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第50話 それぞれの思惑

 厳しい顔ばかりが並ぶ会議室。ただしここはグレイスノヴァではなく、王城の内部である。喫緊かつ重大な事件が起きた為に、リスケル達はフィーネの居城へと戻る事を余儀なくされた。


「全滅って、本当か?」


 もたらされた報告を誰もが信じられない想いで聞いた。フィーネは重々しく、整った顔を縦に振る。


「間違いないかと。くどい程に偵察を送り込みましたから」


「一夜にしてノースレイクが陥落って……マジかよ」


 ラスマーオが驚きをそのまま口に出したが、誰もが同じ心境である。言葉を失い、信じがたい報告を事実として受け止め、胸の奥に落とし込んでいく。


 ノースレイク王国とは大陸北東部に位置し、強力な魔法兵団を抱える大国であった。その軍事力を背景に中立国を宣言。人魔大戦だろうが、人族同士の衝突だろうが、あらゆる勢力と事を構えようとはしなかった。


 そんな国が、異常とも言える速さで滅んでしまったのだ。歴史を紐解いても例の無い一大事である。


「一体何が起きたのか。グラナイストはどのような手段を用いたのか。その手がかりを皆さんに共有しましょう」


 フィーネが控えの兵士に合図する。そうして呼び出されたのは1人の中年男性だ。装いは一般人。痩せこけた頬には、晩の恐怖が刻まれているかのようだ。


「この方は、ノースレイクの国境付近に住んでいた農夫で、今は避難民です。あの日に何が起きたか、その断片を教えていただきましょう」


 男は何かを語ろうとして口を開いたが、震えを止められずに喘ぐばかりだ。両手に握りしめた獣皮の帽子が激しく歪む。傷心を苦しめるのは恐怖か怒りか、それとも慣れない場に緊張しているのか。


