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第51話 未知なる強敵

 街道を猛進するリスケル達は、やがて雪の世界へと足を踏み入れる。積雪は少ないものの、地面は凍てつき、踏み固められた雪が足を掬う。悪路だが、のんびりと歩むヒマは無い。リスケルとラスマーオは風のように駆け抜け、その背後を飛翔するエミリアが追う。


「景色を懐かしむ様な状況じゃねぇよな」


 雪化粧の向こう、北東の方角にはいくつかの煙が立ち昇っている。炊事のものでない事は容易に想像がついた。急げ、とにかく急げ。雑談する時間さえも惜しくなり、ただひたすらに駆けていった。


「エミリア。こっちの方角で合ってるのか?」


「はい。間違いありません。精霊がそう告げていますから」


 人智を超えた移動速度は馬よりも速い。通常の5倍、10倍もの速度で突き進んだ。スノザンナ兵との合流地点まで、一刻も早く辿り着かねばならない。そうして国の中部まで差し掛かった頃に数人の騎兵と出くわした。リスケルは先頭の男と目が合うなり、親しげな声をだした。


「モーシン、無事だったか!」


「聖者殿、お待ちしておりました。アナタ方が援軍とは心強い!」


「敵はどこに居る。案内してくれ」


「それよりもお疲れなのでは? 陣地で小休止をされた方が」


「要らねぇよ。ただ移動してきただけだ」


「承知しました、ではコチラへ!」


 モーシンは馬首を返して北上を始めた。手下の騎兵はもちろん、リスケル達もピタリと後に続く。


「状況はどうなんだ?」


「すでに2つの村を焼かれてしまい、人的被害も少なからず出ております。しかし今は、我が父がどうにか敵の侵攻を食い止めている状態です」


「へぇ、親父さんが前線に出てんのか」


「父は王にして、国最強の武人ですぞ。そしてラスマーオ殿の到着を知れば、武技はさらに磨きがかかる事でしょう」


「うげっ。勘弁してくれよ……」


 ラスマーオは疾風で駆けつつも顔をゲンナリとさせた。いつぞやの様に『筋肉サウナ』に招かれるかと思うと、つい引き返したくなる。彼は身体を鍛える事は好んでも、他人の筋肉を褒める事には馴染めなかった。


「ここからは下馬し、徒歩で参りますぞ」


「戦場はまだ遠いのか?」


「いえ、この丘の向こう側です」


 リスケル達は膝まで埋まる雪を蹴散らしながら猛然と駆けていった。モーシン達と徐々に距離が開いていくものの、もはや案内は不要だった。すでに戦の喧騒が耳に届いているからだ。


「居た、あそこだ!」


 丘の上に立てばそれが見える。スノザンナ軍とノッペラトゥは真っ向からぶつかり合い、激しい戦闘を繰り広げている。迎え撃つスノザンナ軍は500人以上で、雪上に展開する敵はおよそ100人程度。ただしグラナイスト本隊は森に身を隠しているので、リスケルの位置からは確認が出来なかった。


 スノザンナ兵は果敢だ。強大なる怪物の群れに恐れる事無く、何度も何度も突撃を繰り返しているのだから。さすがは武闘派の国だ。リスケルは感心するのだが、近寄ってみれば実情との違いを知る事になる。


「陛下、前線は危険にございます。どうか後方へ!」


「ワシより前に出てみよ。さもなくば貴様らの主は死体を寒空に晒すことになるぞ! 武人の恥だなワッハッハ!」


「へ、陛下に続けぇ!」


 勇敢な戦いぶりは、指揮する王に振り回されているだけだった。兵士たちの顔も焦りや戸惑いの色が強い。


「おいモーシン。お前の親父さん笑ってんぞ」


「あれは周囲を鼓舞する為のものです。指揮官たるもの、配下にすら不利を悟られてはいけませんので」


「敢えてやってるって? 楽しんでるんじゃないのか?」


「まぁ、そう信じるだけですな」


 そんなスノザンナ王も、決して無策に戦っているのではない。突出して前進しようとする怪物を狙い、鍛え抜かれた豪腕で吹き飛ばす事で、足止めに成功していたのだ。


 突撃を終えて敵軍から離れたのを見計らい、リスケル達は颯爽と駆けつけた。するとスノザンナ王は、汗のきらめく笑みを向けてきた。


「おぉ、待ちわびたぞ聖者殿!」


「相変わらずだな、とんでもねぇ戦い方しやがる」


「ガッハッハ、所詮は退屈しのぎよ! そして筋肉紳士のラスマーオ殿も居るではないか。しばらくは楽しい日々となりそうだ!」


「ははっ、どうも」


 スノザンナ王はラスマーオに熱っぽい視線を送ると同時に、巨大なつちを背に構えた。それは手持ち武器としては異様に大きく、破城槌はじょうついと呼ばれる攻城兵器のものに近い。使い方次第では城門すら打ち破れそうだ。


