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第59話 逃げた大鳳

 最初の村を出たリスケル達も、それからは旅路を急いだ。祭りを昼と夜の2部構成とし、巡る村も日に2カ所。明け方の僅かな時間だけ眠りに費やし、後は移動と催しを繰り返していく。そうまでして急ぐのは食材の鮮度だ。何日もかけて移動すれば、最終的に痛んでしまう為、ある程度は強行しなくてはならない。


(まぁ、それは表向きの理由なんだがな)


 リスケルは今も原因不明の焦燥感に襲われており、なぜか前進する事に躍起になってしまう。子供達や疲労の目立つ人は馬車で眠らせてつつ、可能な速度で進撃していくのだ。


「さぁていらっしゃい。クラーケンのゲソ焼きだよ」


「うわぁ美味しそう、2つください!」


「おめでとうございます。特賞のヤサシンダガーを進呈します」


「すごいすごい、これ本当に貰ってもいいの!?」


「旨辛スープはいかがですかぁ。一度飲んだら病み付きの極上スープですよ!」


 2つ3つと村を経由して、国の中枢目指して進んで行く。


「アタシねぇ、今じゃこんなオバちゃんだけどさ、昔はすんごい大恋愛しててね」


「へぇぇ。どうぞマダム、あなたの話を聞かせてよ」


「ほうら、そんな程度じゃアタシは満足しないよ。もっとドス黒い情熱で踊ってくんない?」


「すげぇぞこの姉ちゃん。何時間も踊りっぱなしだぞ……」


「超絶旨いスープはどうですかぁ。今なら一杯頼めばもう一杯つけますよ!」


 お祭り行脚も3日目を迎えると、いよいよ評判が知られるようになる。行く先々の村で明らかに人出が増えたのは、遠くからわざわざ訪れる者が現れたからだ。しかし食材や景品も無限ではない。増加する一方の来客を受け止めきれず、屋台のほとんどはソールドアウト状態に陥ってしまった。


「まさか、全部食い尽くされるとはなぁ」


 リスケルは想定外の人数に目を見張った。往来の人々は、飯も酒も無いと知るなり落胆したのだが、そこでアカイヤロが機転を利かせた。彼は手元にある楽器をかき集め、ヒルダ達をバックに歌を披露したのだ。十分な声量と伸びやかな歌い方は多くの人々を虜にし、野外ステージは瞬く間に熱狂の渦へと飲み込まれていく。


「まぁ、みんな楽しんでくれたんだよな。食いもんが無くても祭りは続くんだ」


「食べ物ならまだ残ってますよ……」


 場違いな程の恨み節を溢したのはエマだ。肝いりで持ち出した特製スープが、今もまだ鍋の半分近くを満たしている。


 どんな呼び込みをしても不人気で、たまに客が来たかと思えば、その大半が一口飲んだだけで突っ返してくる。ほぼ口のつけていないスープといえども鍋に戻す訳にはいかず、かといって捨てるなどもっての外。そのためスープ屋には、エマの補助としてギーガンも詰める事になった。立ち位置としては残飯処理という酷なポジションなのだが、ギーガンは実に嬉しそうである。


 今も彼女は椀から口を離すと、恍惚とした顔を覗かせる。刺さる人には刺さる料理なのであった。


「そうしょげるなよ。一応ここまでは順調なんだから」


「こんな結果おかしいです。この絶品が余り放題だなんて、何者かの邪魔が入ったに違いありません。不正ですよ不正!」


「落ち着けって、別に人気を競ってる訳じゃないんだぞ」


「ぐぬぬぬ……こんな屈辱堪えられない。絶対、さばききってみせますから!」


 瞳に覚悟と狂気を宿したエマは、辺り構わずとんでもない言葉を口走った。それはリスケルが思わず耳を疑い、2度見する程のものである。


「このスープに挑戦する人はいませんか、一杯でも飲みきったら、私の乳を揉みしだいて良いですよ!」


 こんな売り文句があっただろうか、冷静じゃないにしても暴挙すぎた。だが効果の程は小さくない。目の色を変えた男達が一人、また一人と訪れ、やがて列を作るまでになる。


 それでも結果は散々だった。男達は最初こそ勇んで椀を呷るのだが、すぐに絶叫とともに膝を屈し、遂には井戸の方へと駆け去ってしまう。そんな惨劇により、列も自然と解消されていく。もちろん美味しいだなんてコメントは一つすら聞こえない。


