて撃ちなさいですの!」
「わかりました!」
2人が膨大な魔力を送り込むと、ようやく火球の炎は消え、中の岩石が露わになる。力を失くし落下する先はグラナイストの農村だ。直撃すれば大惨事になる重量を保ったまま、徐々にスピードをあげて迫る。
「よっし、オレに任せろ!」
ラスマーオが斧を握りしめて夜空に舞う。そして渾身の一撃を叩き込むと、岩石は粉々に砕け、地上へと散っていった。
「ううん。何の騒ぎだよ?」
この頃になってようやくリスケルは起き出した。眠たげな眼をこすり、改めて前を見ると、そこには長老の姿があった。
「えっ、何?」
「聖者様。もはや一刻の猶予もなりません。すぐに神界へお発ちくだされ」
長老は返事も聞かずにリスケルをさらい、神殿へと飛び立った。そして無言のままで内部を進み、最奥の間へとたどり着いた。
「ちょっと待ってくれ。エミリアを、せめて彼女と相談させてくれ!」
「なりません。どうぞ地上を、そして神界をお救いください」
準備は予め整っていた。何十人と詰めかけた精霊師たちが一斉に魔力を送り込む。すると、大魔法「星間転移」は発動し、リスケルの身体は天高く飛ばされた。
「マジかよちくしょう! こんな死に方かよぉぉ!」
泣こうが喚こうが無駄である。リスケルの意思に反して月を通り過ぎ、そして今、神界へと辿り着いた。
「うわぁぁ熱い! 燃えちまうぅ……ってあれ?」
目の前のおぞましい光景はさておき、聞いた程の地獄ではなかった。瞬時に焼き尽くす灼熱など感じたりはせず、ひたすらに星の中核へ向かって吸い寄せられていく。
「なんで平気なんだ……?」
実は精霊の鎧が命を救ってくれたのだ。神の加護を持つそれは、結界の嵐を寄せ付けない。
「そっか。聖剣は折れてしまった今も、助けてくれるのか……」
見当違いな感慨を覚えつつ、リスケルは飛んだ。そしてとうとう、決戦の場へと辿り着くのだった。