 そんな攻撃を見舞われたノッペラトゥ達もたまらない。雪上に横たわる巨体は半壊しており、起き上がろうとする動きも酷くぎこちないものだった。


「状況はどうだ、順調か?」


「善戦していると言いたい所だがな」


 スノザンナ王は自嘲する顔で敵軍を見た。そこには無傷のノッペラトゥ達が、不揃いな列を作りながら行進していた。倒れた敵も身体を修復させながら、起き上がろうとする。


「これでも散々に叩いたのだが、全く効いておらん。なんとも腹立たしい連中よ」


「こいつら魔法も効かないらしいな」


「ノースレイクで実証済み……おっと危ない!」


 敵とは10歩ほど離れてはいたのだが、攻撃を仕掛けられた。伸びた腕がリスケルを襲うも、飛び退いて回避。外れた拳は地面を叩いたのだが、それだけでも氷混じりの雪が高々と舞い上がった。


「直撃しない方が良いぞ。鉄くらいであれば簡単にひしゃげてしまうからな」


「ったく。相手は不死身なのに、こっちは食らっちゃダメとか、理不尽な話だよな!」


「だが燃える。かつてこれ程に肌のヒリつく戦はあっただろうか、否無い!」


 スノザンナ王は大鎚を頭上で旋回させつつ敵陣へと切り込んだ。慌てて鎚兵も追いすがり、多勢で1体を相手取る。それだけで次々と巨体が宙を舞い、純白の雪を巻き上げていった。


「行くぞ、我らも父に遅れるな!」


 モーシンが鉄甲を掲げながら叫ぶと、近接兵を引き連れて突進した。素早い身のこなしを得意とする彼らは、敵の繰り出す掌打をかいくぐり、懐へと潜り込む。そして眼にも止まらぬ拳の乱舞。その破壊力はすさまじく、巨体の手足を千切って倒してしまう程だ。


 しかも父子の連携は絶妙だ。どちらか一隊が深く攻め込めば、敵に包囲網を敷かせ、もう一隊がガラ空きの背後を猛襲する。それだけで敵は徐々に数を減らしていく。だが、倒れたそばから別の個体が身を起こすので、どれだけ戦おうとキリが無かった。


「リスケル。オレ達も助太刀しようぜ!」


「そうだな。エミリアは敵の解析を頼む、何でも良いから不死の秘密を暴いてくれ」


「承知しました。ラスマーオさん、リスケル様をお願いします」


「あったりめぇよ!」


 リスケルとラスマーオは並んで駆けた。狙うはノッペラトゥの固まる所。それぞれが全身に力を込め、踏み込むと同時に激しく攻め立てた。


「わっしょいオラァ!」


「死にさらせゴミどもがァーーッ!」


 振り抜かれる拳に大斧。それだけで敵は手足がへし折れ、あるいは千切れて倒れる。そうして次々に撃破していくのだが、やはり端から復活しては起き上がった。


「チィッ。とことん面倒な連中だな!」


「ラスマーオ、深く切り込まないとダメだ。攻撃が浅いと回復も早いぞ」


「そうは言っても、こいつは結構ホネだぜ!」


 敵の攻撃は執拗だ。どれだけ倒されようと、全く怯まずに掌打を仕掛けてくるのだ。しかも中距離まで伸びるのだから、どこから飛んでくるかも読みにくい。その為にどうしても小手先の技に終始してしまう。


 まだかエミリア。敵の猛攻を辛うじて食い止めながら切望する。横目にはスノザンナ軍の果敢な突撃も見える。だが、既に精彩を欠いており、仕掛ける度に兵力を落としてしまっている。


(このままだと流石にヤバイな……)


 最悪のシナリオが脳裏に過る。抗戦か撤退の判断基準は、そして命じるのは誰か。戦局の行方を探ろうとするリスケルから、次第に積極性が失われていく。やがて善戦ムードは転換点を迎え、起き上がる敵の数も増えだした。


