第49話 野望に隠れる陰謀
グラナイスト王より呼び出されたシアンは、精霊師の里を離れ、王都にまでやって来た。何度も馬を替えて走ること一日半、都に着くなり王宮へと直行する。力強く歩む足に疲れは見えない。
(大詰めだ。いよいよ悲願達成が現実味を帯びてきた)
シアンの顔に楽観はない。何かひとつでも歯車が狂えば全てが水の泡である。謁見の間を前にしてもう一度身だしなみを整え、衛兵に合図を出した。
「第二方面軍区、法務長官シアン様。王の御前へ」
大仰な声とともに、扉が内側から開いた。シアンは正面を見据えながら深紅の道を歩いていく。居並ぶ兵士の間を通り抜け、王宮務めの側近たちが向ける蔑視には取り合わず、王の眼前まで歩んだ。
しきたり通りの最拝礼を示すと、シアンはようやく口を開いた。
「お召しにより参上しました、シアンでございます」
「うむ、ご苦労。他は外せ」
王が蝿を払う仕草を見せると、配下は順次拝礼し、謁見の間を後にした。居残るのは兵士とシアンだけだ。
「話は他でもない。研究はどうなのだ、いつまで待たせるつもりか」
「ご安心ください。昨日に全ての工程を終え、後は出撃のご下命をいただくのみとなっております」
「なんと。それを早く申さぬか!」
王は腰を浮かせてまで詰ったが、シアンは目の色1つ変えない。それから指先を光らせると、宙に四角を描き、短い詠唱を唱えた。すると外の光景が、まるで額縁にでも飾ったかのように映し出された。覗いたのは練兵場である。
「ほぉぉ。この勇壮なる怪物がそうなのか」
広々とした一帯には指揮官の男と、正体不明の巨人が並び立っている。怪物と呼ばれるだけの事はあり、その見た目はあらゆる生物とも似ていない。
まず目につくのは大きさ。縦にも横にも成人の2倍はある巨体である。土気色の全身は膨れすぎた筋肉のせいで、関節すら埋もれており、手足が異様に長く見える。首から上は無く、顔と思える部位を欠損していた。
この酷くのっぺりとしたものが、王命により研究され、ついに誕生した生物兵器である。
「早くみせよ。この怪物の力を!」
「では、始めさせていただきます」
シアンが開始を告げる。すると指揮官の男は手甲を光らせ、その生物を意のままに操ってみせた。特に目立つのはその腕力。地面を打てば長く深い亀裂が走り、崖を殴れば地形が変わる程にえぐれる。行く手を阻む大木など雑草に等しく、手でまさぐるだけで全てが倒れ伏した。
「素晴らしい。想像以上ではないか!」
「恐れ入ります」
「今の時点で何体が完成している?」
「300弱にございます。増産も可能ですが、戦力を考えれば過剰になると感じます」
「では、すぐにでも可能なのだな?」
「はい。精霊石の持つエネルギーは、瞬間的にではありますが邪神の魔力を凌ぎます。二柱の邪神を封じた魔力核を用いて、幾度も重ねた研究結果より、それは明らかです。戦略次第では邪神を、そして聖者までも討ち滅ぼす事ができましょう」
「そうか。とうとう我らは生み出したのだな」
「おめでとうございます。人族は神の守護から離れ、自立したのです」
グラナイスト王は手を打ち鳴らし、狂乱したように笑い声をあげた。欲に濁りきった響きが強い。
「そうだ。記念すべき発明なのだ。この獣に何か銘をくれてやらねばな」
「恐悦至極にございます。研究員の労苦も報われるというものです」
「よし、では今後は、ノッペラトゥと名乗る事を許そう」
致命的なまでの語彙力。本ぐらい読めとシアンは内心毒づくのだが、やはり顔色は変えない。ただ静かに拝礼し、さも感じ入ったような声を発した。
「ありがとうございます。心より感謝申し上げます」
「うむ。以後も良く励むようにな」
「偉大にして思慮深き我が主。恐れ多くもお願いがございます」
「なんだ、もう褒美の話をせよと申すか。それは金か、女か、身に余る程の領土か。欲張り過ぎるなよ、諸侯が嫉妬するからな」
「邪神コロシマスとマッカドキナの魔力核を、今しばらく預けてはいただけぬでしょうか」
「実験なら終わったのだろう。何を企んでいる?」
グラナイスト王の瞳が野性味を帯び、獰猛な獣のように蠢いた。何か、為政者の勘のようなものが働いたのだ。策謀渦巻く王宮で培われた、黒々とした勘が。
「新たな魔法開発を試しとう存じます。魔力核の解明が進んだなら、王国に更なる繁栄をもたらす事でしょう」
無言のまま、ただ向き合う。シアンは両手に微かな汗をかいた。受け入れられねば隙を突いて、王宮を血の海にするだけなのだが、可能な限り避けたい。奪取を手間取れば、聖者達に邪魔される可能性が出てくるからだ。
ここが運命の境目だと言える。邪神の魔力核は、シアンの野望達成に必須のアイテムなのだ。
「クフ、ハーッハッハ! 金も女も求めずに、ただ研究だけを追いかけるか。なんとも狂った性分よの」
「お聞き届けいただけるのでしょうか」
「許す、存分に愉しめ。貴様が石ころと乳繰り合う間に、大陸中の国々を撫で斬りにしてやる!」
成った。言質をとった。最善の成果を得たシアンは、拝礼で隠した顔を僅かに綻ばせた。
そして話が終われば、長居する理由も無くなる。
「私は公務がありますので、これにて」
恭しい挨拶の後に立ち去るシアンを、王は顔すらも向けなかった。その代わりに人差し指で輝く大きな宝石に語りかける。その指輪には術式が施されており、王の意思はまたたく間に城内を駆け巡った。
――戦備えを始めよ。あらゆる国々を、そして魔族どもを絶滅するのだ!
王宮は途端に慌ただしくなる。シアンは回廊を進む間、駆け足の兵や文官と何度もすれ違った。王の蛮行を止める者など1人として無く、着々と準備は整えられていく。
そしてその動きは、シアンにとって歓迎すべきものだった。
(愚鈍な王よ、上手に踊ってくださいね。聖者達の注意をひける様に。それが貴方の役目なのですから)
シアンは内心でそう呟いた。しかし表情には出さず、冷えきった顔をぶら下げながら、特殊研究室の重い扉を押し開けた。




