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第46話 ほんわか大会議

 グレイスノヴァで最も大きな屋敷は政務の拠点だった。後々村長へ譲られるものだが、現時点ではまだフィーネの所有物だ。そのため、今の所は会議室や迎賓館としての役割を持たせている。


 長テーブルには人数分の紅茶が並ぶ。エマが心を込めて一般向けとして淹れた物である。しかし、仲良く茶をすするような空気感は極めて薄い。


「そんじゃ始めますか。第一回、人魔併合を実現しようの会ーー」


 リスケルが疲れ切った声を出す。そのクセ全身には小さくない闘気を身にまとっているのだから、アンバランス加減が凄まじい。


「これから親睦も兼ねた打ち合わせを始めるぞ。だが、ついさっき大火災エンドを迎えそうになった訳だし、つうか放っておくとケンカばかりだし。そんな訳で暴言や失言は厳しく取り締まるからな」


 リスケルが拳を握り、ゴキリ、ゴキリと不穏な音を鳴らす。割と手荒い取り締まりになるのは明らかだ。


 実はこうして着座するまでに2度も諍い(いさか)が勃発していた。誰をどこに座らせるか、仕切りは誰がやるべきか。つまりは、リスケルとネイルオスのどちらが上位なのかで散々に揉めたのだ。


 極めて短時間で繰り返すケンカに、とうとうリスケルの心は限界を迎えてしまった。不安に押しつぶされそうになった自我は一転し、かなり強烈な暴力性を見せつけ、大いに威圧してみせた。


「なんか物騒だなリスケル。取り締まるって、どうするつもりだよ?」


「そんなもん拳でドーンだよ。幼馴染のお前でも遠慮しないからな」


「それ、ワタクシにも適用されますの? か弱き乙女ですのよ」


「加減はするが覚悟しろ。的確に意識を刈り取るくらいはする」


「ワシは物理攻撃が無効だぞ、打撃など効かぬのだが」


「ネイルオスには獣肉ダンゴのレシピを生々しく語ってやる。油断すんなよ」


 では和やかにいくぞとリスケルが仕切る。しかし、一同は口にこそ出さないものの、「出来るか!」と内心で叫んだ。


「じゃあ自己紹介いくか。オレはリスケル、聖者をやらしてもらってる。背中の聖剣は、まぁお休み中だから、荒事は拳で解決してるぞ」


 ぺちんぺちんと淋しげな拍手の鳴る中、1人エミリアだけは福々しい笑みとともに両手を打ち鳴らした。それこそ立ち上がって祝福を示しかねない程だ。


「ワシはネイルオスだ。邪神としてかれこれ千年は長として君臨している。特技はまぁ、立体造形だ。よろしく頼む」


 今度もまばらな拍手が鳴るのだが、若干1名だけは「嘘つくな」と、笑みの裏側に指摘を隠した。


「フィーネです。私はこのミッドグレイスを治めております。本日は夫のフアングは不在で……」


「セシルですの。まぁワタクシの高名はわざわざ言うまでもないですけど……」


 自己紹介が進むごとに、辺りの空気は和らいでいく。口調も自然なものとなり、拍手も友好的と思えるくらいには鳴り響く。次の人物が語りだすまでは。


「ギーガンは、ギーガンです。魔法が使えないので、前みたいに戦えません。でもがんばる」


 その言葉を聞き終えた途端にラスマーオが身を乗り出した。テーブルに乗っかりつつも手を伸ばし、ギーガンの指先に馴れ馴れしく触れる。


「触んないで」


「いやいや勇ましいね。でも君みたいな美人さんが戦う必要は無いんだぜ。オレの後ろに隠れてりゃ良い。なんならおぶってやるよ、ついでにその大きな胸を押し付けてくれりゃ……」


「触らないでって言ってる」


「はいラスマーオ退場!」


 リスケルの拳が唸り声をあげて振り抜かれた。それだけで大柄な身体は宙で何十回も回転し、勢いそのままに床へと叩きつけられた。


「リスケル。今のは何ゆえだ?」


「セクハラ、不快感。十分過ぎる理由だ」


「容赦は無いのだな」


「さぁて次は誰の番だ?」


「私、でしょうね」


 そう言って立ち上がるのは、ある意味最大の問題児だ。リスケルはヒヤリとしたものを感じつつも、ひとまずは成り行きを見守る事にした。


「エミリアです。聖者様を補佐すべく、精霊師の里から参りました。よろしくお願いします」


 意外にも落ち着きを払って語り、小さく頭を下げた。特に引っかかるもののない、極ありふれた挨拶だ。このまま終わってくれるか。そう期待されたがアッサリ裏切られた。セシルが横槍をいれたのである。