 ここが限界か。そう見定めた瞬間、待望のそれは戦場に響き渡った。


「リスケル様! 見えました!」


「本当か、教えてくれ!」


「敵の身体の正中、ほぼ中心に精霊石が……」


「危ないエミリアッ!」


 集団から飛び出したノッペラトゥが腕を振り上げ、素早く伸ばす。それは凶々しい風切り音とともにエミリアの胸を貫き、背後の地面をえぐった。


 しかし彼女に苦痛の表情はない。まるで時が静止したかのように身じろぎすらしない。それから身体全体を薄れさせると、やがて跡形もなく消えた。幻影である。


 彼女の本体は既に上空にあった。ただし肩周りの衣服が破けているあたり、辛うじての離脱だった事が分かる。


「リスケル様。敵の動力源は身体の中央、精霊石が正体です。手足とは魔力線で繋がっていて、石の魔力が尽きるまで止まる事はありません!」


「つうことは、精霊石をブッ潰しちまえば終わりだな!」


「待ってください、それでは……キャア!」


 エミリアは最後まで告げる事は出来なかった。地上からの追撃が迫ったからだ。空中で旋回し、身を捻って避けるのだが、攻撃は執拗だ。その為に喋るヒマすら与えられず、更なる離脱を強いられてしまう。


 一方でラスマーオは、生気を取り戻すなり斧を両手持ちにして、渾身の力を込めた。肉体強化・極を発動。凄まじい闘気とともに身体が膨れ上がり、風圧を生じる程のエネルギーが生み出される。


「こいつでオネンネだよ、化物が!」


 振り上げられる大斧に、なぜかリスケルは寒気を覚えた。それはダメだ。そう叫ぶ前に跳躍していた。彼の類まれなる直感が、絶望的な未来を映し出したのである。


 そしてラスマーオの前に割って入ると、唸る斧の柄を掴むことで仲間の攻撃を止めた。互いの力は拮抗しており、刃は宙で止まる。


 その隙を敵は見逃しなどしない。反撃の掌打は無遠慮に繰り出され、リスケル達をまとめて攻撃した。2人は打たれた勢いのまま、凍てついた雪道の上を滑っていく。


「リスケル! 何考えてんだよお前!」


「違うんだ、精霊石を攻撃しちゃダメなんだよ」


「ハァ? アレが動力源なんだろ、だからそれを潰せば……」


 抗議するラスマーオの声は、1人の怒鳴り声によってかき消された。スノザンナ王だ。彼は大鎚を頭上に掲げると、ためらう事無く攻撃を浴びせた。


「弱点を見つけたりッ!」


 振り下ろしの鎚が精霊石を捉えつつ地面に激突、見事にカチ割ってみせた。これでノッペラトゥは動けなくなる。だが次の瞬間、甲高い音とともに、敵の腹から一筋の光線が煌めいた。割れた精霊石の断面から、暴発した魔力がほとばしったのだ。


 尋常ではないエネルギー。容易くスノザンナ王の鎧を貫き、肘を切断すると、遠くの空へと消えた。戦場に飛び散る赤い鮮血。続け様に悲痛な叫び声が響き渡った。


「父上ーーッ!」


 モーシンが進路を変えて父の元へ駆けつけようとした。だが目の前には何体もの敵が待ち受ける。


「そこを退け! 退かんかッ!」


 半狂乱になって拳を振るい、道を開く。モーシンの脳裏には、フィーネを追い詰めた事件が蘇った。今度こそは自分の力で助けてみせる。その決意を、焦燥感と混ぜ合わせながら敵陣を突破していく。


「父上、大丈夫ですか! お気を確かに!」


「おのれ、しくじったわ。弱点かと思いきや罠だったとは、無様に踊ったものよな……」


「ともかく後方へ、陣地まで退きましょう!」


 モーシンは裾を破って包帯代わりにすると、手早く治療、そして父を背負った上で撤退を試みた。だが雪道に足を取られ、思うように逃げ去る事が出来ない。兵士たちが援護に回るも、その動きは弱々しいものとなっていた。


「モーシン、お前たちは全軍撤退しろ! あとはオレ達でなんとかする!」


「オラオラァ! テメェらの相手はこっちだボケが!」


 リスケル達は激しい攻撃を仕掛け、撤退を助けた。追撃の手がようやく緩む。やがてモーシンは戦域の外まで落ち延びる事が出来た。


「さてと。まさか3人で戦う事になるとはなぁ。何か作戦くらいあるんだよな?」


「もちろん。ズビャアっと名案が閃いたからな」


「頼むぜリスケル、マジで」


 訝しむラスマーオをよそに、リスケルはノッペラトゥに指先を突きつけた。これ見よがしなポーズで高らかに宣言した。


「不死身の化物め。お前らの快進撃もこれまでだ!」


 この時、リスケルは確かに笑っていた。まるで勝利を確信したかのように。

 

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