第52話 昨晩はナイショのひととき
「業火よ敵を焼き尽くせ、インフレイム!」
眩い太陽を背に受けたエミリアが、中空で杖をかざし、そして振り下ろした。そうして生まれたのは4つの大火球。それは地面スレスレに浮かびながら一点だけ目掛けて疾走し、混ざる。すると天までも焦がす大火焔となり、立ち昇る炎がノッペラトゥ達を飲み込んだ。
「どうだ、やったのか!?」
ラスマーオは熱風から顔を庇いつつ、効果の程を探った。リスケルも必死に火柱を注視する。肺を焦がすような熱量から、かなりの破壊力を期待できた。
だが結果は予想通りだ。彼らの瞳には真っ赤な炎が猛狂う様と、無傷のままで立ち尽くすノッペラトゥの姿が映る。陽炎の向こうで、一体すら損なう事なく、全てが健在のままであった。
「やっぱり効かねぇか、クソが!」
「見ろラスマーオ。腹の所が光ってる。きっと精霊石が攻撃魔法を寄せ付けないんだ」
「それは分かってんだよ。んで、作戦は?」
「その前に良く見ておけ。石の位置をしっかり覚えておくんだ」
「何のためにだよ……ったく」
2人はそれからも睨み据えた。光るのは腹の真ん中、人間で言うヘソに当たる部分だ。どれも同じ場所が輝いており、個体差があるようには見えなかった。
「よしエミリア。次は別の魔法を頼む、足止めだ!」
「わかりました。大地の精よ、邪なる悪意に堅き泥の戒めを。マヌドーア!」
火焔地獄の次は泥の沼が現れた。先程の火焔により、雪だけでなく凍土でさえも溶けており、既にぬかるみが生まれている。そこへ更に魔法が加わり、広範囲に深き沼が現れた。
ノッペラトゥ達はというと、全く対応ができていない。足は完全に飲み込まれ、膝から下が泥の中だ。
「おお、魔法が効いたぞ!」
「直接攻撃した訳じゃないからな、狙い通りだ」
「そんでよ、こっからどうすんだ?」
「ようやくオレ達の出番だぞ。言う通りに攻撃を仕掛けてくれ」
リスケルの説明は簡潔だった。ヘソの部分は避けて、身体の上下を瞬時に切断させるというものだ。そこですかさず精霊石を取り出せば無力化できると踏んだ。
ただし傷が浅くても、時間をかけても失敗。敵の復活を許さぬよう、速攻が求められる状況だった。
「うっへぇ。それを2人でやんの? この数を?」
「他に誰が居るってんだ」
「なぁ、直接腹に手を突っ込むっつうんじゃダメなのか? ヘソのとこだけゴッソリ掴み取るって感じで」
「それでも良いけど、敵も反撃してくるぞ。攻撃を避けながらやるんだ。うっかり石に傷でもつけてみろ、またさっきみたいに……」
「リスケル様、お急ぎください! 私の魔力では長く保ちません!」
「だとよ。気合いれろラスマーオ」
「チックショウ! こうなりゃヤケだ!」
二手に分かれたリスケル達は、敵陣の両端から挟むようにして攻勢を仕掛けた。近寄れば反射的に掌打が飛んでくる。それらをヒラリとかわし、最初の一体を細切れに打ちのめした。そこで露わになる石を掴んで放り投げると、目の前の敵は動きを完全に止めた。
一体目の残骸を足場にして次、またその次へと標的を変え、泥沼の上で戦い続けた。このようにして序盤は問題なかったのだが、常に疲労は付きまとう。
「ヒィ、ヒィ。あと何体くらいだ!?」
「まだ半分もいってないぞ!」
「くぅぅ。こいつは疲れっぞ!」
順調に敵を無力化させる中、森に潜むグラナイスト軍が攻撃を始めた。ただし、弓矢を射掛けるという消極的なものだ。それらの全てはノッペラトゥに突き刺さるのみで、リスケル達の攻勢を止めるには至らない。
「遠慮なしか。この化物はアイツらの味方だろ?」
「不死の生物だもんな。それに意思とかも無いみたいだし」
