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第48話 揺れる世界

 リスケルがエミリアを行動不能にさせ、ラスマーオがギーガンを追い回しては撃退されるという1日が過ぎた頃。寝室で瞳を閉じるネイルオスは、久しぶりの感覚に驚いた。


「ルクディアナか。今更ワシに何の用があるという」


 その呟きは背後に流れていく。ネイルオスの巨体が宙に浮かぶと、みるみるうちに引き上げられる。屋根をすり抜けても止まらず、雲を抜け、やがて星からも飛び出してしまう。


 そうして引き寄せられていくのは衛星のある所。月の裏側に隠れるようにしてただずむ小さな天体が、ネイルオスを吸い込もうとするのだ。


「相変わらずよ。他人の都合など考えもしない」


 呆れたように溢れる抗議は虚しく響き、ただひたすらに導かれていく。到達したのは地表の無いガス惑星。摂氏数千度にも及ぶ熱量が押し寄せるのだが、ネイルオスにとっては無意味である。


 外界からの侵入を阻むような突風、荒れ狂う雷の海を越え、遂には星の中核へと降り立った。そこはこれまでとは一変する。青空と白い薄雲、そして緑の広がる楽園のようであった。ただしネイルオスの心には響かない。超魔法によって映し出される偽りの光景だからだ。


「姿を現せルクディアナ。無礼であろうが」


 すると、眼前には純白の椅子が2つ現れ、その一方に何者かが現れた。さざなみを思わせる蒼い髪は草原にまで広がり、大地を優しく撫でるかのようだ。シルクのドレスは白い光を放ち、思慮深く閉じられた瞳と、憂いに染まる顔を照らし出す。


「久しいですね。かれこれ5百年ぶり、という所でしょうか」


 その人物は親しげな声とともに、着座を視線で促した。それでもネイルオスは動かず、相手を見下ろしながら言った。


「前置きは良い。要件を述べよ」


「……お茶でもいかがですか。幻とはいえ、快楽を味わうことは出来るのですよ」


「要らぬ。今更、親睦を深めるような間柄でもあるまい」


「随分と嫌われたものですね」


 ルクディアナは小指の先を光らせると、自身の手元にティーカップを呼び出した。縁から昇る白い湯気。その凝った幻覚を、ネイルオスは苦々しい想いで睨んだ。


「やはり怒っているのですか」


「当たり前だ。我ら魔人を暗き地中に閉じ込めておいて。貴様ら天魔を許せる訳がない」


「仕方がなかったのです。地上に住まわせれば、必ずや人族を駆逐してしまったでしょう。魔人は強すぎますからね」


「魔人とて情があり、繁栄と安寧を求める」


「存じておりますよ」


 ネイルオスは苛立ちを覚えていた。このルクディアナは、中々核心を突こうとせず、とにかく回りくどいのだ。友人なら理解できる態度も、お互いが敵同士のようなものなので、腹を割って話す事もない。


「貴方には感謝しています。聖者と和平の道を模索しているのですから。どうやら貴方はコロシマスやマッカドキナとは違うようですね」


「他の邪神は血の気が多すぎた。無闇やたらと戦を仕掛け、時の聖者に討たれた。まぁ、ワシが生き残ったのは偶然の結果だが」


「私が仕向けたのです。リスケルは歴代の聖者の中で、最も私と親和性の高い存在です。見事、こちらの意図通りに動いてくれました」


「待て。では、聖剣の破壊は貴様の差し金か?」


「そう言ったつもりです」


「意味が分からぬ。聖剣とは邪神を討ち滅ぼす神器。言うなれば人族の持つ最強の武器だろう。それをなぜ……」


「聖剣オレルヤンは、単なる聖属性の剣ではありません。扱い方次第では世界の理すら捻じ曲げてしまう物なのです。そして、その事実に気付く人族が現れてしまいました」


「人族が……?」


 ルクディアナはそこで紅茶に口をつけた。唇が離れるまでの数秒間、ネイルオスにとっては酷く長いものに感じられた。


「そのため、聖剣を破壊させました。これで野望が潰えたと思うのですが、予断を許しません」


「何が問題なのだ」


「人族はどうやら、私の手から離れてしまったようですね。かつてない程に恐ろしい暴力が、残虐なる嵐が東より吹き荒れようとしています」


「東の人族……グラナイストか?」


「はい。禁忌を犯してまで造られた凶々しき怪物が、やがて大陸を蹂躙していくでしょう。私の制止する声になど耳を貸さずに。いえ、もはや聞こえすらしないのかもしれません」


