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第55話 最強幹部の大手柄

 ネイルオスが村を発ち、フアング達も寝室を後にした頃。セシル達は絶対安静の体制下、治療師の見守る中で眠りに就いていた。


 ランプの灯は消され、月明かりだけが差し込む室内。2つ並んだベッドの片方で、セシルは自身の異変を感じていた。


 身体の芯が燃えるように熱い。患部とは違う、もっと腹の奥底に火が点いたようになり、眠りは必然的に浅くなる。また手足の関節も激しくきしみ、身悶える程に痛んだ。更には胸も苦しく、酷い息苦しさまでが襲いかかってくる始末。


(これは、一体何が……!)


 まどろみの中、逃れようと必死に伸ばした手。それを何者かが握り、不安げな声を投げかけた。


「セッちゃん、大丈夫?」


「この声は……ギーガン」


「傷が痛む?」


「いえ、そういう感じではありませんの」


 セシルは、ジットリとした疲労とともに身を起こしてみたが、背中には痛みも突っ張る感じもない。包帯さえなければ怪我の事すらも忘れてしまいそうだ。


 それはギーガンも同じであり、包帯が赤黒く染まってはいるものの、傷口は完全に塞がっていた。


「回復魔法、かしらね。それにしては利き過ぎているような」


「ねぇセッちゃん。どうして急に成長したの。特におっぱいとか」


「何を言って……って、あらぁ?」


 ギーガンの言葉に嘘は無かった。セシルの上半身は、素肌に包帯が巻かれているのだが、胸元が別人のように膨らんでいる。豊かな双房が潰されているがために、相当な息苦しさを感じたのだ。


 また、手足も大人と変わらない程に伸びている。ふくらはぎまで覆っていたスカートは膝上に掛かる程度であり、腰周りも脇が破けて、スリットでも入れたようになっていた。


「これはもしかして……!」


 セシルは周囲に眼を向けた。すると枕元には精霊石が置かれていた。芯まで黒く染まっており、半透明の結晶からは程遠い色味をしている。それは役目を終えた事を無言で語るかのよう。


「力が、ワタクシの力が戻ってますの!」


 セシルは指先に火球を呼び出すと、室内を縦横無尽に駆け巡らせた。そして合図と共に掻き消してみせる。かつて誇った魔力と遜色のないものだった。


「ギーガン、アナタも試して御覧なさいの」


「えっと、サモンドアーム」


 そう呼びかけると、ギーガンの右手は無骨な装甲に固められた。重量感のある装備も、彼女はいとも容易く身につけてみせた。また、鎧の送還までもが滞りなく成功する。


「できた……本当だ」


「あぁ素晴らしいですわ。早くネイルオス様にお知らせしなくては……」


 その時、窓の向こうが鮮烈に輝いた。遠く離れていても視認できる閃光は、紛れもなく魔法によるものだった。


「今のは、ネイルオス様の?」


「急ごうセッちゃん」


「そうですわね。行きますのよ」


 セシルは上半身の包帯をブツリと切り捨て、豊かな胸を露わにした。ここ一番の戦闘では裸になる奇癖を持つ彼女だが、どうも気が乗らない。結局はシーツを元に、ノースリーブのワンピースを作り、それを間に合わせの服とした。


「お待たせですの。さぁ参りますわよ」


 セシルは、椅子で眠りこける治療師の横を静かに通り過ぎ、そして窓から月夜に向かって飛び出した。ギーガンもその後に続く。


「セッちゃん、ギーガンは飛べない。抱っこして」


「飛べないなら、自分の足で走りなさいですの」


 セシルは上空まで舞い上がると、遠くに戦場らしき場所を見つけた。木々は倒されている様子から、激しい戦闘なのだと目星をつけた。


「あそこですわギーガン。ワタクシに付いて来なさい……って、どこへ行きますの!?」


 ギーガンは割と見当違いの方へと全力疾走していた。それをどうにか軌道修正し、修正に修正を重ねた結果、やっと戦場へとたどり着いたのである。


「さぁネイルオス様、お疲れでしょう。お休みなさいませですの」


「待てセシル。あの敵は厄介極まる連中だ。甘く見ると命に関わるぞ」


「ええ、確かに面倒な相手ですわ。でもご安心なさいませ、解析なら既に完了しておりますの」


 そんな頼もしい言葉とともに、セシルはギーガンと肩を並べて立ちふさがった。


 対する敵軍の指揮官は油断しきっている。それどころか、2人の美女を目の当たりにしたことで、顔を邪悪に歪ませた。


「クックック。随分な上玉がやって来たものだ。これは必ず生け捕りにしなくては愉しめんなぁ」


「しかし華奢です。全員の相手を終えた頃には、どうなってしまう事やら」


 下卑た笑いが渦を巻く。そんな悪意に晒されても、セシルは動揺をみせず、むしろ鼻で嘲笑うばかりだ。


「これで正規軍だと言うのだから、嘆かわしいですわ。もっとも、ワタクシは絶世の美女ですので、欲情しても仕方ないですけど」


「セッちゃん。ギーガンも美女。超強いから」


「ええそうね。ワタクシたちは強く、気高く、そして……」


 セシルが闘気を身にまとい、ギーガンは全身を勇壮な鎧で固めた。


「侮辱を決して許さない!」


 お互いにそう叫ぶと、先手を仕掛けた。セシルは詠唱を始め、ギーガンは敵陣に深く切り込んだ。


「ギーガン、敵をなるべく1か所に集めるのですわ!」


「わかった。任せて」


 迎え撃つノッペラトゥは単調な攻撃に終始した。腕を伸ばして掌打を繰り返すという愚策だ。岩をも砕く破壊力があるとはいえ、その程度ではギーガンに通用しない。小石が触れたようなものだ。