 そうして何かと葛藤を繰り返すと、彼はとつとつと語りだした。


「あれは日暮れの事です。村の皆で野良仕事をしてたんですが、突然、見たこともない化物が現れまして」


「化物……魔獣でしょうか?」


「そうかもしれねぇです。でも、見たことも聞いたこともないヤツでした。図体はでかくて、2本足で歩く、顔のない怪物でした」


「ふむ。そのような魔獣は存在しないはずだ」


「ネイルオス様、地上にもそんな生物は居ませんよ。少なくとも大陸中部には」


「フアングが言うのなら、その通りなのだろう」


 ネイルオスは自身の記憶を辿ってみたが、顔のない魔族など、魔界中を探したとしても見当たらない。もちろん地上でも見聞きした事が無かった。


「それから何が起きましたか」


「化物の傍に兵隊さんの姿が見えたんで、少し安心したんです。でも違った。化物が家も畑もブッ壊していきました」


「国軍がいきなり襲いかかったのか? なんつう暴挙だよ……」


「ウチの軍隊も戦ってくれました、避難誘導も。だけど、やつらはどんな魔法でやられたって死なねぇんです。ボロボロの身体もすぐ元通りになるんですわ」


 不死の生物。ネイルオスは訝しみ、セシルの方を見れば似たような顔つきをしていた。魔人のような蘇る性質とは別物だ。そして、初めて耳にするものでもあった。


「あっしらは一晩で全てを失いました。家も畑も失くし、僅かな蓄えもガレキの下です。まぁ、村人が全員逃げられた事だけが救いでしょうかね」


「グラナイストの奴ら……フザけやがって!」


 ラスマーオは眉間に青筋を浮かべ、その場で立ち上がった。暴虐的な、しかも確執のある相手の乱行である。大きな怒りを覚えるのも当然の事だった。


「サッサと倒しに行こうぜ、リスケル。あいつらを許しちゃおけねぇ!」


「ラスマーオさん。お待ち下さい」


「なんだよエミリア、止めんなよ!」


「何も決めないままに飛び出すのは悪手です。せめて他国との連携くらいは考えるべきでしょう」


「エミリアさんの仰る通りですよ。もう少し冷静におなりなさい」


「なんだよ……王女様まで」


 ラスマーオがドカリと腰を降ろした時、会議室はまた騒がしくなった。伝令の兵士がやってきたのである。


「フィーネ様、急報にございます!」


「発言を許可します、どうぞ」


「ハッ。それでは……」


 兵士が要件を告げようとしたのだが、新たに別の兵士がやって来た。それこそ転がりそうな程の慌てぶりで。


「伝令ッ! グラナイストが我が国に宣戦布告! 国境警備隊が交戦しておりますが、長くは保ちません!」


「スノザンナより救援を求められております、とにかく急を要するとの事!」


 2人が同時に口を開くと、お互いに怪訝な顔を向け合い、妙な静寂を生み出した。フィーネが咳払いをひとつ。それから順序立てて話を聞いてみると、状況が更に悪化したことを理解した。


「小賢しいものよ。2面作戦で来おったか」


「まずは兵を招集しましょう。敵軍を迎撃するのは勿論ですが、戦火に追われた人々も救わねばなりません」


「オレは獣魔人を集めておく。働き所とばかりに暴れまくってやるさ」


「フィーネ。スノザンナにはどう応じるつもりだ?」


「見捨てる訳には参りません。仲間の消失は、後々我らを窮地に追いやるでしょうから。ただし兵だけを送るというのは下策。国軍では、正体不明の敵を相手とするのに不安が残ります」


「つまりは、オレ達も二手に分かれるって事だよな」


 では編成はどうするのか。リスケルはそこまで考えると、意外と選択肢が少ない事に気付かされた。


 セシルとエミリアは相性が悪すぎる。下手すると同士討ちを始めかねないので、2人は離すべきだ。また、ラスマーオもギーガンの傍に置くべきではない。良い所を見せようと無茶をするか、あるいは戦闘に集中できなくなる。別行動をさせた方が無難だ。


 そうすると、答えは自ずと定まるというもの。リスケルは閃きのままに声を発した。


「じゃあオレはエミリアとラスマーオを連れてスノザンナに向かう。移動が遅れるから、兵士は付けなくて構わない」


「それが最善なのでしょうね」


「ネイルオスはオレ達が戻るまで、ここでグラナイスト軍を食い止めてくれ。やり方は好きなように」


「うむ。任されよう」


「王女様とフアングは全体指揮だ。避難民の保護や突発的なトラブルに対応してくれ」


「ええ、そのように」


「テメェの指図なんか受けたくねぇが、まぁ乗ってやるよ」


「よし。みんな任せたからな! それじゃあ解散……」


「ちょっとお待ちなさい!」


 会議を切り上げようとしたリスケルに待ったがかかる。声をあげたのはセシルだ。


「このアタクシを無視するなんてイイ度胸ですわね、オウこの野郎。」


「ギーガンも。何かやりたい」


「えぇ……お前らが?」


 2人はいまだに力を取り戻していない。魔力は僅かで腕力も儚い。哀しみを誘う程の武力しか持たず、同世代の一般人にすら勝てるかどうか怪しい。そんなセシル達を戦場に連れて行くのは不可能だった。


「お前らはアレだ。負傷者の治療を頼む」


「リスケルこの野郎、扱いがぞんざい過ぎますわ!」


「時間がねぇんだよ! だったら何か仕事を見つけて頑張れよ!」


 それからは皆、慌ただしく散っていった。リスケル達はスノザンナへ急行し、フィーネとフアングは戦える者を人魔問わずに招集。ネイルオスも東の方へと飛び立っていった。


 そしてセシルとギーガンだけが、ポツリと会議室に取り残されてしまう。


「ぬぬぬ。こんなの屈辱的ですわ。こうなったら大戦果を挙げて、リスケルの小僧を鼻で嘲笑ってやりますのよ!」


「戦果って、どうするの」


「戦功第一といえばやっぱり大将首ですわ。コッソリと戦場にお邪魔して、スイッと殺してきますの」


「そんな事していいの。怒られない?」


「平気ですわ。リスケルも『仕事は勝手に見つけろ』だなんて抜かしましたもの。言われた通りの事ですのよ」


「そっか。じゃあ安心」


 こうして様々な想いを胸に秘め、それぞれが飛び出していく。その中でもセシル達は、自らの危険も顧みず、功名心を満たす為だけに死地へと赴いた。


 それが吉と出るか否かは、まだ誰にも分からない。



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