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第58話 魔人の集う夜に

 リスケル達は真東に侵攻を開始。オレルーワ山脈の北から途上の村を巡り、富裕層の多い街は避けつつ、最後は王都へと至るルートだ。一応は軍事行動であるのだが、様相はどうにも行楽に近い。


 先頭を行くリスケルはふと背後を振り向いた。馬車列を挟むようにして行軍する獣魔人、空から随行する砂賊達は良いにしても、士官ポジションの面々は気を抜いていた。


「お前らさ、もっと緊張感を持てよ」


「別に良いだろ。どうせ手強い敵なんざ出てこねぇんだから」


 ラスマーオは返事とともに大あくびを漏らした。快晴の空から降り注ぐ日差しが眠気を誘うのだ。ちなみにエミリアは両肩に精霊と小鳥を侍らせて遊び、ギーガンに至ってはエマの激辛スープを何度もつまみ食いする始末。とても行軍中とは思えない振る舞いばかりが並んだ。


「そう言えばセシルは?」


「村に居残り。陛下の看病するって」


「まぁ、別に良いか」


「どうしたの。何を怒ってるの?」


 ギーガンが唇の周りを紅く染めながら尋ねるのを、リスケルは答えずに前を向いた。彼自身でも理解が出来ていない。なぜこうも焦燥感に襲われるのか。


 侵攻そのものは順調だ。グラナイスト側の反抗はあるものの、散発的で要領を得ない。たまに500人程の部隊が攻め寄せてくるのだが、ラスマーオやギーガンによって手もなく捻られるばかり。リスケル達の足止めすら出来ない抵抗だけが続いたのだ。


 ならばどうして苛立つ。王都を陥落させれば、人魔併合の世に向かって大きく前進するだろう。目標は着々と現実味を帯びているのに、なぜなのか。その答えが一向に見つからず、言語化できない不安に1人苛まれるのだった。


「よし。もうじき村に辿り着くな」


 日暮れ時、侵攻して最初の村へと差し掛かった。村人たちは家屋に隠れて震えるばかりとなり、外には人っ子ひとり見当たらない。そんな村が夜を迎えれば一層静まり返るので、無人の様にしか見えなかった。


 そうして村全体が恐怖にすくむ中、辺りには酷く場違いな声が鳴り響いた。


「さぁいらっしゃい。どれもこれも好きなだけ、どーじょ!」


 少女の底抜けに明るい声が村のあちこちで聞こえるようになる。略奪でも破壊工作でもない。ただ何かを譲ろうとする言葉に、村人達はただ困惑した。締め切った木窓から溢れる暖色の光。賑やかな喧騒、極めつけに香ばしく漂う匂い。


(いったい、何が……)


 とある青年が痩せ細った腕を伸ばし、窓を開けてみた。すると彼の眼には、この世とも思えない光景が飛び込んでくるではないか。


 辺りは人、人、人だらけ。簡素な店が通りに軒を連ね、馴染みのない料理が次々と生み出されていく。料理だけではない、酒の匂いも漂っており、既に何人かは顔を紅く染めていた。


 だが見るべきは魔族の存在だ。人も魔も交じり合う光景は、彼にとって衝撃的だった。魔族とは相容れない仇敵であり、それは相手方にとっても同じで、姿を見られただけで襲われると聞いていた。だが、眼前の光景は全くの逆である。


(お、オレは、夢でも見ているのか……)

 

 彼は楽園のような雰囲気に誘われ、戸外へと身を乗り出した。すると足元の方から声をかけられた。顔を向けてみれば、無邪気に微笑む少女達の姿がある。


「はい、おはなです。どーじょ」


「これを付けてね。そしたら、ご飯も遊びも、好きなだけ楽しめるの」


 男は訳も分からずに受け取ると、その華をしげしげと見つめた。これが参加証なのだという。とりあえず、言われるがままに胸元に空いた穴に突き刺し、往来を歩いてみる。


 様々な店が並ぶ通りを窺うように歩いた。次から次へと鼻に押し寄せる香り、瞳に飛び込む光景に、彼は勝手が分からず縮こまる。そうして立ち止まると屋台から声をかけられたのだが、その相手には一層驚かされてしまう。


「そこの痩せこけたアンちゃん。ミッドグレイス名物の肉団子はどうよ?」


「えっ、アナタはもしや、聖者様では!?」


「そう驚くなって。それよりもホラ、美味いから食ってみな」


 敵意の感じられない笑み、そして獣脂の強い匂い。青年は空腹に耐えかねて、そっと木串を受け取った。恐る恐るかじりついてみた所、思わず両眼を大きく見開いてしまう。


「う、美味い! こんな食べ物は初めてだ!」


「そうかいそうかい。他にも色んな食い物があるからな、酒だって浴びる程ある。腹が膨れりゃ美人さんと踊っても良い。好きなように夜を明かしてくれ」


「あの、お金は……」


「つまんねぇ事を心配すんな。その花を受け取ったんなら、全部タダで良いよ」


 青年は木串を口から離して胸元を見た。それはほの明るく光を発しており、不思議な安らぎを感じさせてくれる。その光がひとつ、またひとつと通りに現れると、付近は夜闇をはねのける程に明るくなっていく。彼は言葉にしがたい喜びを覚え、鼻から目一杯に息を吸い込んだ。