「くぅっ。人がこんなにも頑張っているというのに、どうして誰も認めてくれないんですか!」


「エッちゃん、スープもう一杯貰っても良い?」


「ギーガンさん……」


 エマの潤んだ瞳がギーガンの顔を見つめた。茫洋とした、まるで大海を思わせるような表情は、あらゆる傷心を受け止めるかのようである。たとえ大多数に認められなくても、料理を支持する声は確かに存在するのだ。


 そこでエマは、ウンと納得したように頷くと、再び高らかに叫んだ。


「そんじゃこうしましょう。一杯でも飲みきった人は、この爆乳美女の乳房を揉みまくって良いですよ!」


「エッちゃん、理不尽な約束しないで」


「どうですか、どうですか! こんな良い話、一生に二度も無いレベルですよ、挑戦しない訳にはいかないでしょ!」


 この言葉には群衆もどよめいた。彼らの瞳は眩いばかりの美貌と、無闇に膨らんだ胸元を往復する。しかし関門は厳しいとあって、強い興味は抱きつつも二の足を踏んでしまう。


 そんな人々を押しのけて現れたのは、やはりこの男。ラスマーオである。


「エマ、今の話は本当だろうな?」


「約束しましょう。フィーネ様の名にかけて」


「よしよし、それじゃあ一杯もらおうか」


 ラスマーオは並々と注がれた椀を受け取った。顔から離れているのに、湯気が目と鼻にダメージを与えようとする。


 だが乳房。育ちに育った双房は何モノにも替え難く、彼はためらわずに口をつけた。達成できるのなら、内臓が死滅しても構わないという覚悟である。


 そうして吸い込んだ汁は最初から残虐だ。口中のあらゆる組織を焼き尽くすかのような痛みは、意識をかっさらう程の威力がある。そもそもラスマーオは辛味が得意ではないのだ。


(キツすぎる……でも、負けるわけにはいかねぇ!)


 皮膚を焦がす痛みに堪えるべく、視線をギーガンの方へ向けて凝視した。胸元に実る膨らみは人間の頭サイズ、並んで2つ。その魅惑の塊がどれほどの快感を与えてくれるか、彼には想像もできない。未知なる歓びを手のひらにイメージしつつ、焼き切る様な痛みを、破裂しそうな辛苦を克服していく。


「おお、良いじゃないですか。あとちょっと、もう少し!」


「やめてエッちゃん。ギーガンは貞操の危機」


 ラスマーオは少しずつだが、椀の角度をあげていく。水平だったものが、やがて上を向き、とうとう器の裏面が覗けるようになる。


(へ、へへ。あともう少しだぜ……)


 気が早いことに、両手はすでに柔肌を求めて、概形に丸みを帯び始める。球形の物質を揉みしだくのに最適なフォームだ。飲みきった暁には、心の赴くままに暴れる事間違いない。


 揉んで、揉んで揉み倒す。そして勢い余って顔までうずめてやる。明らかなルール違反だが、ラスマーオはそこまで目論んだ。だが、その邪悪な意思はいただけない。運に見放されでもしたのか、彼の万全とも言える戦闘態勢が一瞬で崩れてしまう。


「ガッ、ガフッ!? ゲホッゲホ!」


「どうしました、あと一口ですよ頑張って!」


 声援も虚しく、ラスマーオは白目を剥いて倒れた。なんと気管支の方へ誤嚥ごえんしてしまったのだ。普通の水であればむせるだけで済んだのだが、相手が極悪すぎた。彼はとうとう絶望的な苦痛に負け、意識を手放すのだった。