「だからって、この仕打ちは可哀相だよな!」
それからの展開も一方的だった。ノッペラトゥも、グラナイスト軍も反撃し続けたのだが、リスケル達には通用しない。
そして最後の一体が動きを止めた頃、足元の沼も消えた。
「うわぁぁ疲れた! もう戦えねぇぞ!」
ラスマーオが仰向けになって寝転がる。続いてエミリアもふらりと降りてきたのだが、顔面は蒼白だ。こっちはこっちで大仕事だったのである。
「リスケル様、ご無事でしょうか? お怪我は? どこか痛い所があれば治しますよ!」
「おうよ。めっちゃくちゃ疲れたけどな、怪我はないぞ」
「おぉいエミリア。オレにも優しい言葉をくれよ」
「ラスマーオさんもお疲れさまでした。見た感じでは平気そうですね」
「分かってたけどよ、格差がヤバすぎんぞ」
「いやそれよりもだ。残りの敵はどうした? 森の中にグラナイストの歩兵が……」
「算を乱して逃げてますね、追い打ちしますか?」
エミリアが眼を向けた方は、割と騒がしくなっていた。残党は武器も軍旗も投げ捨てて、我先にと逃げ出そうとする。しかし足元は雪の混じった凍土。軍靴はツルリと滑りまくり、団子になって転げ回るなどした。
「まぁ、良いよ追わなくて。アイツらだけで何か出来るとも思えない」
「そうですね。ノースレイクを通って帰るのでしょうが、残党狩りに出くわすと思います。国を滅ぼされた恨みを晴らす機会を、しっかりと用意してあげなくては」
「オレはそんなつもりで言ったんじゃないけどな」
リスケルは気怠くなった両腕を伸ばし、背中を反らせると、前触れ無く言った。
「腹減ったな。モーシンの所へ行こうぜ」
「良いなそれ。旨いもん食わしてもらうか」
「あの、お2人とも。スノザンナ王は瀕死の重傷だと思うのですが……」
「手当して離脱したんだから平気だろ。簡単に死ぬようなヤツじゃない」
「それはそうかもしれませんが」
「あとな、聖地の神殿に連れてけば完治するぞ。それこそ死にかけてても復活するんだから」
「そうなのですね、さすがは精霊神様。感謝してもしきれません!」
エミリアは感じ入ったように空を見上げた。リスケルはその横顔を眺めつつ『魔人に生まれ変わる可能性もあるけどな』という言葉は飲み込んでおいた。
それからは足跡を辿り、スノザンナ軍陣地まで足を運んだ。戦勝報告を聞くなり、見張りから負傷兵まで1人残らず声をあげて狂喜する。リスケル達はむず痒いような笑みを浮かべつつ、雨あられと降る称賛の声を浴び続けた。
それからは王の所在を問うと、中央の幕舎に居ると言うので、そそくさと感激の渦から逃れた。
「王様、調子はどうだ?」
入り口をまくりながら問いかけると、やはり心配するまでも無いのが分かる。スノザンナ王は、ベッドに腰掛けつつ身体を起こしていた。隅では将校が肉を焼いており、これから食らおうというのである。
「おう聖者殿。その様子からすると勝ちを収めたようだな」
「言ったとおりだろ、心配いらないって」
「えぇ……。常人なら気絶してる深手なんですけども」
エミリアは王の左肩に眼を向けた。二の腕はきつく包帯で縛られ、その上で患部が氷魔法で凍結されている。それなのに快活に笑ってみせるあたり、常人とはかけ離れた体力だと痛感させられる。
唖然とするエミリアをよそに、王に骨付き肉が手渡された。パリパリの皮から香ばしい匂いが立ち昇り、脂も小気味好い音とともに泡となって弾ける。そこへ振りまかれたミドリシオの岩塩が溶けて馴染み、香りを上乗せさせるので、一同の空腹を強く煽った。
「腹減ったなぁ。オレもなんか食いたい」