「よくも陛下を。覚悟して」


 万全のギーガンは近接戦闘において、ほぼ無敵である。怪力を誇る化物であろうと、彼女の力には対抗できず、容易く屈してしまう。腕を握っては投げられ、足を掴んで投げられ。そんな一方的な戦闘が続く内、ノッペラトゥ達は身を寄せ合うように集められた。


「よっしゃ。今度はワタクシの番ですわ!」


 セシルが魔法を唱えると、空には大火球が出現した。夜空を焦がす程の熱量は、地面に激闘するなり一帯を獄炎地獄へと塗り替えた。しかし、それほどの魔法であっても通用しない。ネイルオスを超える程の力でなくては、おしなべて無効化されてしまうのだ。


 その様は指揮官の立ち位置からもよく見える。そして、勝ちは揺るぎないのだと確信した。


「ワッハッハ。無駄だ無駄。攻撃魔法など通じぬわ。まぁ仮に通じたとしても、今度は精霊石の暴発が待っているんだがな!」


「フフン。魔法の何たるかを知らない愚かなニンゲンさん。オモチャが壊れゆく様を、そこで黙って見ていなさい」


「チッ、負け惜しみを。そのクソ生意気な顔がどう泣くのか、今から楽しみだぞ!」


 セシルは罵詈雑言を聞き流しつつ、戦場を注視し続けた。炎に焦がれながら立ち尽くすノッペラトゥ達から、片時も眼を離さず、その時を待つ。


(今ですわ!)


 機を捉えたセシルは炎を掻き消した。そしてすかさず魔法を浴びせかける。今度は真逆の属性を持つものだ。


「あまねく咎よ亡霊よ、求めて止まぬ温もりを引き裂いて奪い尽くせ。イービルブリザード!」


 先ほどとは打って変わって、今度はノッペラトゥに極寒が襲いかかった。指先、足先が破けては凍りつき、やがて全身が氷柱に包み込まれた。


「な、なぜだ! どうして魔法に飲まれるのだ!」


「無知なおバカさんに教えてあげますわ。魔法無効とは、真逆の力を同等にぶつけるモノですの」


「それが何だという!」


「ハァ。まだ分かりませんの? 最初に炎を浴びせたでしょう。それで精霊石の性質は氷属性の方へ傾きましたの。獄炎と対抗できるくらいですわ。そこへすかさず氷魔法をブチ当てたのですから、石の属性変化など間に合わず、自ら冷やそう冷やそうと温度を下げていきますの」


「そ、それは、つまり……」


「こうなれば、化物どもは自力で復活できませんわ。永遠に不格好なオブジェとなるかしら」


「聞いてない! こんな欠陥があるだなんて、シアンの奴め!」


「まったく。この程度の知識なんて魔界では常識ですのよ」


 そうだったのか、とネイルオスは胸の内で叫んだ。彼は体質上、戦闘に向いてはいないので、知らずとも無理はない。


 だが、敵の指揮官が知らないのは致命的だ。もはや彼らが頼みとする生物兵器は、指先ひとつ動かせはしないのだ。


「さてと、ギーガン。やりますのよ」


「そうだね。最後の仕事が残ってる」


「あのクズどもを掃除しなきゃねぇぇ」


「ヒィィ! 助けてくれぇーーッ!」


 残された騎兵たちはその場で馬首を返し、一目散に駆け去って行く。しかし逃げ切れない。セシル達の追撃は執拗で、それでいて粘着質。猛追はネイルオスの視界から外れた今も続けられていく。


 誰かの絶叫が響くと、馬の駆け去る音が続いた。その次も絶叫に馬、絶叫、馬と繰り返されていく。そして遥か彼方から届くひづめの音を最後に、辺りは静けさを取り戻した。


 もはや虫の音すら聞こえない。


「ネイルオス様、おまたせしましたの」


 帰還したセシルも、鎧を送還したギーガンも、随分と清々しい顔で戻ってきた。整った顔を綻ばせ、額の爽やかな汗を拭うのだが、その手は血と泥で汚れきっている。


「連中を全て始末したのか」


「野蛮にブッ殺したりはしませんのよ。奴らを逆さにして、首から上を地面に突き立ててやりましたの」


「セッちゃん、凄い楽しそうだった」


「ちなみに、下半身は素っ裸にしてやりましたの。顔が埋まっては呼吸が出来ませんからね、せめてもの慈悲ですわ」


「人族って、お尻から呼吸できるの?」


「そんなこと知りませんわ。根性次第じゃないんですの」


 ネイルオスはそこまで聞くと、意識が遠のくのを感じた。仲間の復活による安心、そして怒りの一幕が徒労だと知り、胸のうちがゴチャゴチャと騒がしくなる。


 それはやがて眠気を誘い、強烈な睡魔となって押し寄せてきた。


「ネイルオス様、お疲れなのですね?」


「しばらく眠る。あとは頼んだ」


「もちろん。揺りかごに乗ったつもりでお休みなさいですの!」


「ゆっくり寝て、陛下」


 そこでネイルオスは意識を手放した。薄れゆく意識の中、自分の身体がギーガンの肩に担がれるを感じつつ、深い眠りへと落ちていった。


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