「そんな……揉み会作戦でもダメだなんて……」


 失意の限界を迎えたエマは、その場で膝を屈した。見かねたリスケルが優しく肩を叩く。


「まぁ、あれだ。次からはもう少し控えめな味付けにすりゃ良いだろ」


「本当はもっと優しい仕上がりにしたかったんです。でも料理してるうちに、もっといったれって気分に誘われて……」


「次からは味見に気を遣うと良い。誰かに手伝いを頼んでさ」


「そうですね。ギーガンさん、今度からお願いできます?」


「まかせて。いっぱい頑張る」


「人選にも気を遣おうな」


 そんな祭りだ揉み会だと盛り上がる中、リスケル達は村から村へと渡り歩き、順調に進んでいった。このとんでもない侵攻作戦は国中に知れ渡り、王都ですらも噂で持ちきりになる。


 そのおかげで、リスケル達が都に差し掛かった頃、大きな事件が勃発した。


「我らの主は聖者様こそ相応しい!」


「人民を愛するリスケル様こそ仕えるべき主君!」


 なんと下士官達が一斉に反乱を起こし、兵士達も根こそぎ賛同したのだ。彼らは地方出身者ばかりだ。危険職に就いてまで家族を養おうとしたのだが、暮らしは貧しいままであり、今日という日まで苦痛を強いられてきた。その怒りが、興行をキッカケに爆発したのだ。


 王側につくのは高級将校や貴族のみという有様。とても戦にはならず、彼らは天を仰ぎ見ながら兜を脱ぎ捨てた。


「おいリスケル、見てみろよ。向こうから勝手に門が開いたぞ」


「マジかよ。それは嬉しい誤算だな」


 王都を張り巡らす堅牢な防壁も、開かれてしまえば用を為さない。リスケルはラスマーオとエミリアだけを連れて、外壁へと迫った。すると第一の門、第二の門と次々に開け放たれ、遂には城門すらも同じ運命を辿った。


 抵抗するものの無い城である。両手を挙げて喜ぶ者、呆けて空を眺める者を横目に、リスケル達はとうとう王の私室にまで至った。


「あい、お邪魔しますよっと」


 扉を蹴り開けて乗り込むと、そこにはグラナイスト王がいた。床には大きな麻袋が転がり、その口からは金銀財宝が溢れている。


「へぇ。不利になった途端、逃げようってのか。あんだけ偉そうにしてたのによ」


 ラスマーオが拳を鳴らしつつ歩み寄る。この場には、無礼だと咎める者も、追い返そうとする兵士すらも居ない。先日までは絶対的な王として君臨していた男も、今やただの老人でしかないのだ。


「ヒィッ。た、助けてくれぇ!」


「今更それはねぇだろ。大勢の人を犠牲にしておいてよ」


「ワシはそそのかされたんだ。そうだ、全てはシアンが悪い! アイツさえ居なければ、あのような暴挙など考えもしなかったのだ!」


「……シアンって?」


「リスケルは知らねぇか。いわゆる国の高官ってヤツだ」


 リスケルは不意に胸がドクンと脈打つのを感じた。知らない人物を相手に、何か強い引っ掛かりを覚えたのだ。その感覚は瞬く間に膨らみ、やがて1つの警告が頭を占める。


 その男は危険だと。


「そのシアンって奴はどこにいる。王宮か?」


「下の研究室だ。おそらく、ここ最近は精霊石やら魔法の実験に没頭しているハズだ」


「研究室か、すぐに行こう!」


「なぁ聖者殿。ワシを許してくれるか? この憐れな老人を解放してくれるか?」


「えっと、アンタはとりあえず牢屋行きだ。どうするかは落ち着いてからゆっくり考える!」


 リスケルは兵士に尋ねては、すぐに駆け出した。その後をラスマーオ達が慌てて追いかける。


「リスケル様、いったい何を急ぐのですか?」


「ヤバイ。さっきのシアンって男は危険だ、絶対に捕まえるぞ!」


「その根拠は何なのです?」


「勘だよ勘、理屈なんかこれっぱかしも無ぇ!」


 王宮の1階まで駆け下りると、際立って目立つ鉄扉を見つけ、勢いよく蹴破った。


「大人しくしろ、聖者だぞオラァ!」


 リスケルの怒号が暗い室内を反響する。だが、相対する者は一人もおらず、不気味な静けさが漂っている。ただ聞こえるのは、室内唯一の窓辺で、風にたなびくカーテンが壁を擦る音だけだった。




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