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第45話 ひたむきすぎる仲間たち

 サザサンドを西側から北上すれば、大した日数をかけずにミッドグレイス領に到達できる。国境付近にもなれば緑が増え、気温も比較的和らいでくる。日差しよけも今やストール代わりだ。


「あぁ、どうしよう。何も言い訳が思いつかねぇ」


 風のそよぎを愉しむネイルオス達だが、唯一リスケルの顔だけが沈鬱だ。


「まだウジウジと悩んでおるのか。いい加減腹をくくれ」


「ネイルオス、邪神城から聖剣っぽい剣を持ってきてくんない?」


「そんな物有るわけがない。諦めよ」


「じゃあ何か凄そうな剣でも良いよ。形態変化したって事にするから」


「城に残された武器は、全てが闇属性の強いものだ。いわゆる呪われた品。貴様が手にした瞬間に破裂するぞ」


「あぁチクショウ。オレが何したってんだ……」


 そんな自業自得な恨み節が聞かれつつも、移動は速やかだ。ネイルオスがリスケルを小脇に抱えながら、低空飛行しているのが大きい。ちなみに左脇がギーガンで、首元にセシルがブラ下がる。


 そんな風にして、リスケルの抗議など一切作用せず、旅は極めて順調に進むのだった。


「ここがグレイスノヴァか。建設中とは聞いていたが、だいぶ出来上がっているではないか」


 道を造るのはウッドデッキ。歩く度にカタカタと小気味好い音を楽しめるのだが、リスケルに限っては別の印象を受けた。まるで断頭台へ続く階段を踏みしめたかのよう。


「リスケル、へばりつくな。歩きにくくてかなわん」


 ネイルオスの巨体は身を隠すのに都合がいい。ただしそれは、許可が降りればの話である。


「冷たいこと言うなよ。友達の窮地だぞ」


「都合よく距離を詰めるな、阿呆め」


「ネイルオス様、井戸がありますのよ。飲料水を補給したいですの」


「ギーガン、喉渇いた。お水欲しい」


「待てよ。うかつに歩くと見つかるぞ」


 リスケルは必死に止めようとしたのだが、もはや手遅れであった。響き渡る桶の転がる音。それを背中越しに聞いたリスケルは、ゆっくりと、実にゆっくりと振り向いた。


「……リスケル、様?」


「え、エミリア!」


 リスケルの見開いた両目には確かに映った。1人の少女が、震える手で口元を覆いながら立ち尽くすのを。それから、瞳を涙で煌めかせながら、軽やかに駆けてくる。


 愛すべき仲間との再会だが、リスケルは思わず一歩だけ後ずさってしまった。そして退いたのもそこまで。エミリアに両手をガッチリと握りしめられ、後退すら不可能となる。


「リスケル様、ご無事で何より! これも精霊神様のお導きでしょう!」


「う、うん。エミリアも元気そうだな」


「はい。私だけでなく、ラスマーオさんも」


 エミリアは高々と彼の名を呼んだ。すると、空の方から返事が戻ってくる。ラスマーオは大きな丸太を抱えながら跳躍し、郊外の資材置き場に並べると、再び手ぶらで空を舞った。


 そうしてリスケルの真ん前に立つと、壮健な顔を綻ばせた。


「久しぶりだなぁリスケル! どうやら無事みたいだな、別に心配はしてなかったけどよ」


「おうよ。お前も相変わらずだな」


「さてと、再会の喜びは後にしてだ。一応けじめを付けないとな」


 背筋を伸ばしたエミリア達は、引き締めた顔をネイルオスに向けた。だが、ラスマーオの視線はヌラリと横滑りする。そうして瞳に映したのはギーガンだった。


 彼女は手桶の水を浴びるように飲み、濡れた髪を耳にかけた。その仕草は、ラスマーオにとって極めて艷やかなものとして映る。それは日差しの逆光も手伝ったかもしれない。


「やぁ美人なお姉さん。挨拶代わりにコレを見てくれ。どうよこの腹筋。ちょっと力めば10個に割れちまうんだぜ」


 そう喜々と語る顔を、ギーガンは強く睨みつけた。普段は半開きの眼が全開になり、次第に憎悪を募らせていく。いつぞやの死闘を忘れた訳ではないのだ。


「この……筋肉オバケ!」


「ゲフゥ!」


 ギーガンの細腕から繰り出した拳は非力だ。それでも流石は武芸者。精密な軌道で的確に撃ち抜く事により、最強格の男を一撃で沈めてみせたのだ。


 ゴトリと落ちた顔に白目がありありと浮かぶ。不覚ラスマーオ。油断していたとはいえ、こうも容易く意識を手放してしまうとは。


「あらあら、妙に面白いお友達ですの。所詮はリスケルの人脈ですしね」


 お馴染みとなったセシルの煽り口調は、普段であれば、うるせぇよで済む話だった。しかし今はエミリアが居る。リスケルの信望者たる彼女は、暴言を見逃したりはしない。


「今の侮辱を取り消しなさい。さもないと……」


 エミリアは利き手の杖を高らかに掲げた。先端には全身全霊の魔力を込め、更には空いた手に予備の精霊石を握りしめ、その力すも注入していく。


 そうして天空に姿を現したのは、太陽と瓜二つの大火球だ。仮に地面に落とされでもしたら、どれほどの被害が出るか想像もつかなかった。


「おいセシル、取り消せよ」


 慌てて火消しに走るリスケルだが、事態は一層に悪化する。騒ぎを聞きつけたフィーネが登場したからだ。


「武器を捨てなさい。我が領地で無法な振る舞いは許しません!」


 魔力による致命の矢がエミリアに向けられる。だが怯む気配は微塵もなく、火玉は膨らんでいくばかりだ。


 早くなんとかしないと。リスケルはもはや半狂乱に近くなる。


「セシル謝れ、何でも良いから今すぐに!」


「えぇと、誤解も甚だしいですわ。さきほどの揶揄はリスケルに向けたものではありませんのよ」


 とても謝罪には程遠い弁解だったが、一応は気が済んだらしい。エミリアの杖は下がり、火球も青空の中へと溶け込んでいった。それから魔法の矢も消えたことで、ようやくリスケルも深い溜息をついた。


「あぁ良かった。一時はどうなる事かと……」


「リスケルよ。今の魔力はなんだ。軽く一国が吹き飛ぶ程の力があったぞ」


「エミリアはこうなんだよ、ずっと。オレに何かあると人格が変わったようになるんだ」


 そう言いつつ、かつての記憶が蘇ってきた。田舎者と笑ったグラナイスト王を城の天辺に吊るしたり、貧乏人と罵ったミッドグレイス王には、豪華絢爛な調度品を散々に投げつけて全身打撲の大怪我を負わせた。


 他にも詐欺を働いた小悪党の手足を打ち抜き、荷物を奪おうとした強盗は岩石の下敷きにするなど、実績を挙げればキリがない。普段は慈愛の塊とも言える少女である。しかしリスケルに敵対しようとした瞬間、邪神すらも凌ぐ凶暴なる存在に早変わりするのだ。


「なるほどな。貴様が妙に恐れていた訳が理解できた」


「おっかねぇんだよ、とにかく。次にどうキレるかヒヤヒヤすんだ」


 リスケルはそっとエミリアの方を見た。彼女は気苦労など知らず、柔らかく微笑んだ。顔立ちは美しい。そして華奢な身体で小首を傾げるのだから、見方によっては愛らしく感じられる事だろう。


 だが、それに見惚れるような気持ちは、随分前に置いてきた。リスケルはただ、窮地から脱した事だけを喜ぶばかりである。

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