「それをワシに伝えて何とする」


「リスケルと共に地上を守ってはくれませんか。私は精霊界より離れる事ができません。もはやアナタ方だけが頼りなのです」


「ワシとしては、人族など消えてしまった方が好都合なのだぞ」


「心にもないことを。アナタには既に、人族との縁が刻まれています。たやすく見捨てるだなんて、出来るはずがありません」


「邪神だ。人族と血で血を洗い続けた魔人の神だ」


「アナタは今や、魔人だけの存在とは言えませんよ」


 ネイルオスは眉間にシワを寄せた。心を読む存在との会話は、やはり調子が狂う。胸に絡みつく不快感を隠そうともせず、その場できびすを返した。


「感謝します、ネイルオス。地上の民を守ってあげてくださいね」


「黙れ。もう帰る」


「それではごきげんよう」


 その言葉とともに、辺りには強烈な閃光が走った。視力を奪うほどの輝きは、一度激しくきらめくと、徐々に和らいでいく。


 次にネイルオスが意識を取り戻した時には、既に地上に戻っていた。借り受けた部屋に独り、昨晩と同じ状態である。ただし窓の方は明るい。朝を迎えていたのだ。


(まったく……、寝た気にならんではないか)


 不満を溜息で撒き散らしつつ、ネイルオスは部屋の外に出た。階段から1階へ降りると、そこは少しばかり騒がしい。


「リスケル様、聖剣はいつ折れたのですか?」


「お、覚えてないかなぁ。結構前だったと思う」


「それからずっと素手なのですか? 替えの武器は?」


「お金がもったいなくてさ、買ってない。まぁ素手でも戦えるし」


「ダメですよ。もしリスケル様の身に何かあったらどうするんですか!」


 痴話喧嘩に近い議論である。涙混じりの抗議に、リスケルは若干たじろいでいる。


「分かったよ……じゃあ銅の短剣でも買ってくる」


「そんなものではなく、天下一の業物にしましょう。例えば名剣ダサムネとか、エクステリアーのような。とてもお似合いだと思いますよ」


「そんなお金どこにも無いよ!?」


「だったら王族どもの蔵を襲いましょう。特にグラナイスト王ときたら、戦いもしないくせに名剣宝刀を買いあさり、ただ見せびらかす為だけに……」


「あっ、ネイルオスだ。おっはよーう!」


「リスケル様、まだ話は終わってません!」


 助け舟を求めて歩み寄るリスケル。ネイルオスはその姿を眺めつつ、ふと思った。ルクディアナは精霊界から念を送ったと言っていた。それをリスケルは正しく理解し、精霊神の意図通りに動いたのだと。


 その話を一度は飲み込んだネイルオスだが、改めて考えると不自然な内容だと感じた。


(地上から遠く離れた場所からの思念を、人の子が受け取っただと?)


 通常では不可能である。リスケルがいかに強かろうが、この話においては関係がない。聖剣や精霊の鎧にも、そういった機能は備わってなどいない。となると、リスケルが人智を超えた存在だということになる。


 たとえば、神のような存在。


「リスケルが、ワシと同格……?」


「なんだよオイ。人の顔をジロジロ見やがって」


「うむ。そんなハズはあるまい。こんな間抜け面の神など居るものか」


「なんかよく分からねぇがケンカ売ってんだよな? ウチのエミリアが黙ってねぇぞ?」


「リスケル様のご命令とあらば、撃滅の炎を」


「いや済まぬ。接しやすそうな顔立ちだと言ったのだ」


 そんなホンワカとした会話が楽しめるのも、平穏のおかげである。グレイスノヴァには今日も活気の良い声が鳴り響き、開発が続けられる。人魔が併合された村は新しい時代の担い手となるべく、日に日に大きく育っていった。


 だが、その尊い平和はまもなく破られる。グラナイストからもたらされた、残虐に染め上げられた野望によって。


 

 

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