ラスマーオの呟きにスノザンナ王は眼を光らせた。獰猛に歪む顔は、負傷者のそれからはかけ離れたものだった。
「ワシとしたことが宴の用意を失念していた。いや済まぬ。急ぎ城へ戻り盛大に祝おうではないか」
「う、宴……?」
何かを予見してリスケル達が後ずさる。だが逃げ道は瞬間移動でもしたかのように、スノザンナ王によって塞がれてしまう。
「どこへ行く、聖者殿。ワシの歓待に不服でも?」
「いや、それはだな……」
「筋肉紳士殿。そなたとは久しぶりにジックリと語り合いたいのだ。たとえば、そうだな、下腿三頭筋のキレ味などについて」
「オレは、その……なんつうか」
ここで断れるのなら、どんなに楽だろうか。人魔併合においてスノザンナの協力は欠かせないので、不興を買うのは得策ではない。だが、この提案に乗ってしまえば、どんな『余興』に付き合わされるか。ただただ恐ろしい。
そうして2人が口ごもる中、知恵袋エミリアがそっと呟いた。
「そういえばラスマーオさん。たしか労いの言葉が欲しいとか、どうとか」
「うぉい!」
「何だそうだったのか、素直に申せば良いものを。称賛の言葉であればワシ自らくれてやろう。夜通しで褒めちぎってやろうぞ」
「ちょっと、おい、助けてくれよ大親友!」
「聖者殿も当然来るのであろう?」
リスケル窮地。しかしそれもエミリアの機転によって難なく回避される。
「我々は後処理を任されようかと。避難民の救助や捜索など、やるべき事は多いのです」
「ちょっとエミリアさんん!?」
「ふむ、一理あるな。ではワシは筋肉紳士と2人きりで祝う事にする」
「いやオレも、リスケル達と一緒に救助を頑張ろっかなーーって……」
「さあ行こう、やれ行こう。サウナでは傷に障るので、まずは水浴びだ。肌がふやけきるまで存分にな!」
「イヤァァァ助けてぇーーッ!」
スノザンナ王はラスマーオを脇に抱えて幕舎の外へ飛び出し、やがて馬車に乗っていった。野太い悲鳴を辺りに撒き散らしながら。
その一方で、幕舎の中は不気味なくらいに静かだった。
「行っちまったな……可哀想な事をした」
「苦しい選択を迫られたものです、仕方ありません」
相当な気まずさを感じつつも、とりあえずリスケル達は捜索を開始した。迷子や行き倒れを見つけては適切に保護し、仲間の元へと返してやる。そうして夜更けまで休みなく働くと、陣地内の固い地面の上で眠った。
今頃ラスマーオは、温かな王宮で美味い飯を愉しんでるかもしれない。そう思えば、昼の仕打ちに対する罪悪感も薄れてくる。リスケル達は干し肉と塩スープを口にしたくらいなのだから。むしろ役得を与えてやったのだという気すらしてくる。
それから夜を明かし、昼頃になるとラスマーオが戻ってきた。馬車の荷車に乗って、頭をユラユラと揺られながら。
「お、おかえり。楽しんだか?」
リスケルは絶句しかけるも、掠れた声を出した。戻ったラスマーオの顔は、まるで痩せこけたヘチマのよう。血色も酷いもので、昨日の面影など全く無かった。
「り、リスケルくん。ぼくねぇ……」
「さぁ行こうか。ミッドグレイスに早く戻ろう!」
「エミリアしゃん、あのね……」
「どうやら馬を貸していただけるそうです。帰りは楽になりますね!」
「おっ、それは助かるな。じゃあ行こうか!」
リスケル達は、後ろめたいものを振り払うようにして、スノザンナを出立した。馬を駆り立て、時々落馬しそうになるラスマーオを補助しつつ、ひたすら南下していく。
帰路も天候に恵まれた。行き先の空はどこまでも青い。
(あぁ、昨晩は何があったんだろうな……)
湧き上がる疑問を口には出さず、晴空の向こう側に浮かべて消した。