 開始当初に見られた困惑は、もはや微塵もない。唐突に開かれた祭りは大盛況だ。


 例えば酒場。そこは大人たちで全ての席が埋まり、肩を寄せ合わねば入り切らない程の人気があった。かつてない量の酒もそうだが、アカイヤロを始めとしたホスト達が、客を選ばずもてなす為だ。


「税の取り立てが厳しくってさぁ。どんなにどんなに働いても手元に残らないんだよ」


「それは辛いねぇ奥さん。それももうじき終わるよ」


「本当かい、魔族の兄ちゃん。未来は変わるってのかい?」


「僕らと一緒に豊かになろうよ。人族が知らない魔法とか、料理とかあるからさ、色々と役に立てると思う」


「あぁ良かった。子供たちを人買いに売らないで……頑張って耐え忍んで良かったよぉぉ」


「ホラホラ泣かない泣かない。せっかくの夜だ、笑って飲み明かそうよ」


 こうして愉しむのは大人だけではない。子供達は、肉にお菓子にと腹を満たしたなら、目新しい遊びに熱中している。


「おめでとうございます。特賞が当たりましたよ」


 ガランガランと大きな鈴の音が鳴る。そこは輪投げ屋だ。みごと最難関ミッションをクリアした少年に、エミリアが立派な弓を手渡した。


「これはヨーチの弓という由緒正しき品です。アナタが大人になったら、ぜひ使ってみてくださいね」


「すっごい、銀色のピカピカだ。綺麗だねぇ!」


 少年が急ぎ自宅に駆け去ろうとする脇では、ラスマーオが大きな木箱を前に呼び込みをしていた。


「どうだい嬢ちゃんたち。ミニラビットは初めて見るのかい?」


 幼い姉妹が無言で頷く。興味はあるのだが怖くもあり、手を伸ばそうとまではしない。ラスマーオは一頭を摘み上げると、そのまま姉の方に手渡してみる。すると、少女は慌てて両手で受け取りつつも、やがて瞳を優しいものに変えた。


「可愛い……それと、毛がやわらかいね」


「きゅっきゅ」


「お姉ちゃん、鳴いたよ! この子、いま鳴いたの!」


「どうだい。ミニラビットは人懐っこいし、割と賢いからシツケも簡単だぞ」


「でも、ウチは貧乏だから……」


「食い物を気にしてんのか? だったら心配は要らないさ、なにせ食べるのはその辺の草花だからな。金だってかからないぞ」


 その言葉に姉妹は互いに顔を見合わせると、そのまま自宅の方へと駆けていった。村の中央に集まる人垣を分けて、手のひらの命を大事に抱きながら。


 そして、少女たちが駆け抜けた村の中央では、ヒルダが多くの耳目を集めていた。


「ホラホラ。アタシを満足させられる奴は居ないのかい?」


 手当たりしだいに老若男女を壇上に上げては、熱い踊りを披露していた。パートナー達は代わる代わる相手を務めるのだが、ろくにステップすら踏めず、群衆の笑い声を誘う。だがそんな最中、意外な人物が自ら壇上に登った。


「ええと、爺さん。何の用だい?」


「ワシはこの村の長を務めておる。魔人のお嬢さん、踊りに付き合ってはくれんかね」


 この申し出にヒルダは顔をしかめた。何せ相手は腰の曲がった杖突きの老人である。とてもパートナーが務まりそうになかった。


「心配は要らんよ。ワシはこう見えても、都で働いておった。たしなみ程度には心得ておるよ」


 その言葉に偽りはなかった。杖を手放すなり、彼の動きは緩やかながらも機敏さを増し、ついには背筋まで伸びるようになる。


「へぇ。意外とやるじゃん。腰を痛めって知らないよ」


「なぁに、10は若返った心地じゃ。問題なかろう」


 これには周囲も大盛りあがり。真夜中とは思えない歓声が夜闇を賑やかに染め上げていった。


 それからも宴は続いた。飲んで歌って食べては笑い、時には涙すらも見せながら過ぎ去った一夜。次なる朝を迎えた今、全てが夢であったかのように、寒村は本来の静けさを取り戻していた。


(何だったんだろ……あれは)


 ただ呆ける村人たちだが、決して夢幻ではなかった。あばら家で銀色の弓が日差しで煌めき、また別の家ではキュッキュと走り回るウサギがおり、井戸の傍らには忘れ形見のように梱包済みの食材が添えられていた。


 そして何よりも感じるのは胸の温もり。花はすでに枯れ落ちているが、彼らの心には、忘れがたい一夜が刻み込まれているのだった。まるで魔人たちが旧来の友であったかのような、特別な夜が。



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