「補佐っていうけど怪しいものですわね」


 絡みつくような視線が、生真面目な視線とぶつかり合う。もう分かりきったことだが、この2人は酷く相性が悪い。


「怪しい、とは?」


「補佐と言いますけど一体何を助けているのやら。股間にまつわるサポートではありませんの?」


 野次である。だがそれにしても他に言いようは無いものか。知恵者と聞いて呆れる言い草に、エミリアは瞳を鋭くした。


「下劣にも程がありますね、口を閉じてもらえますか」


「おやおや、否定しない所をみると、あながち間違いでもありませんのね」


「ふざけるのも大概にしてください。私達はそういった関係ではありません」


「あらそうですの。まぁこんな小汚くてブ男で阿呆で腕っぷしだけの男とは、やる気なんて起きませんものね」


「そんな事はありません! 容姿は凛々しく気質は雄大にして寛容、これほど素敵な男性はこの世に2人と居るものですか!」


「やっぱり下心があるんですのね。いっそ尻でも向けて迫ったらどうですの。お望みのものをぶっ挿してもらえば」


「なっ……!」


 エミリアの顔が耳まで紅潮し、全身に震えが走る。すると手元の杖を振るいながら叫んだ。


「これ以上の侮辱は許しません、灰になってしまいなさい」


「はい。お2人さんも退場」


 リスケルは左右の腕を伸ばし、エミリアとセシル両名の額に指を叩きつけた。いわゆるデコピンなのだが、その威力は侮れない。実際、2人は背もたれに倒れつつ意識を手放したのだから。


 冷えて静まり返る会議場。ギーガンが、ペクチと漏らしたクシャミが酷く目立つ。


「そんじゃあ自己紹介も終わったし、会議を……」


「出来るわけなかろう。参加者の半数は気絶しているのだぞ」


 白目を剥くラスマーオ、天井に顔を向けるセシルとエミリアは、いまだに目覚めようとしない。


「そんじゃまぁ、本題については近々やるって事で。今日はこの辺にしよう」


「それよりもリスケル。聖剣について伏せたのはなぜだ。この場で告げたほうが手っ取り早いだろうに」


「そんなサラリと言えるかよ。重要案件だぞ」


「まぁやり方は貴様に任せるが、あまり引っ張るな。せめて次回の会議までには明らかにしておくのだぞ」


「……まぁ、いつまでも黙ってる気は無いけどさ」


 その後は解散となり、迎賓館の部屋に泊まる事になった。フィーネの好意である。先程の会議室と同じ建物の二階や三階の、多少手狭な個室が本日の宿となる。


「そうだよな。いつかは話してやらないとな」


 ベッドに寝転がり、天井を眺めながらリスケルは呟いた。何年も苦楽を共にした仲間たちだ。これ以上、無闇に隠し事をするのも嫌になる。


 そうと決まれば実行。向かいの部屋まで足を運んだ。


「エミリア、起きてるか?」


 ノックして問いかけてみると、すぐに扉は開いた。気絶からは既に回復していたのだ。


「はいリスケル様、何か御用でしょうか……」


 エミリアはそこまで言うと徐々に頬を赤らめていき、やがて背中を向けてしまった。そして深呼吸し、顔を手のひらでペチペチ叩くと、すぐに振り返った。


「失礼しました。ご用件は?」


 小首を傾げて微笑む様はいつも通りの姿だ。


「あのさ、明日ヒマ? 大事な話があるんだけど」


「えっ、大事なお話、ですか?」


 ここでエミリアは態度を怪しくする。瞳は泳ぎ、せっかく落ち着けた感情も激しく波を打つ。セシルと繰り広げた舌戦を今も引きずっており、脳内にピンクな光景を浮かべては打ち消すという、際どい綱引きを繰り返していた。


 もちろんリスケルは知らぬ事である。


「あれ、もしかして都合悪い?」


「とんでもない、ヒマです。朝から深夜までずっと!」


「じゃあそうだな。朝飯を食った後に、村の中を散策しよう。ひと気の無い所が良いかな」


「ひ、ひ、ひと気の無い所!?」


「そうだけど。それよりもどうした、顔真っ赤だぞ?」


「あひぃ! 平気です平気。ともかく明日ですね、おやすみなさい!」


 追求から逃れるようにして扉が締められる。おやすみなさい、と言うにはまだ早い時間なのに。リスケルは呆気に取られるが、これで一歩前進だ。


 エミリアは精霊神に対する信仰心が強い。そのため、聖剣について触れるなら、立ち話という訳にはいかない。きっちりと場を設ける必要があるのだ。


 逆にラスマーオは割と話しやすいので大助かりだ。


「おうリスケル。そんな所で何やってんだ?」


「ラスマーオ。聖剣だけど折れちった」


「えっマジで!?」


 この程度で済むのだから。今となっては邪神を倒す理由が無いので、ラスマーオには不要な武器として認識されている。だから全く問題視されず、むしろギーガンの好みやらライフスタイルを根掘り葉掘り聞く始末だ。


 リスケルはそんな質問を絶妙にかわしつつ、明日の事を思った。とにかく上手くやらねば。エミリアの暴走に眼を配らなくてはと、そう心に誓いつつ。



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